05
「これは……美しいですね」
一行の前に現れたのは、碧色の水を湛えた小さな泉だった。
守られるように高い樹々に囲まれたその泉からは清浄な気が流れてくる。
他の者たちがその泉の気や水の美しさに見惚れる中、カタリーナの視線は泉の周囲に向けられていた。
「すごい……」
「カタリーナ?」
「こんなに魔力が高い薬草があるなんて……!」
興奮を隠そうともせずカタリーナは目を輝かせた。
泉の水にも魔力があるとプティノは言っていたが、その魔力が土にもいい影響を与えているのだろう。
そこに生えている草からはこれまで見たことがないほど高い魔力を感じることができた。
「本当にカタリーナは薬草が好きだな」
「カタリーナ様……目的を忘れないで下さいね」
うっとりとした表情を浮かべたカタリーナにハインツは笑顔を、ヨハンはやや呆れたような目を向けた。
彼らの声が聞こえていないのか、カタリーナは泉の傍へ駆け寄ると膝をつき、目の前の草をそっと摘み取る。
「ああ……本当にいい薬草だわ」
摘んだ草を鼻へと近づけてその匂いを嗅ぐ。
「これならどんな薬でも作れる気がする……」
「それはそれでまずいが」
「プティノも治せますか?!」
今でさえ、加護を得たカタリーナが作る薬は公にできないほどの効力なのだ。
これ以上の薬となると……それこそ不老不死の薬を作りかねない。
呟いたハインツの傍でルドルフが声を上げた。
「そうね。試してみましょう」
そう言ってカタリーナはルドルフを手招いた。
「薬草を摘む時にあなたの魔力を注いでみましょう」
「草に魔力を?」
「ルドルフの魔力を帯びた薬草から薬を作ればプティノに効くかもしれないわ」
カタリーナが薬を作る時、まず自身の魔力を注ぎながら薬草を摘むことから始まる。
そうやって用意した薬草は、何もしない薬草より効果が高くなるのだ。
「……どれが薬草ですか?」
「ここに生えているのは全て薬になるわ。魔力を帯びた草なら何でも薬を作れるの。でもそうね、草でも花でも、あなたがこれがいいと思ったものがいいわ」
「これがいいと……?」
「大事なのは薬草と術者の相性だから」
魔法を使って作る薬に使う薬草は、術者の力を宿すための媒体だ。
だから実際の所魔力を帯びたものならば何からでも作れるのだが、直接口に入れるものなので植物を使っているのだ。
ルドルフは周囲を見渡し、やがて一本の白い花を指差した。
「いいわね、とても優しい力を感じるわ。それじゃあ茎を持って、なるべく土に近い所を」
指示しながらカタリーナはルドルフの指に自分の手を重ねた。
「魔力を注ぎながら茎を折るの。プティノのことを考えながら、彼を救いたいと願って」
「……はい」
緊張した面持ちでルドルフは指先に力を込めた。
茎が折れた瞬間花が強く光る。
光が消えると、ルドルフの手には赤い花があった。
「赤くなった……」
「ルドルフの魔力が宿ったからよ」
そう言ってカタリーナはルドルフから花を受け取った。
「このルドルフの魔力が宿った花を薬に変えます」
目を閉じて両手を合わせ、花を手の中に閉じ込めた。
手が重なった隙間から金色の光が溢れ出す。
光はカタリーナの全身を包み込むように広がり、やがて消えていった。
カタリーナの手の中から現れたのは、小さな赤い玉だった。
「これが薬……?」
「液体ではないのだな」
カタリーナの手元を覗き込んでハインツが言った。
普通魔法で作った薬は液状のもので、瓶に詰められているのだ。
「一般的な薬は、干した薬草を魔力を注ぎながら煮出して作ります」
カタリーナは説明した。
「干した薬草を使うのは長く保存できるようにするためです。魔法で作る薬に決まった形はありませんわ」
カタリーナはルドルフの手を取ると、その掌に赤い玉を乗せた。
「これをプティノに飲ませて」
「っはい……!」
受け取った赤い玉を慎重に指でつまむと、ルドルフはリーコスの掌の上のプティノの顔へと近づけた。
「プティノ……口を開けて」
弱々しく開かれた嘴の隙間から玉を差し込む。
小さな身体が赤い光に包まれた。
「あ……」
光の中から現れたのは、一回り大きくなったプティノの姿だった。
全身を黒い毛に覆われていた、その頭だけが赤く染まっている。
「これは……」
「上手くいったみたいだけど……やっぱり一度では無理ね」
頷きながらそう言うと、カタリーナはルドルフを見た。
「もう何回か薬を与えてみましょう」
「はい!」
顔を輝かせると、ルドルフは新しい草を探そうと泉へと走った。
そうして五個目の薬を与え終えると、光の中からまるで炎のように輝く聖鳥がその美しい姿を現した。




