キャッチボール
僕と甥は木陰のできた公園のベンチに座っていた。
からっとした気持ちのいい天気で、公園の時計は2時過ぎを指し示していた。
僕は甥の頼みでキャッチボールの相手をすることになった。僕は乗り気ではなかったが、
しぶしぶ言う事を聞いた。
ベンチの真ん中には大小のグローブが一つと、軟式の野球ボール、それと木製の子供用バッドがあり、僕らはそれらを挟むように座っていた。
少し間、僕らは何をするでもなく、公園で遊びまわっている子供たちを眺めていた。
しばらくして甥は面倒そうな顔をしながらグローブを左手にはめ、右手にボールを持って、何度かポスポスとグローブへ投げつけた。
「そろそろやろうか?」と僕は言って、そんな甥の様子を眺めながら左手にグローブをはめて、まだ少しこわばっているグローブを使いやすくするため、右手を丹念に押し付けた。
甥は頷いて反動をつけながら立ち上がり、少しここから離れた場所まで小走りに歩き、
途中でピタッと止まり、こちらを振り返った。
僕も立ち上がり、軽く背伸びをして肩をまわしたあと、間が開き過ぎないよう適度な距離を保つことに気をつけながら位置についた。それほど離れてはおらず、投げるのにもそれほど力は使わない距離だ。
「いくよ」と甥は言って、ボールを手にした右手をあげてアピールして見せた。
甥は左足を軽くあげて少し不格好ながらもボールを投げた。ボールは勢いよくバウンドしながら僕の股下をくぐるように転がってきた。僕はなんとかそれをキャッチした。僕は野球が得意な方ではない。
甥は少し肩をすくめて声を出さず笑っていた。
「方向は合ってたよ、悪くない」と僕は慰めつつゆっくりとボールを甥へ投げ放った。
甥は向かってきたボールを頭上でキャッチしたが、ボールはグローブから逃れて足もとに落ちた。
「上手くいかないな」甥はうんざりした口調でボールを拾いながら言った。
「仕方ないよ、人には慣れ不慣れがあるからね。」僕はグローブを軽く構えながら言った。
「でも僕は上手くなりたいんだ、友達はみんなできるんだよ?」と甥は言った。
甥の投げたボールは斜めに大きく逸れたが、僕は腕を伸ばしてなんとかキャッチした。
「練習すればある程度までは上達できるよ。人並みには上手くなれる。」と僕は言った。
そして甥が取りやすいように狙いを定めて慎重にボールを投げた。ボールは甥の右ひじ向かって飛んでいき、甥は上手くキャッチする事ができなかった。
「おじさんも努力した方がいいね」と甥は笑いながら言った。
「僕は野球には興味がないんだ、上手くなりたいとは思わない。それに野球ができなくても何も問題はないからね」と僕は言った。甥は何かを言いたそうな顔でこちらを見ていたが、何も言わなかった。
そして僕は甥と一緒にフェンスにある茂みに隠れたボールを取りに行った。
ボールの行先は確かに見届けていたし、どの辺に入り込んだかも見当がつくのだけど、ボールは一向に姿を現す気配を見せなかった。
「だめだな、見つからない。仕方ない、今日はもうやめよう」と僕は言った。
甥は頷いて僕といっしょにもといたベンチへ戻った。しばらく二人でのんびりと座っていた。
「僕は野球が好きじゃないんだ」と甥は言った。僕はそうだろうね、と思ったが、口には出さなかった。
「でも野球ができないと友達と遊べない」と甥は言った。甥は地面にいる蟻に向かって足で何度か砂をかけていた。蟻は機敏な動きで慌ただしく蠢いていた。
「別に無理をする必要はない、嫌なら遊ばなければいいんだ」と僕は言った。
「うん、でも僕は不安なんだ。怖いんだよ」と甥は言った。
「何も恐れることはないよ、君の好きなようにすればいいんだ」と僕は言った。
「僕もそうできればと思うよ、でもそうさせてはくれないんだ」と甥は言った。
周りの責任じゃない、君の責任なんだ。本当にそうしたいと思うなら、君は努力をするべきなんだよ。僕はそう思ったが口には出さなかった。
僕は溜息をつき、可哀そうに、と思った。
僕は自分にアイスコーヒーを、甥にコーラを買ってきた。僕はコーラはやめておいた方がいいと言ったのだが、甥は譲らなかったので仕方なく買ってきた。
そして僕たちは飲み終えるまで木陰で涼んだ。でも大した時間はかからなかった。
「そろそろ帰ろうか」と僕は言った。それから僕は左手にグローブ、右手に使わずじまいだった木製の子供用バットを持ち、立ちあがった。
「うん」と甥は言った。甥は左手にはめたグローブに、右手に持った野球ボールをポスポスと投げつけながら立ち上がった。
公園の時計は4時30分を迎えようとしていた。辺りは静けさを帯び始め、空は一面茜色に染まっていた。僕たちは空き缶をごみ箱へ捨て、帰り道を歩き始めた。
「また一緒にキャッチボールしてくれる?」と甥は言った。
僕は少し疲れていたのでゆっくりと歩いた。甥も僕に合わせるようにゆっくりと歩いた。
「いいよ、もちろん」と僕は言った。
でももちろん、僕はキャッチボールなんて二度と御免だった。