それからの蔵人 ~風木草人〈ロード〉
僕はもしもそうなってたら・・・って思ったら、そんなところをヤシロさんに見られるのは嫌だったんだ。
蔵人と奈為さんがもしかしてもしかしてたらって。
そんなの、僕のせいじゃないけれど。
だからもう、この辺で終わりにしたかったんだ。
僕の心など知るよしもないヤシロさん。
「ねぇ、ロードくん!あたしたちも追いかけようよ!」
「・・・え? あ・・・ああ。でも・・・・・」
僕は行きたくないよ。
「行こっ!」
ヤシロさんが僕と手を繋いで来た。
僕はドキッとする。
ヤシロさんは僕がどぎまぎしてしまうことを、事も無げにしてくるんだ。
いや、これは僕としては嬉しかったりするんだけど。
僕がこんなに素敵な女の子とこんなふうに付き合う日が来るなんて思いもよらなかったな・・・なんて思っていたら・・・・・
遂に来たんだ!
周りの景色ががまた溶け出した!
きっとこれが霊力の終わり。
あの松ぼっくりの力が尽きてきたに違いない。
あの淑やかな女の子の天の声の言う通りなのならば、僕たちが願うならば、僕たちが元の世界に戻れるように強く願えばきっと戻れるはずだ。
「ヤシロさんっ!」
僕はヤシロさんを引き寄せた。
さあ、一緒に帰ろう!
僕たちの本当の世界へ。
ヤシロさんも僕にしがみついてる。可愛いな。ヤシロさんて。
・・・今になって、なんだかここを去るのがちょっと惜しくなってきた。
だって、ここにいればヤシロさんと二人きりでいられたんだから。
ヤシロさんの緊張の顔。
「また、砂がくるかも!」
いけない、僕はヤシロさんに余計に緊張させることを言ってしまった。
「あたし、ロードくんと一緒なら怖くないよ、なんてね。怖いけど」
「僕だって・・・・・」
「・・・じゃあ怖くないように・・・・・もう一回、しちゃおうか?」
ヤシロさんが僕の目をじっと見つめて来た。
「えっ?」
これって・・・・・
僕は顔が急激に熱くなる。
君は・・・・・君って女の子は・・・・・
そんなところも魅力的で、君は僕を首ったけにさせるんだ。
「僕、ヤシロさんが好きだ」
僕は心のままに、自然に言うことが出来た。
ずっと言いたかった言葉。
「あたしもよ・・・ロードくん」
ヤシロさんが目を閉じた。
僕は想いを込めてくちびるを重ねた。
《楓、私は約束を違えることはなかっただろう? あの和歌に応えて再び楓と巡り会ってみせた》
《あたし、黒鮒様の言葉を支えにして来世を信じていました。きっとまた蔵人様とお会い出来るって。》
《私は二度と楓を離すことはない。どんなことがおころうとも・・・・・》
《楓は、今度は蔵人様と黒鮒様のお側で生きていきたいのですわ》
僕たちを通して二人も通じ合ったんだ。
それから、僕の脳裏に映像が浮かんできた。
それは蔵人の人生ダイジェスト。
大きなお屋敷の奥の一室に運ばれた蔵人。
もう、意識も朦朧。
華厳汰さんが蔵人の腕を縫っている。
痛くて暴れる蔵人を必死で抑える奈為さん。
あれから熱が出て寝込んだ模様。
傷口が癒えてきた蔵人。
だが、生きる気力はない。
楓さんも右手も失ってしまったんだ。
イラついて僕を叱りつける奈為さん。
右手がなくても左手があるでしょ!と。
僕は匿われた一室で左手で描く練習を重ねる。毎日、毎日。上手くはいかない日々。
流れる月日。
僕の横には奈為さんがいて励ましてくれる。
奈為さんが僕のフォローをしてくれる。
紙や筆の用意から生活のことまで。
僕は申し訳なくて、彼女に僕はもう大丈夫だからと告げた。
奈為さんは一言、『そうなの? わかったよ』 笑顔で言った。
華厳汰さんが僕の部屋に怒鳴り込んできた。
『お前のせいだ! このうすらとんかちの鈍感無神経恩知らず野郎!』
お前のせいで妹がずっと泣いていて仕事にならないと。
奈為さんが泣きながら飛び込ん出来て僕に謝りながら華厳汰さんを連れて帰った。
奈為さんはいい子だけど、僕の心には楓しかいないんだ。
僕の右手をなくした事情を知っているのは風乱様と華厳汰さんのみ。
僕は風乱様に諭される。
このお方は年若いのに中身は明晰な頭脳と明確な意志を持った元締めみたいな女の子。
僕は大恩人の彼女には逆らえない。
僕は奈為さんと世帯を持ってひっそりと暮らし始めた。
献身的な奈為。
それなりに幸せな日々。
僕は左手で右手同様に絵を描く事が出来るようになっていた。
僕は世間では謎の絵師。雅号は、風木草人。
『楓』を分けて『風』と『木』、彼女の好きな草花の『草』、僕の本当の名前の蔵人の『人』。
僕の絵を楓が目にすることを夢見て僕は一枚一枚丹精を込めて仕上げる。
僕の絵は風乱様の店で買い取ってくれる。
その内、注文まで入るようになっていった。
生活は順調だ。
だが、僕の心が満たされる事など決してない。
ふと、たまに悲しげな目をする奈為。
僕の心の奥にいる誰かを見透かしている。
そんな時、僕は奈為を抱き締める。
僕は確かに奈為のことは大切に思っている。
だけど・・・・・
この心の奥の想いは消せやしない。
いくら年を取ったとしても。
ーーー僕がいつか死んだとしても
嗚呼、そうだったんだ!
そんな人生を送ったんだね。蔵人は。
そして、僕とヤシロさんは出会ったんだ。
長い年月を越えて。
僕は僕の中の蔵人を受け入れる。
確かに僕は君だったんだ。
でもね、僕は僕だ。
僕は蔵人じゃない。
僕は蔵人の代わりにヤシロさんと結ばれた訳じゃないからね。
蔵人はもう必要ないよ。
僕の人生は僕が生きる。
この先はどうなるかはわからないけど、僕は今、ヤシロさんに夢中なのは確かだ。
出来ることならこのまま一生離したくはないくらいに。
さあ、僕たちを元の場所に帰してくれよ。
ーーー僕とヤシロさんが踏み出す未来のために
蔵人の回想場面について
前回と同様です。




