野の花と歌に寄せて ~切言神託〈ヤシロ〉
もう、辺りは薄い宵に包まれてる。いつのまにかたくさんの星たちが瞬いている。
ロマンティックな夜空。
この泣き叫びさえ無ければ。
「く、くろーどさまぁー!会いたいよおー、うぇーん、うぇーん、死んじゃったら、ずんだ餅食べられないよぉー、うえーん、あんころ餅だってもう食べらんないよぉー、うぇーん、ひっく!」
辺りはもう暗くて、鬱蒼と繁った森と、時折風でざわめく草むらの中は不気味ね。
「うぇーーん!ひっく、ひっく、ひっく・・・・」
楓ちゃん、泣きすぎて横隔膜が痙攣してるよ・・・
もう、おうちへ帰った方がいいよ。ねぇ、楓ちゃん。
おうちでずんだ餅でもあんころ餅でもなんでもいいから食べて元気出しなよ。
「蔵人様・・・ひっく、ひっく、ひっく・・・」
もう、お顔が涙と鼻水でぐしゃぐしゃよ。
早くお拭きなさいな。
あたしは見ているだけで何も出来ない。
あら?
向こうの茂みの方からゆらゆら橙色の灯りが近づいてくるわ。
・・・提灯の灯りみたい。誰かしら?
ここはおうちも何にもない山の上なのに。
あの階段を下って行けば付梨大明神の本殿がたぶん、あるのだと思うけど。
そこから来たのかな?
でも、不気味よ。こんなとこに暗くなってから来るなんて。
楓ちゃん、気づいてない。
ねえ、誰かがこっちに来るよ!楓ちゃん、気がついて!
変態だったらどうすんのよ!
あたしの焦りなど知るよしもなく、楓ちゃんは布切れを懐から取り出して涙を拭って鼻をちーんとかんだ。
目の周りと鼻の頭を赤く染めてるそのお顔は、ますますあたしより幼く見えるよ。
「はぁ、ちょっとすっきりしたよ・・・・・ひっく、ひっく・・・ん? だっ誰? おじさん」
楓ちゃんは近づいて来る提灯の灯りで出来た影に気づき、立ち上がった。
「もし、娘さん。ばかでかい奇声を発していたのはお前か?」
やって来たのは・・・見た感じはちょっとチャラいお兄さんというか、どっちかというとおじさん?微妙なラインだね。あたしのお父さんよりかは、ずっと若いみたいだけど。
ロングストレートのシルバーヘアに黒い鱗模様の着物を粋に着ている。
この時代にヘアカラー売ってんのかしら?見事な白髪キャラだわ。つやつやのさらさらでとっても綺麗。何回ブリーチしたのよ?
「逢魔が時、そんな大声を出したら森の生き物たちがおののくであろう!ったく。弱き者たちに迷惑をかけるでない!」
白髪キャラは眉間にシワを寄せて楓ちゃんを叱った。
「・・・ひっく、ひっく、だって!あたし、死んじゃおうと思ったけど、死んじゃうのほんとはスッゴく怖いしやだし・・・ひっく、でも知らない人の側室にもなりたくないんだもん、ひっく、ひっく」
「はぁ・・・さっきからごちゃごちゃ言っておったな・・・・・だったら生きていればいいだろう?お前はまだ若いのだし。死に急ぐ事はあるまい。」
大きなため息をついて呆れたように白髪キャラが言った。
この人、悪い人ではなさそうだけど。
楓ちゃんの声、聞こえてたの?他には誰もいなかったのに。
もしかして、祠に盗聴器みたいなのがついてたのかしら!こっわ。
「・・・だって、あたしは蔵人様がいいんだもん、ひっく」
楓ちゃんの目に、また涙が浮かんで来た。
「・・・娘。聞け!」
ギラッ!
厳しい眼光!
さあっ! 何を言う気っ? 白髪キャラっ!
ここはビシッとキメて見せてちょうだい!
「へ? なあに? おじさん」
楓ちゃん、赤く腫れた目で、きょとんと不思議そうに白髪キャラを見てる。
・・・楓ちゃん、空気すこーしは読んだ方が話はスムーズに進むものよ。
「・・・おじさんと呼ぶのは止めなさい。我は黒鮒という」
ほらね。
眉間のシワが更に深くなっちゃったじゃない。
「黒鮒おじさん?」
「・・・おじさんは取りなさい」
「黒鮒様?」
「うむ」
眉間の縦じわがやっと消えました。
「で、なあに?黒鮒様」
「お前の野の花と心地よい歌の供物、その礼に一言。餞としてな」
ふっと、優しい眼差しに変わった黒鮒様。
「・・・・・?」
「よく聞きくがよい・・・・・、もう、知ったのであろう?人生とはままならないものだということを。弱者は特にな。」
「そんなこと、小さい頃からわかってるの。だって、家は武家ったって名前だけ。家禄はサイテーだし、身分も武家では一番下。お蘭様に逆らうなんて一家心中ものだもん」
「辛い所だな、ふふっ。いいか?それゆえしたたかに生きるのだ。思い通りにならないからといちいち死んでいたら命がいくつあっても天寿を全う出来ぬではないか?」
「・・・・・だって・・・」
「教えてやろう・・・お前の身のことであるのにお前自身ですらまだ気づかぬであろうことを。」
「なんだろ・・・?」
「・・・・・お前は身ごもっている。」
「へっ?・・・・・あたしがっ!うそっ!」
「まだまだ見えぬほど小さな小さな芽だがな。我は感じる。命の始まりを。覚えがあろう?・・・ここでお前が死ねばその小さな芽も共に死ぬ。そして、お前が蔵人とやらの元へ走れば怒りを買い二人とも殺られるのは必然」
「・・・・・そんなっ!蔵人様までもが!」
「・・・・・お前は一刻も早く嫁ぎ、そこで愛しい人のやや子を育てるがよい。さすれば死人は・・・・・。それがお前の意趣返し。あざとく生きろ。弱者よ。」
「そ、それは真で御座いますかっ!黒鮒さま!」
「我は嘘など言ってはおらぬ。・・・いずれ輪廻転生の中ではお前も蔵人という輩と結ばれることもあるやも知れぬ。その野の花を愛でる優しい心さえ失わねばな」
「来世で? あたしと蔵人様が? あなた様は一体・・・?」
黒鮒様は遠い目をして呟いた。
「・・・我は弱き者の声を気が遠くなる年月、飲み込み続け出来た黒鮒。それだけだ・・・・・」
「・・・来世は、来世は本当にあるというのなら、あるのならば、あたしは必ずや来世で蔵人様と・・・蔵人様と添い遂げるの・・・必ずや・・・!」
黒鮒様はふっと階段の方を振り返った。
「楓様ぁーーー!どこでございますか!」
「姉上ーーーっ」
「この、おサキは命にかえましてもお探ししますよ!お嬢様!楓様ー!」
「姉上!返事をしてください!この辺りにいるに違いないのに!先ほど山の上から大声が響いて来た。あの叫び声は我が姉上の声に違いないんだ! 側室など、断ったっていいんだ! だからっ出てきて下され!姉上ーーーっ」
これはきっとお供のおサキさんと弟さんね。
ずっと必死に探し回っていたのだわ・・・・・
「さあ、この灯りを持って戻るがいい。楓」
「・・・はい。あたし、黒鮒様を信じます。ありがとう存じます。黒鮒様。あたしは・・・あたしより更に弱き者をいたわり生きてゆく。あたしももっと強くあらねば!あたしたちのやや子のために・・・決めたわ!」
楓ちゃんの瞳には今までにない力が宿ってるの。
楓ちゃんは深々とお辞儀をすると、黒鮒様の灯りをかざしながら小走りに声の方へと向かって行った。
あれ?
黒鮒様が消えたっ!?
結局何だったのよ?今の白髪キャラ。
神社の人?
それにしても、何でもお見通しって感じ過ぎない?
ーーー時の旅人よ
お前はいつの時代から来たのだ?
まあよい。過去は変えられぬ。この我にさえ
誰しも今を悩み迷う
だが最善は常にある
だがそれは希望通りではないのこと多々
それが人の世の習い
我に見えるのは大まかな幾つかの道筋のみ
今の所、どの道へ進んだとてその男の命は救えぬ
だが、希望は無いわけではない・・・・・
どう進むかは我にも明快にわかるものではないのだ
誰かの心が動けば、そこでまた周囲に変化をもたらすのだから
お前も早く戻るが良い
元の世界へと
珍しい事もあるもんだ
人間ごときがどういう算段で過去の自分の魂を見に来れたのか?
未来の我が関わりし事なのか?
我とて遠き未来は更に予見出来ぬ
声ではない声があたしの頭に響いてくる。
・・・え? まさか、あたしに言っているの?黒鮒様。
あたしの視界の鮒死池の景色は、ズームレンズを引くかのごとく遠ざかって、そして点となり、消えた。




