鮒死池にて ~入水覚悟〈ヤシロ〉
あたしは祈りを込めて青い光に両手のひらを揃えて差し出した。
『お願い!あの二人を助けてあげて。あたしはハッピーエンドが好きなのよ。逆転ホームランとか逆転スリーポイントシュートとかでお願いします』
ーーーそこんとこは自分自身でキメてみろ!過去は変えられねぇからな。
なっ、何?今の声!
あたしをここに連れて来た不思議な力の持ち主に違いないの。
天の声。
なのに、どっかの金髪とかアッシュヘア兄ーちゃんみたいなヤンキーっぽいガラ悪い声。
うっ!まさかあれが神様仏様の声?
うそっ?マジ?
うっわ、イメージ壊れたわ、神。
ーーーったく、うっせーわ。俺は神じゃねーよ。ほらっ、行ってこい、女!
あたしの捧げた手のひらに光が急に向きを変えてシュッと飛び込んで来た。
信じられないわ!
今の声は何なのよ?なんて乱暴な・・・神様、じゃないなら何なのよ?
あたしとロードくんを砂で生き埋めにしてこんなとこに連れて来て!
ひどくない?なんの呪いなのよ?
・・・・・もしかして、業村くんの?
あたし既読スルーしたまんまだったからね、恨まれてるかも・・・
いやいや、たかがそんなことでここまでのことしないよね。
っていうか、こんなこと業村くんに出来るわけないよ。
っていうか、いつのまにかここはどこかしら?
時間は夕暮れ時。西の空が赤いわ。
空気まで赤く染まってる。きれいな景色。
目の前に広がる湖。透き通った水。
小さく打ち寄せる波があたしの足元に迫る。
その向こうはうっそうとした森のようね。
・・・・・デジャビュ?
あたし、ここには見覚えがあるような?
えっと、その時にはあたしと一緒にイブキとお父さんもいて・・・・・
あーん、もやもやして思い出せないわ!気持ち悪いわ、こういうの。
からすの鳴き声と風のざわめき。
ちょっと寂しげな雰囲気。
こんなところに小さな祠。
祠の前には粗末だけどたくさんのお供え物とお花。
泥がついたお芋やらカブに、しおれた雑草みたいな葉っぱ。
こんなうら寂しい所にあるのにこんなにお供えされるなんて人気の神様なのね。
あれ?誰かがきれいな声で歌ってる。
マイナーキーの調べ。
今のここの暮れゆく寂しげな雰囲気にはぴったりすぎるメロディ。
ここへ登って来る階段の方から、風の間に間に聞こえてくる。
・・・・・階段の場所?あたし、どうして分かるの?
あたし、やっぱりここを知っている。
あたしの視線の先、急な坂の階段を登ってやって来たのは・・・楓ちゃんだわ。
とても綺麗な着物を着ているわ。前に着ていたのより随分きらびやかね。髪も可愛く結われてゆらゆら綺麗なかんざし飾り。
こんなに綺麗におしゃれしてるのに。
楓ちゃん、沈んだ顔してる・・・・・
だよね。あたしはわかってるよ。
無理もないよ。
でも、どうしたの?
こんな寂しいところに夕暮れ時にたった一人で来るなんて、危ないよ?
楓ちゃんは綺麗な通る声で歌を口ずさんでる。
寂しげな歌。
手には色とりどりの野の花を集めたかわいらしいお花の束。
これは・・・野アザミに野菊になずな、カタバミにキンポウゲ。
素敵なオリジナルフラワーアレンジメントだね。
楓ちゃんは跪いて、そのお花を祠の前に捧げた。
辺りのオレンジの光は強さを急激に増したかと思ったらもう闇に飲まれてきた。
一番星が見える。
「・・・黒鮒様。あたし、今日は家族と最後のご挨拶するために一日だけお暇をもらったのよ。午前中に父上様と母上様にご挨拶はすませたの。午後には思い出の懐かしい場所を弟の伊之丞とお供のおサキさんと巡ってね、楽しかったわ。」
祠に向かって語り出した楓ちゃんの目が、潤んできた。
・・・黒鮒様?
え、待って!黒鮒様って!
わかったわ!
ここは鮒死池だわ!山の上にある付梨大明神のそのまた奥にある鮒死池よ!
お参りで家族と何回か来たことあるの。
そうそう、お母さんが本殿への途中の階段でバテてみんなで背中を押して大変だったこともあるよね。
ここはむかーしの鮒死池なんだ。ほーお。
「あたし、途中で伊之丞とおサキさんを巻いて一人でここに来たのです。とても勇気が要ったのよ」
声がちょっと震えてる。
「・・・・・ねぇ、黒鮒様。この鮒死池は黄泉の国とつながっているのでしょう?だってここは黄金の鯉が現れる清水だもの。だからあたし、この池に入ることにしたの。お願い。あたしを体ごとあちらの国へ連れて行ってくださいな。あたしが神隠しで消えてしまえばそれは神様の仕業だもの。あたしのこと、みんな赦して諦めてくれると思うの。きっと家へのお咎めも免れられるの」
だっ、ダメよ!
楓ちゃん!死んでしまおうなんて、絶対だめよ!
「・・・あたし、蔵人様と生きていきたかった・・・・・蔵人様は一緒に暮らそうって言ってくれたのよ?それなのに・・・・・なぜ?」
楓ちゃんの目から涙が溢れ出た。
「・・・黒鮒様!あたし、本当は死んじゃうなんて・・・怖いよ。えーん、えーんっ」
堰をきって大声で泣き始めた。
「うえーんっ、うえーーーーんっ、うぎゃーーーーんっ」
バサバサバサっ・・・・カーカーカー・・・
ぴぴぴっ!ぴーぴぴぴっ!ぴぴぴぴ
「うぎゃーーーーんっ!やだよぉーーーー!黒鮒様のバカーーー!もう、みんな嫌いだぁーーーーー!あーーん、あーーんっ」
がさっ、がさっ、タッタッタッタッ・・・
うわーっ!スッゴい声。
木の枝で寝る準備をしていたカラスさんたちがビビって避難していくわ。
小鳥さんたちはすごく怯えてるけど、カラスさんに見つからないよう耐えて留まっているようね。
草むらに潜んでいた動物さんも怯んで逃げ出した模様。
この、宵に包まれつつある静謐な空間に響き渡る泣き声というか、叫び声!
これはヤバない?




