愛おしき花 ~思念想起〈ロード〉
僕は今、どこに立っているんだ?
ここは外。どこかの庭先のような?
薄暗い。
今は・・・・・夜明け前みたいだ。
粗末な掘っ建て小屋が一つ。
側面には・・・・・朝顔の蔓が絡まった竹製の格子が立て掛けてある。
ずいぶん葉が繁っている。色とりどりのつぼみもたくさん。
もう大分膨らんで今日開く準備を初めている。
一つだけ、せっかちな濃いピンクのつぼみが半分だけ開きかけていた。
・・・・・ささやくような、微かな声が聴こえる。
ぼそぼそと男と女の子の声。
どこから?
辺りを見回したけれど、誰もいない。
ガタッ
この掘っ建て小屋の戸が開く音がした。
中に誰かいたんだ!
僕はとにかく誰かに助けを求めてヤシロさんを探さなくては!
僕は正面に回った。
顔だけ出して左右をささっと見ていた男に声をかけた。
「あの、すみません。僕、道に迷ってここに来てしまいました。ここはどこか教えてく・・・・・うわっ!」
薄暗くて判らなかった。
近くでみたら、この男は僕に生き写しだ!
まさかっ!僕は双子だったのか?
「あのっ!すみませんっ」
僕が焦って声をかけているのに僕にそっくりな着物の男に反応がない。
まるで僕など見えていないかのような振る舞いだ。
「あの、」
彼の肩をつつこうとした。
スカッ・・・
・・・・・触れない。
これは・・・・・
ああ、そうだ。これは幻だ。
だから触れない。
僕がいるのは・・・時間の狭間。
これは多分、遠い過去の幻だ・・・・・
木の板の壁の造りの物置小屋、脇にある大きな水瓶、木製のひしゃく、中に見えるのはいかにも博物館に展示されていそうな何らかの道具、この男の着てる着物、向こう側には桶が綱でぶら下がる井戸・・・
全てが過去を物語っている。
僕はどうしてこんなところに連れて来られたんだ?
「大丈夫だ。おいで、楓」
僕にそっくりな男が小屋の中に囁いた。
頬を紅潮させて出てきたのは・・・・・
うそだろ!!
ヤシロさん?
いや、ヤシロさんの妹?
そんな馬鹿な。
これは全部幻なんだ!
『すみません』
僕はそれでも一声かけてからヤシロさんの妹みたいな女の子の肩に触れた。
スカッ・・・
やはり、同じだ。
「もうすぐ夜が明けてしまうの。夏の日の出は早すぎますわ・・・・・蔵人様、またのお約束、あの祠の前の木の枝に文を結びつけておいて下さいませ。あたし毎日見に行ってるの。」
「ああ、楓もね。枝を間違えないように。ほかの結ばれたおみくじと区別がつかないから。」
「はい。蔵人様。楓は・・・幸せでございます」
楓という女の子は朝顔の植わっている小屋の側面に男の手を取って誘った。
「見て、きっと今日もたくさん咲きましてよ?」
「本当だ、楓。蕾がこんなにたくさん。今日はきっと見事だろうな。」
「あたしの大好きな花を蔵人様と見られないのは残念なのです」
「・・・・・そうだな。このように潜んで逢わなくてはならないとは。楓、ほら、見て。ここに一つだけ開きかけた花がある」
蔵人という男がその花を摘んで彼女の結んだ髪に挿した。
「うふふ、似合いまして?」
「ああ、とても」
「皆が好んで庭に植える牡丹や芍薬も好きだけど、朝顔が一番好きなの。だって、何かにつかまらなきゃ立っていられない弱々しさのくせに、こんなにみずみずしい美しいお花を次々咲かせる事ができるのよ?」
「確かに、朝顔には他にはない清々しさがあるね。」
「うふふ、それに楓は野の花が大好きなのです。特別なお世話を焼かれなくても人知れず一人できれいな小さなお花を咲かせている野の花はスゴいのです」
「・・・・・楓殿が愛するものは私も愛すべきものだな。心にとめておこう」
「蔵人様・・・・・」
二人は口づけを交わした。
楓さんは名残惜しそうにその男を見つめてからくるりと背を向け足早に去って行った。
蔵人と呼ばれていた僕にそっくりな男はひとり、呟いた。
「・・・・・今のままではとても敵いはしない。しがない絵描きの見習いと、武家である小姓組の業町様とでは話にもなるまい。それでも私は・・・・・」
徐々に明らみ始めて来ている夜明け前。とぼとぼと歩き出した僕にそっくりな男。
これは・・・・・?
僕がヤシロさんに初めて会ったときのイメージそのままだ。
僕はあの時、何故かヤシロさんにはみずみずしい朝露に濡れた朝顔がよく似合うと思った。
それに・・・・・
僕は小さな頃から雑草の花を見るたびに、なんだかいとおしい気持ちになって。
見ているとなんとなく心が温かくなるんだ。
隅っこで小さなかわいらしい花を咲かせている雑草を見かけると。
この二人は・・・・・
この楓さんと蔵人さんは・・・・・
ヤシロさんと僕に関係あるのは間違いない。
御先祖様?
それとも・・・・・
そんなことあり得るのかな・・・・・
輪廻転生なんて。
魂の記憶が僕に・・・・・?
まさか。
ぐらり
急に目眩。
ぐにゃん
この世界が溶ける音。
僕の視界は暗転した。




