全ての始まりは3枚のイラスト〈ロード〉
ヤシロさんはこの黒板の絵を見て、何て言う?
僕は、僕の描いたヤシロさんを見ている実物のヤシロさんの表情が、どう変化するのかどぎまぎしながら見ている。
僕の描いたアートにすごくびっくりしてる君。
そりゃそうだよね。
いきなり自分を描かれたら驚くさ。
そんなこと、よっぽど興味がなきゃしないことだから。
嫌いな人を描くわけない。仕事じゃないんだ。
こんなことする行為はもう・・・君が大好きだって叫んでるのも同然だ。
僕がこんな大胆な事をしてしまうなんて思いもしなかった!
僕にはわかる。
ヤシロさんはこの絵の出来具合には感心してくれてるって。
僕は今すぐ知りたい。
これを描いた、という "僕の行為" についてはヤシロさんはどう感じてくれているのだろう?
ヤシロさん。僕の気持ち、受け取ってくれる?
「・・・あの、これあたし?あたしをこんなに綺麗に描いてくれて、ありがとう!でも、どうしたの?急に・・・・・」
・・・不思議顔で僕を見る君。
嘘だろ・・・
全然通じてない!
ヤシロさん、すごく鈍感・・・・
好きでもない女の子を意味も無くこんなとこにでかでかと描くわけないじゃないか!しかも、わざわざ朝早く登校して。
ううっ・・・だめだっ!
ここでめげてたら!
僕は泉さんの厳しいディベート特訓を受けたんだ。
・・・にわかではあるけど。
これきしのことで挫けはしない!
別のアプローチは考えてあるんだ。
僕はリアさんに教わったゆっくり腹式呼吸で心を落ち着かせる。
「ヤシロさん。僕にあの質問をしてくれないかな?」
「あの質問って?」
「ヤシロさんが聞き損なっている僕の答えを言うから。」
「・・・ああ、あれね?いいよ、いくよ?あたしはロードくんの名前を1年前から知っていました。それはどうしてでしょう?」
僕はやっと今こそ、この質問に答える事が出来る。
ヤシロさんは部室の前の壁に展示されてた僕の描いたイラストを見たんだ。
僕が創作文化部に入部したばかりの頃描いた3枚の絵を。
それは、僕の家に、賽ノ宮家に代々伝わる伝説の神話に出てくる場面を描いてみたイラスト。
一枚はいつの世かに実在した悲運な美しい姫、蓮津姫。悲恋の末、短い生涯を終えた。不忍の池の蓮の華のような大変な美しさだったとか。
もう一枚は、蓮津姫の妹の那津姫を救ったという伝説の霊鳥大鷲。名をキザシという。
僕の家の巻物にそんな記述が残っている。僕にはさっぱり読めやしない流暢な筆文字でだけど。僕は小さな頃、寝る前の物語に聞かせてもらっていた。
一騎当千の勇猛な霊鳥だったそうだ。後に那津姫と結ばれたという。
僕は小さい頃、このキザシという強くてカッコいい霊鳥大鷲のお話が大好きで、大のお気に入りだった。
そして、最後の一枚は、僕の家、賽ノ宮家が代々宮司を務めている付梨大明神に伝わる神社の起源にまつわる伝説。三途の川に住み、霊界と現世を行き来する黄金の鯉、瀑瀬とその眷属の黒鮒。
僕の家の神社はその黒鮒様を祀っている。
ヤシロさんはそんな伝説は知らないんだろうけど、僕のイラストからいにしえのロマンを感じ取ってくれたんじゃないかな。
本当はあれはヤシロさんにプレゼントしたかったんだけど・・・・・実は3枚とも展示中に盗まれてしまったんだ。
あれは原画だったのに。
でも、家にカラーコピーしたものがあるから、トレースして書き直して、ヤシロさんのバースデーにプレゼントしようと思ってる。
「それはヤシロさんが去年、創作文化部部室前の展示を見たから。僕の描いた3枚のイラストも張り出されてた。下に名前もつけて」
僕はいつもより滑舌よく、意識して話す。
「えっ!・・・・・あたしが見たの、知ってたの?」
ヤシロさんがびっくりして僕の目を見た。
「・・・だって、あの時、ヤシロさんは部室に入ろうとしていた僕に聞いたんだ。『賽ノ宮ロウドさんって知ってますか?』って」
「あっあたしっ!ロードくんにロードくんのこと聞いてたのっ?」
ヤシロさん、やっぱり一度話しただけの僕のことなんて記憶に残っていなかったね。
「思い出した?」
「覚えてるよ・・・でも・・・だって、あの人は・・・髪の毛短い感じだったと思うわ。メガネもかけてたような・・・?あれがロードくん・・・?」
そういえば、僕は高校生になったら、中学生の時からの刈り上げはやめて髪を伸ばそうと決めていて。
メガネもうざいから2年進級前にコンタクトにかえたんだっけ。
僕、あの時とそんなに変わってたのかな?
なんだ。そのせいでヤシロさんは去年の僕と今の僕が一致していなかったんだ。
僕がモブ中のモブだから忘れていた訳じゃなかったんだ・・・
「・・・ああ、そういえば・・・刈り上げ部分があるとしょっちゅうカットしなきゃなんないし、面倒だから伸ばすことにしたんだ。それにぼく、今年からコンタクトに変えた。楽だし。」
「そうだったのね・・・。あまりにも変わっていたから気づかなかったわ。でも、どうして知らない振りしたの?それは僕だって言ってくれればよかったじゃない!」
あれれ、ヤシロさんがちょっとぷんぷんしてる。
その頬をわずかに赤らめた君の顔・・・・・ふふ。
・・・・・僕はそんなヤシロさんもいとおしい。
君が感情をのせてくるくる変化させる表情。
僕はすべてスケッチして僕の物にしてしまいたいよ。
「嘘になって・・・ごめん・・・でも、ヤシロさんは僕の絵を見て賽ノ宮ロウドが素敵な人だって妄想になっていたから、僕はとても言い出せなかったんだ。」
僕は業村くんみたいなイケメンじゃないし、言われる通り、ひょろひょろのもやし男子だし。
自覚はあるんだ。不本意ながら。
「何言ってるの? ロードくんは素敵な人に決まってるじゃない!」
ヤシロさんは本当に優しいね。
だから、僕はほんのちょっぴり僕はもしかして、もしかすると、なんて密かに期待してしまうこともあったんだ。
君が好きなのは、期待しているのは、僕のこの右手だけだってわかっているのに。
僕を傷つけまいとマジな顔で抗議してきたヤシロさん。
気を使って言ってくれてるだけなのだろうけど、ありがとう。
嘘でも僕にそんなこと言ってくれるのは、ヤシロさんだけだよ。




