fall into a trap
ベランダに出たあたしに業村くんは自分のスマホの画面を差し出した。
「何!これ・・・・・ひど・・・・い。」
そこにあるのは罵詈雑言。
何とかななしさんたちからの誹謗中傷の類い。
「これは・・・誰がこんなことっ?」
「ほら、見ろよ。俺らのこともうのってるぜ?」
「あたしと業村くんのこと?」
あたしはそれを読んで愕然とした。
嘘でしょう?
何?誰がこんなこと書いてるの?
全部デタラメだわ!
あたし彼氏いたことすらないんだよ?
『2ー2のK岸さんは3股 同クラスN村とO高とS宮だよ~!』
『目撃者多数!らしい』
『2ー2N村くんはK岸さんに遊ばれた。』
『N村くん憐れみ』
『K岸さんXXXX!』
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
いったい誰が?・・・・酷いよ!
「俺らベランダでキスしちゃったこと、廊下で吉田と渡辺に聞かれちゃったからな。クラスで拡散始まってる。だからヤシロはひとまず俺とだけちゃんと付き合ってることにしないと、もっと悪い噂が拡散されちまうぜ?」
「あ・・・あたしの悪い噂が・・・?」
「そう。ヤシロの。」
「いや、そんなの・・・誤解だよ。みんな・・・・」
「俺と付き合ってるってことにしとけば俺が守ってやれるから。」
「ことにしとく?」
「そう、これが落ち着くまで学校で俺の彼女の振りだけしてればいいから。」
「・・・・・・」
「いいのかよ?この3股だって、明日の朝にはきっとクラス全員に拡散してるぜ?真偽に関わらずみんな面白がってさ。本気にするバカだってたくさんいるに決まってる。」
「でも・・・・・・」
「噂が収まったら別れたってことすればいいじゃん。」
「・・・・・・・考えとく。」
「今決めねーともう遅っせーよ。すぐ対処しねーとエスカレートするぜ、こういうの。」
「・・・・・・・」
「この俺だってヤシロに遊ばれた哀れな男ってことになってんだぜ?めっちゃ恥ずいじゃん。それにO高は大高で・・・このS宮って賽ノ宮だろ?このままじゃあいつにも迷惑かかるかもしんねーじゃん。」
「ロードくんに・・・?あたしのせいで?」
「だから、しかたねーだろ?俺らがしたことはもう隠せはしないんだから。なっ?付き合ってんならキスくらい普通だろ?そうしときゃ、誰から非難されることでもねーじゃん。」
「それは業村くんがいきなりあたしに・・・・・」
「もう、過ぎちゃったこと、今さら言ったってしょうがないだろ?もう彼女のふりしとけよ。そうすりゃなんとか収まるじゃん?」
「・・・・・・・う・・ん。」
「じゃ、決まり!」
そういえば亀井くんと鶴巻くんが帰りがけにあたしの方、にやけて見て修羅場が何とかって・・・・・。
もう、あたしの噂が拡がってるんだ!
こんなことが起きるなんて。
・・・・あたし本当にこれで大丈夫なの?業村くんの言った通りにしてれば?
業村くんとあたしは教室に戻った。
ロードくんは黙々と作業を続けている。
「じゃ、そういうことだから、今日から一緒に帰ろうぜ。ヤシロ。」
「・・・・・う・・ん。」
あたしはロードくんと黒板アートの話をしながら帰りたかったのに。
業村くんの彼女の振りなんて嫌だけど、それで噂が収まるなら我慢しとけばいいのかな。1ヶ月位の辛抱?
業村くんは机に座ってスマホを見始めた。
ディスプレイをスクロールさせ見入るその顔には薄笑いが浮かんでいる。
あたしはロードくんの元に戻った。
「ごめんね。ちょっと業村くんと話さなきゃいけないことがあったんだ。」
「・・・・そう、こっちは順調に進んでるし大丈夫だよ。ねぇ、手を拭く濡れタオル取ってくれる?」
黒板に向かったままロードくんは言った。
あたしが業村くんとベランダに行ったことになんか、なんの関心もないんだね。
「・・・はい、どうぞ。」
あたしは差し出した。
「ありがとう。」
ロードくんは差し出したタオルに目線を向けただけであたしの方は見なかった。
あたしは文字担当。
家で切り抜いて来た紙をクリアファイルから出して黒板に磁石で張り付けてみた。
「ロードくん、この辺でいいかな?バランスはどう?」
ロードくんは椅子から降り、黒板から離れてバランスを見た。
「うん、オーケイ。」
ロードくんは文字は見てるけど・・・・またあたしと目線を合わせてはくれなかった。
どうして?
あたしの3股噂聞いたの?
それに巻き込まれて迷惑してるんだ?
業村くんがロードくんにキスのこと話したってほんと?
その噂もクラスの誰かから聞いたの?
そのせいなの?
あたし、もしかして軽蔑されちゃった?
あたしとロードくんの間に小さな溝が出来たことは明らか。
二人の約束の指切りげんまん。
昨日はあんなに楽しかったのに。
夕方5時過ぎには微調整も含め、5月の黒板アートは完成した。
「すごい・・・・」
白いチョーク一本で・・・こんなに綺麗、なのに儚くて。
鋭い眼光の武士の両眼。
正面に真っ直ぐ構えた刀。
バックには菖蒲の花を背負っている。
添えられた『飛竜乗雲』の派手な筆文字。
あたしが書いた下絵よりまたもや数倍クオリティアップしてる!
あたしはドーナッツ屋さんでロードくんに投げ掛けた質問の回答を、今こそすっごく伝えたくなって・・・・
あたしがロードくんの名前を1年の頃から知っていた訳を。
初めてロードくんのイラストを創作文化部の掲示板で見た時の感動のことを!
「ロードくんて・・・・・やっぱりすごい。あのね、あたし一年生の時からロードく・・・・・」
「おー!出来たじゃん。賽ノ宮うめーな。じゃ、早く帰ろうぜ、ヤシロ。」
ーーー業村くんが立ち上がって言った。




