A timid person 〈ロード〉
前回の朝からのロードの話。
朝、僕は早めに学校に着いた。
ヤシロさんと約束したから。
約束の7時45分より10分も早く着いてしまった。
そんな資格も無いのに浮き足立っている自分をぎゅっと押し込める。
昨日僕はヤシロさんを残してドーナッツ屋を出てしまった。
あまりにも居心地が悪くて。
突然現れた業村くんと大高くん。
ヤシロさんは昨日帰りがけにハイテンションではしゃいでいたから、僕たちがあそこに行くことはあの時教室にいた人たちは皆知っていただろう。
4人で座るテーブル。
彼らは僕のことが気に食わないらしい。
僕のようなへなちょこな男子を見ているだけでイラつくのだろう。
進級クラスの最初の自己紹介の時からそうだったし。
それに理由はもうひとつ。
僕がヤシロさんと仲がいいから。
業村くんはヤシロさんにあからさまに気がある。ヤシロさんは案外そういうのに鈍くて気がついてないみたいだけど、クラスの大半が知ってる。
そして隠してるけど、大高くんも。
業村くんに遠慮してるのだろう。想いをストレートには出来ないようで。
たまにヤシロさんのところに意味もなくやって来ては意地の悪いことを言ったり、からかってみせたり。
まるで好きな子に意地悪する小学生男子だね。
反面的な好き表現をしてヤシロさんからは反対に嫌われている。
テーブルの下、僕の爪先をかかとでぎゅうぎゅう踏みつけて来た業村くん。
隠して僕の腿をすごい握力で握ってきた大高くん。
僕がここにいるのが邪魔なんだ。
僕がヤシロさんと二人でいたことに対する嫌がらせ。
これはただ係の仕事なのに。
でもね、彼女がこの僕とこの係をすることを望んだんだ。
ヤシロさんは僕が好きな訳じゃない。
僕の描く絵が好きなだけ。
わかってる。
それがただ単に君が僕を気にしてくれる理由だとしても、僕は嬉しくて浮き足立ってしまうんだ。
僕は誰もいない教室で後ろ黒板を消し始めた。
「よお。昨日はどーも。」
いつの間にか業村くんが僕の後ろにいた。
業村くん、昨日は上手くいかなかったんだろ?
昨日ヤシロさんは僕が帰った後数分でドーナッツ屋を出た。
良かった・・・・・
僕はほっとした。
僕は通りの向こう側。
傘で身を隠しながら店のドアを見つめ続けていた情けない自分。
ヤシロさんが店から出るのを見届けてから駅に向かった。
「・・・・・・何?」
外見だけなら今すぐにでもタレントになれるであろう業村くんの整った顔を見た。
昨日の僕とヤシロさんが交わした会話を聞いて業村くんも早く来たんだね。
けなげだね。
そんなにもヤシロさんのことが好きなんだ?
「頼みがある。」
左手で頭をかきながらばつが悪そうに僕を見た。
嫌な予感しかしない。
「・・・・・何?」
「俺今日はチャンスだと思ってさ、早く来た。ヤシロが来たら早速コクるからさ、協力しろよ。おまえら、別に付き合ってねーんだろ?だったらいいじゃん。おまえちょっと消えてろ。」
「急にそんなこと言われたって。僕は係の仕事してるのに。」
「・・・・・ふーん、出来ないってか?はーん。だったら覚悟しとけよ?これからおまえ、クラスん中でどうなるか楽しみだな?」
僕の足を踏みつけるだけでは足りないんだ?
僕が君の邪魔をしたらさらにエスカレートさせる気なんだ?
僕はヤシロさんが君のことを好きだというのならもちろん協力する、でもヤシロさんはどうみても君のことは・・・・・
「おっはー!」
教室前扉がガラリと開いてヤシロさんの元気な笑顔が現れた。
僕を恫喝していた業村くんは即座に振り向いた。
「おはよう!ヤシロさん。」
さっきまでの態度が嘘みたいだ。明るく爽やか好青年風。
「・・・・・おはよう。」
僕の抑揚のない声が僕たちしかいない教室に響く。
「今日はずいぶん早いんだね。ヤシロさんと賽ノ宮。」
さっきとは全然違う口調。
裏の君、表の君。
とても器用な業村くん。
「掲示委員の仕事よ。・・・・・ごめんね、あたし遅かった?ロードくん。早速始めよう!」
「賽ノ宮は部室に用があるんだってさ。なっ、賽ノ宮。いいから行けよ。僕が代わりに手伝うよ。ヤシロさん。」
業村くんのいきなりの嘘。
僕を強制的に追い出す気だ。
僕はまた昨日と同じ、ヤシロさんを置き去りにしてしまうのか?
「で、でも・・・・・・」
僕は・・・・そんなの嫌だ。嫌なのに!
「消すだけだろ?大丈夫だって。僕たち友だちじゃん、賽ノ宮。気にするなよ。行ってこいよ、ほら。」
友だち?僕と業村くんはいつから友だちになったんだろう?
さわやかな笑顔で僕の背を押す君。
君のその口からはその場その場で都合のいい嘘が生まれる。
「ロードくん、用事なの?」
ヤシロさんが怪訝そうに僕を見てる。
「あっ、いや・・・・・・・」
そうじゃないんだ!
気づいて!ヤシロさん。
「いいよ?用事があるなら。大丈夫だよ、ロードくん。ごめんね、忙しかったのね。こっちは任せて。」
ヤシロさんは業村くんにはなんの疑いもなく僕に気を使っている。
「でも・・・・・・」
ヤシロさん。僕が約束を破ったって怒ってくれよ。そうしたら僕はここにいられる口実が出来るのに。
「ほら、ヤシロさんもいいって言ってるだろ?早く行けっちゅーの。」
僕は業村くんにいとも簡単に転がされてしまった。
ヤシロさんをまたもや置き去りにしてしまった。
僕はヤシロさんを好きになる資格さえない。
ほんとは友だちでいる資格すらないんだ。
こんな気弱な僕では。




