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愛、シテ、る  作者: トキン
6/12

9月

「好きな人がいるんだ」

 そうやって切り出したくても、言葉が出ない日々がもう数週間だった。

「なあ」

 今日もまた、俺からではなくアイツから話が始まる。

 秋風が、がらんとした教室を吹き抜けた。


「…………、あー、なんかさ、最近どう?」

 若干の溜めと少しの逡巡が、友人の心持ちを如実に表していた。

「いや、別に……。特に問題ないよ」

「あー、そっか」

 言葉の上では軽く受け流しているが、口に出せない悩みが俺の中を渦巻く。そんなことにはとうに気付いている俺の友人も、表情が曇っている。

 素直に打ち解けてしまえばいいのだろうか?受け入れてくれるともわからないのに。

 二学期に入って数週間、夏休みの恋しさもようやくなくなり、鳴り響くチャイムにも耳が慣れた。久々の部活のオフに、体は休まるが心が落ち着かない。

 浮ついた気分を打ち飛ばすように、グラウンドにいい音が響いた。野球部の練習は順調のようだ。

「今は何の本読んでる?」

 黙ったままでも座りが悪くて、特に興味がないことでも口に出して聞いた。趣味が合わないのはわかっているのに。

「ん、恋あ……、いや、えっとー、あ、青春モノ」

 俺のことを気にしてるのか、恋愛という言葉を言わないように配慮してくれたようだ。

「ふーん、そっか」

 返す言葉もなく、うやむやに話が終わる。じれったく流れる時間が、俺の気分を逆なでる。


「あーもう!前のメッセージ、あれさ」

 どうなった?とでも聞きたいのだろうか。しびれを切らしたような声が、教室に響いた。

「…………フゥ」

 俺だって、さっさと答えたい。だから、言いだそうと何度も息を吸うのに、言葉にならない。抜けるような呼吸音が数度、間抜けに木霊した。

「ま、今度でいいよ」

 その”今度”というのが、明日や明後日にはならないことを俺たちは知っていた。夏のむせかえるような暑気が、俺の心をぐちゃぐちゃにかき混ぜた。今吹いているような秋風では、この感情を吹き飛ばすことはできないようだった。

 少し前までは、逆だったのに。こいつの悩みを、俺が聞いてやっていたのに。

 今年に入ってから、こいつにとって時間が唯一にして最大の解決法となっていく中、俺の方に少しずつ暗雲が立ち込めた。最初はそんな物騒なものではなく、ちょっとしたときめきだったんだがな。気付けば大きくなりすぎて、すっかり光が差さなくなった。



「今日はもう、帰るか?」

 普段より遥かに早い時間に、珍しく友人の方からそう言った。 

「え?」

 意外だったから、思わず聞き返してしまった。

「今日、というか、今はお前に余裕がないだろ?俺も、無理に踏み入ろうとはしないからさ。次のオフまでには、折り合いつけといてくれよ。そしたら、馬鹿話でも真剣な相談でも、何でも付き合うから」

 その優しい言葉は、静かに俺の心に染みた。少しだけ、答えが見えた気がした。ゴールをどこにするか、まだまだ悩み続けるだろうけど、それでも最後には……。


「ありがと」

 目の前の友人にさえ聞こえないような声で、感謝を呟いた。

 暗くなるのが早くなったとはいえ、まだ高い秋の日が、窓から俺たちを照らす。光よりも克明な影が、机の上にポツンと落ちていた。

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