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愛、シテ、る  作者: トキン
4/12

7月

「好きな人がいるんだ」

 蝉の鳴き声にかき消されるような俺のつぶやきは、暑さの中にかすれて消えた。

「あー」

 俺の友人は返事なのか、暑さに参ったうめきなのかよくわからないような声を出した。

 終業式の放課後、滲む汗が気持ち悪い。


「今何時?」

「ん〜、自分で確かめてくれ」

「えー腕時計あったかなぁ。めんどくさ、やっぱいいや」

 2時からの部活にまだどれだけ時間があるか確かめたかったが、つれない友人にその気が削がれた。

「なんか久しぶりの部活の気がする」

「いや、普通に昨日までもやってただろ」

「そうなんだけど、なんなら今年はじめての部活の気が」

「変なこと言うなよ」

「まあな」

 自分でも変なことを言っている自覚はある。でも、なんだか4月から6月までオフの日しかなかったような気がする。

「てかさ、なんでサッカー部は2時からなんだろうな。他のやつらは、もう部活行ったぜ」

「さあな、会議とかがあるらしいが。まあ、俺はこういう時間も好きだか」

「お前には大好きな本があるからな。俺にとっちゃ、退屈な時間だよ」

「ハハハ、そうか」


「さて、恒例の話題だ」

 相変わらず本に向消えたままの友人の顔が、楽しそうに歪んだのが見えた。

「進展はあったか?」

「さあ、な」

 はぐらかそうとしているが、こいつにはきっと通用しない。観念するしかないだろうか。

「あやふやな言い方をしたところで、どうせ何もなかったってオチだろう?聞いてもらえるだけ、ありがたいと思えよ」

 横暴な口ぶりで、そんなことを言う。

「そんな子に育てた覚えはありません」

「なんだよそれ、ウケを狙いに行ったにしても平凡。もっと面白い返しをしないと、話題は変えれないぜ」

 口元は笑ってるくせに、手厳しいことを言う。本当に親しい奴としか話せないような距離感で、この冷たい感じが逆に落ち着く。

「Mか?」

「なんでそうなる、つか頭の中読むな」

「口に出てたぞ」

「え、まじで!?」

 恥ずかしい。でも、こいつのニヤニヤした顔を見る限り、どっちが正しいかわからない。

「で、お前はSかMか?それと、その子はどっちぽい?」

「そんな話に飛ぶのか。いや、いいけどよ。あー、あんまそんなこと考えたことないなぁ。お前は答えれんの?」

「俺か?言う必要あるか?言わなくてもわかるだろ」

 確かに。こいつはどう考えてもSだろうな。

「あー、でも考えてみたら、俺はMなのかな」

「ん、なんでだ?好きな子にSっ気があるのか?」

「いや、そう言われると何か違う気がするけど、まぁそういうこと、かな?」

「ふうん」

 なんか、楽しそうだ。別にいいけど。


「して、夏休みのご予定は?」

 友人が急に話題を変えた。脈絡がないように思うが、こいつの中では文脈が通っているんだろう。

「何も。部活しかねーよ」

「ハハハ、味気ないな」

「うっせ、お前も同じだろ」

「オフの日でもどっか行くか?」

「ああ、他のやつも誘って遊ばねえとやってらんないよな」

 よく話す男どもの顔を浮かべてプールなりモールなりで、はしゃぐ様子を想像する。まぁ、楽しくないはずがない、よな。

「お前は意中の人と、二人っきりじゃなくていいのか?」

「だからな、そういうのはできないんだって。まだ気づかれないようにしてんの」

「そうは言っても、そんなグダグダな状態でお前は良いのか?」

 そう言い放った友人の声は、それまでの若干笑いを含んだものではなく、真剣そのものだった。


 ああ、そういうところなんだよ。本当に……


「そうだな。軽く誘ってみるよ……」

「いいじゃないか、当たって砕けろよ」

 今度笑いながら、そう言われた。

「砕けるほど突っ込む勇気は、まだねーよ」

「それもそうか」


 カキーンと良い音が鳴った。野球部の練習が本格的に始まったのだろう。

「あー、早くボール蹴りてー」

「外に行って、自主練するか?」

「外出たくねー」

「贅沢すぎるだろ」

 なんて、他愛もない話をとどまることなく続ける。

 そして話のネタも尽きた頃。

「俺さ」

 友人の声が、しっとりと感傷を含んだものになった。

「最近楽しいんだ」

「そっか」

 彼の言葉をさえぎらないように、できるだけ短く相槌を打つ。

「そりゃさ、元がそんな大層な悩みじゃないし、お前以外の奴に相談してたらきっと軽くあしらわれただろうけど」

 何も言えない。あの日のこいつの顔がちらつくから。

「きっと来年の今頃には、なんであんなことに苦しんでいたんだろうって、笑い話にしてるんだろうな」

 自嘲気味に、目の前の美形が歪んだ。

「そうかもしれないけど、でも……」

「ああ、今の俺の苦しみは本物だよ。つらい、しんどい、疲れた。ずっと、こう、胸のあたりが、痛い」

 その言葉は、きっと本当なんだろう。普段は見せない、こいつのこんな姿が、脳の奥底に記憶されていく。

「でもさ」

 友人の声が、一転して明るくなった。

「それでいいって、今はそんな感じでいいやって、最近思うんだよ。辛いのは辛いし忘れたわけじゃないけど、みんなと話したり笑ったり、遊んだり部活したり、そうやって過ごしているうちに、少しずつ痛みが薄れていく。多分そうなっていくんだろうよ」

「あー、テストの結果が悪くても、3日後位にはもう勉強しなくなるみたいな?」

「そう。自分のミスのせいで試合に負けても、1週間後には作った自主練のメニューも忘れる、そんな感じで」

「それはそれでいいじゃないか。何であれ、お前が楽に生きれるなら」

「そうだよな。もうすでに、ちょっとずつそういう段階になってきてるんだ。だから、最近楽しいんだよ」


 清々しいように、俺の友人は話す。あの日のこいつの様子からは思いもよらないほど、ポジティブで、いっそ楽観的とすら言えるほどだった。

「本もさ、もともと好きだったのに、読むと言うより外の世界から自分を切り離すためのグッズになってたんだよ。それが最近は、普通に面白い。それが嬉しい」

 今もなお読んでいる文庫本を、愛おしそうになでながらそう言った。確かに、こいつが本を読んでいる時に話しかけるのはちょっと勇気が必要だった。今は何も思わないけど。

「でも、お前が荒れていた時も、別に孤立はしてなかったよな。なんで?」

 聞いたはいいが、苦笑いされた。

「孤高を気取ってたわけでもないし、ただ面倒だったから、としか言えないよ。自分から積極的に行かないのも、こられたら拒否しないのも」

 恥ずかしそうに頬をかきながら、その声には懐かしそうな響きが含まれていた。

「なんだかさぁ、あんまこういう空気は苦手だな」


「古今東西ー、恋する相手の好きなとこー」

「は!?お前、ふざけんなよ。さっきまでのしんみりした感じはどうしたんだよ」

「性に合わん」

「だからって、そんなくだらねぇ話題にすんじゃねえよ」

 2人揃って大声で笑った。ああ、くだらねえ、楽しい。最高だ。


「あれだ、もうやめよう。ちょっとこれ以上、ここで話してたら、何かダメな気がする」

 ヒーヒー笑いながら、俺はなんとか声を振り絞った。

「あー、そうだな。ハア、アハハ。やべ、ここから真面目なモードに戻れる気がしねー」

「知るか、自業自得だろ」

「つれねぇなぁ。そんなこと言うなよ」

 たく、これから部活だってのに、締まらねえ。

「ほら、行くぞ。ちょっと早いけど、自主練でもしようや」

「そうだな、体動かしたい」

 慌てて片付ける友人を尻目に、教室のドアに手をかけた。


 7月の雲は、白く大きく俺たち2人を見守るようだった。

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