五:障害を打ち払い
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キャラクター名を変更しました。
グレイズデルタ伯爵→ドルトデルタ伯爵
グレイズデルタのグレイズがクライズと似てて紛らわしかったので……。
その出で立ちから、冒険者、或いは傭兵だと察せられた。
屈強かつ野卑、そんな言葉の似合う三人組である。
体躯の大きなのがひとり、細身で敏捷そうなのがひとり、小柄で目つきの悪いのがひとり。いずれも只人族である。小柄なのはもしかしたら大柄な侏儒族かもしれないが——まあ、種族がなんであろうと関係ない。問題は、彼らがクライズとエメの前に立ちはだかっていること。そして、エメを下種な目で睨めつけていることである。
「なあガキ、悪いことは言わねえ。その奴隷をひと晩だけ貸してくれりゃそれで済む話なんだよ」
大きいのが小汚い無精髭を撫で、にやにや笑う。
もう片方の手は腰に差した幅広剣の柄先へと乗せられている。
「随分と身綺麗にさせてんだなあ。それだけ上玉なら大事にしたい気持ちもわかるけどよお。でも、魔族の奴隷なんてのはもっと粗雑に扱わなきゃいけねえ。俺たちがそれを教えてやるよ」
細いのは皮肉げに唇の端を歪めた。
こちらは一本立てた指を上に向けてくるくると回す。魔術使い特有の威嚇である。
「そうそう。魔族に身の程をわからせるのが俺たち王都民の義務ってもんだ。なに、心配いらねえ。わからせるったって別に痛い思いをするわけじゃねえ。気持ちいい思いをすれば自然と身の程もわかるってもんさ、ひひ」
小さいのが黄色い歯を剥き出しに舌舐めずりをする。
鞘付きの山刀を肩でとんとんとさせながら、いつでも抜けるんだぞと見せ付ける。
クライズの背後に隠れたエメが、ぎゅっと外套を握ってきた。
ただその手は震えていない——こいつらを怖がっているのではなく、クライズのことを案じてくれているのだ。
「冒険者か? 傭兵か? それとも……私兵か?」
クライズは男たちを一瞥しながら尋ねた。
「それがてめえに関係あんのか? ガキ」
大きいのが凄む。
「関係ないな、僕には」
「だったら黙ってその女を渡しゃいいんだ」
「……ただ、お前らのその後が変わるってだけだ」
「は? そりゃどういうこったよ」
男どもが怪訝な顔をした。
だから答えてやる。
「冒険者ならこれ以上はやめておけ。どのくらいの階梯かは知らないが、組合に知れたらただじゃ済まない。傭兵ならもっとやめておけ。下に恥をかかされた上がお前らにどんな罰を当てるかくらいは知ってるだろう。私兵なら……まあ、好きにしろ」
そもそも王国の法制上、奴隷とは所有物、個人財産である。そして個人財産を無断で、或いは強引に奪うのは強盗罪にあたる。彼らはそういう意味で、罪を犯しているのだ。
冒険者は根無し稼業だが、それでもギルドに所属している以上その行動には責任が伴う。
傭兵であれば兵団内の上下関係は絶対であり、面子を汚されれば下は簡単に切り捨てられる。
どこかの貴族の私兵であれば——これはわざわざ告げてやる必要はないが——雇い主の御里が知れるというものだ。
「……へえ」
クライズの態度が崩れないのに、男のひとりが片眉を上げた。
「随分と自信があるようで。それとも俺たちが誰なのか本当に知らねえのか?」
なるほど、つまりは後ろ盾があると。
「お、おい兄ちゃん! 悪いことは言わねえから大人しく従っとけ!」
と、男たちと睨み合っているクライズへ、声を投げかける者がいる。
騒ぎに足を止めた野次馬たちのひとりだ。青い顔をしながら——おそらくは親切心で。
「その人たちは貴族さまのお抱えだ! どんな綺麗でもたかが魔族の奴隷だろ?」
「なんだあ、ネタばらししちまったら面白くねえだろ。ガキが粋がってるのを見るのが楽しかったのによう」
三人組、細身の男が肩を竦めて野次馬を嘲笑する。
「ま、そういうわけだ。お前に逆らうって選択肢はねえ」
「それともまだ反抗するか? 腕尽くで叩きのめされた挙句、貴族さまに目をつけられたらどうなるかなあ」
「俺たちはどっちでもいいぜ? まあそのまま粋がり続けてくれた方が面白いけどなあ」
「……貴族の私兵、か」
男たちの言葉を無視してひとりごちた。想定していたもののうち、一番面倒くさいやつだ。
まあなんにしても、こちらのやることは変わらないが。
クライズは一歩前に出た。
そしてさりげない動作——まるで服の埃を払ってやるかのように、
「ん?」
まずは大きいの。腕をぽん、と叩く。
「なんだ?」
続いて細いの。胸に軽く触れる。
「あ?」
最後に小さいの。肩を小さく撫でる。
それぞれ接触と同時に『祝福』を発動。この程度、魔力翼を展開する必要もない。
すると直後、男たちが膝から崩れ落ちた。
「う、あ! ぐ……な、んだ」
「おええええっ! うええええええ」
「あ、ぐが、ぎいいい!」
その場に蹲り、或いは嘔吐し、そして苦悶し始める。
当然だ。彼らは今、唐突な悪寒、頭痛、吐き気、発熱、虚脱——そういった症状にまとめて襲われている。
彼らの発作がなんなのかに気付いたエメがはっとする。
「ご主人さま、これって……」
「ああ。普段きみにしてるのと逆のことをやった」
己の魔力を対象と同調させることに長けた『祝福』——『魔力同調』。
その真髄は同調させた先にある。同調させるということは、自分と一体化するということ。一体化するということは、つまり——自在にできるということ。
クライズは相手の体内魔力へと侵入し、めちゃくちゃに掻き回したのだ。
言ってみれば急性の停滞病である。ただ、発作の度合いはエメが患っていたものよりもずっと重いだろう。長年かかって少しずつ淀んでいくのとは違い、いきなり容赦なくぐちゃぐちゃになったのだ。特に魔術使いだった細身の男は魔力量が多かったから余計につらかろう。
「て、め。なにを、しや、がった……」
「まだ喋れるのか。そういえばお前は魔力量が一番少なかったな」
大柄な男が膝を折りながらこちらを見上げてきた。その苦悶の中に恐怖が混じっているのがわかる。
いらぬ反抗心を持たないよう、その恐怖を少し喚起させるか。
「死にはしないだろう。ただ、三日くらいは続くはずだ。ちなみにこれで……一週間に延びる」
「は? ぐ……あああ、うえええっ」
もう一度、ぽん、と触れ、魔力を同調させて攪拌させる。大柄な男は、細身の男に続いて嘔吐した。
「もう一回触ったら十日くらいにまた延びるけど、どうしようか? さっきは死にはしないと言ったが、十日も続いたら体力が保たなくなるとは思うよ」
わざと微笑みながら手を伸ばすと、
「や、やめ……来るな、来ないでくれっ!」
吐瀉物で襟を汚しながら後じさる。瞳は完全に恐怖に染まっていた。当然だろう——普通の神経なら、耐えられるはずがない。『死ぬ時に苦しむ』のとは違う。『苦しみながら死ぬ』のとも違う。『苦しみ続けた結果として死ぬ』のだ。
「まあ、脅しはこのくらいでいいか」
クライズは手を引っ込めた。
どうしようもない下衆どもだしエメに下品なことを言って侮辱したが、それでもいちいち殺していたらきりがない。問題は——こいつらを調子に乗らせた原因なのだと思う。
愚物であっても、気配や所作を見る限りはそれなりの腕っこきのようだった。もし冒険者や傭兵として活計を立てていたなら、こんな莫迦な行為には及ばなかっただろう。貴族の私兵となり後ろ盾を得て、横暴を通すことを覚えたばかりに、彼らはこうなった。
だから本当に見据えるべきは、その——。
「おや。うちの兵たちがなにか粗相をしたのですか?」
人混みの向こう側から。
有無を言わせぬほど尊大で、それでいて上っ面に気品を塗りたくった、そんな声がした。
「……っ!!」
張り詰めた緊張が場に満ち、群衆が一斉に割れる。平伏するとまではいかないが、それに近いほど頭を垂れていた。誰かが「伯爵さま……」と呟く。なるほどなかなかの爵位だ。
「ドーン、タスセナ、ロイ。あなたたち、どうしたのです? 屋台の飲み物に毒杯でも混ざっていたのですか?」
只人族の、三十代になるかならぬかというくらいの男だった。
きっちり着込んだ貴族服はいかにも豪奢で、富と地位を見せ付けるよう。日焼けした浅黒い肌は鍛錬によるものか、それとも雉狩りでも趣味にしているか。自慢げに蓄えた口髭と細い目が尊大さを助長する。脂肪を纏っていないすらりとした体系は、むしろ爵位の高さの現れだった——社交界でそれなりに洒落た立ち振る舞いができなければ、伯爵などやっていけない。
もっとも問題は——下々の者に対する態度がいかに横暴だろうと、社交界で問われることはないし、爵位の高さを落としたりはしない、ということだが。
「……それとも、そこの平民があなたたちになにかしましたか? このドルトデルタ=ズン=フーリエナの雇った私兵に?」
男は自慢げに姓名を名乗ると、その高い身長と目線から、クライズのことをまさに見下した。
「……なんだと」
クライズは思わず目を細める。
見下されたことに対してではない。男の名乗り——こいつが口にした、姓。
「フーリエナ、だって?」
「いかにも。いかに下賎な平民とて、耳にしたことがあるだろう? かの『七英雄』、悲しくも魔王討伐の旅で命を落とした『帰らざる聖騎士』……ジュリエ=キシュリ=フーリエナは、偉大なるフーリエナ家に連なる、我が従妹にあたる」
※※※
ドルトデルタ伯爵は、両手を広げながら大仰に、その誇り高き名を傲慢にまみれた声で告げる。
クライズの表情が緊迫したものに変わったのは、かつての友のことを思ってか、或いは背に庇った少女の気配が激しく動揺したことに気付いたからか。
「ドルトデルタ……伯爵」
小さく——昼前にグィネスが発した侏儒の言葉よりもとても小さく、エメが呟く。恐怖と、怯懦と、それから三年間にわたって繰り返されてきた虐待によって染み込んだ反射ともに。
「ん? そこの……平民、その背後にいる女奴隷。まさか貴様、エーミルではないか?」
かつて前の主人の元にいた時に使っていた偽名を呼ばれ、エメの喉が知らず「ひ」と鳴った。




