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魔王の娘、今は奴隷  作者:
第二章:『八人めの七英雄』クライズ
13/31

一:七英雄と暗殺者——五年前、出会いの日

二章開幕です。

本章からちょくちょく魔王討伐時の過去話が挟み込まれていきます。

 その少年の目は、(くら)く濁った泥水のようでありながら、夜闇(よやみ)に燃える篝火のようでもあった。



「僕も一緒に、魔王討伐の旅に連れていって欲しい」


『七英雄』たちの前で、彼は開口一番そう言った。

 魔王討伐の任を受けてから一週間。支度が整いようやく旅立とうとするその当日のことである。


「私からも頼みたい。決して邪魔には——いやむしろ、我々にとって大きな力になることを保証する」


 口添えをしたのは『七英雄』がひとり、『射手』ルルゥ=メイサイヤである。


 今や森の奥深くの隠れ里にごく少数が棲まうのみとされる夜妖精族(ダークエルフ)の女性。

 雨雲色の髪に浅黒い肌、菖蒲(あやめ)色の唇、鋭い視線にぴんと立った尖耳(とがりみみ)。その冷然さと毅然さの同居した表情はまったく大真面目で、ふざけているようにはとても見えない。


『七英雄』たち——ルルゥを除く六人の反応は、ふたつに割れた。

 即ち、(いなや)(よし)である。


「いや、それ……()()なの? 私たち、神託で選ばれて陛下の勅命で旅に出るわけよね。なのに、予定にもない面子を一緒に連れていくなんて……」


 真っ先に反対したのは『聖女』サータシャ=アリアシア。


 妖精族(エルフ)の少女で(よわい)は十八、成熟期寸前のややあどけない顔が、怒りとも苛立ちともつかないもので歪む。一方で長く伸びた耳は緩やかに垂れており、それはどこか意思の弱さ、迷いのようなものを連想させた。


「俺も賛成はできない。きみは……幾つだ? まだ子供に見える」


『勇者』ハイト=ホールデンがサータシャに続いた。


 只人族で十九の青年。白金色の髪は輝く陽光のようで、紺碧の両目は蒼天のよう。精悍さと清廉さの中に爽やかな風が吹く佇まいはまさしく『勇者』の号に相応しい。


 ちなみに『勇者』と『聖女』は城下町で育った幼馴染の関係にある。気質は違えど幼い頃からともに多くの時を過ごしてきた間柄ゆえか、ふたりの意見が食い違うことはないようだ——それぞれの理由はともかくとして。


 十三になる、と。

 少年の代わりに答えたのはルルゥだった。


 一同の気配が張り詰める。

 まだ子供だ——どの種族にとっても。


「十三だと? ふざけるな、ルルゥ殿」


 年齢を聞いて薬湯(やくとう)を飲んだような顔をしたその女性は、『聖騎士』ジュリエ=キシュリ=フーリエナ。


「私も賛成できない、理由はハイト殿と同じだ。……正直なところ、私はサータシャ殿でさえ若すぎると思っているくらいなのだ」


 二十二という年齢、貴族の生まれによる責任感が彼女に嫌悪を表明させた。

 凛とした面立ちを歪め、燃えるような赤毛が乱れるのにも構わずぐしゃりと己の頭を掴む。


「ボクも反対っちゃ反対かなあ。ま、男が増えるのは願い下げ、ってだけなんだけど」


 そう軽薄に肩をすくめたのが『吟遊詩人』ソライ=ゼイである。


 長く伸ばして後ろで括った焦茶髪(こげちゃがみ)、いかにも酒場で浮名を流していそうな甘い顔立ちに、飄々とした口調——それらと相まってまるでふざけたような理由だが、真意まではわからない。

 彼がほんの刹那だけ少年へ痛ましそうな一瞥を見せたことは、誰にも気付かれなかった。


 だが、少年の年齢を聞いてもなお、(さん)の立場を変えぬ者はいた。


「……儂は構わんぞ」


 それは『戦士』グィネス=ロロンゾロフ。


 侏儒族(ドワーフ)特有の、小柄でありながら筋肉質の身体でどっしりと腕組みし、たくわえた羊毛のごとき髭ごと、大きな頭を、うむ、と頷かせる。


「こいつは()()()()だ。目を見ればわかる。……ならば止めることなどできぬよ」


『儂と同じ』——彼の事情を知る一同ははっとした。

 つまり、復讐か。


 改めて彼らは少年の顔を見る。

 あどけなさや幼さは微塵もない。

 くすんだ銀髪はほとんど白髪に近く、老人か白子(アルビノ)を思わせ、ぼんやりとした気配と相まってどこか幽鬼のような印象があった。


 ただ、グィネスの指摘した目——矢傷を負って崖っぷちに追い詰められた魔獣でさえも怯えるような、その目。

 たかが十三の(わっぱ)が、宿していい眼光ではない。


 或いは、勇者でさえも気圧されたのかもしれない。

 ハイトは少年から背を向けると、後ろで一同を見守るように佇んでいた最後のひとりに問うた。


「……ヴ・トはどう思うんだい?」


『賢者』ヴ・ト。


 国王陛下の覚えめでたい宮廷魔術師筆頭であり、神託を降ろした張本人。

 そして魔族の手によって滅ぼされ尽くしてしまった種族——霊族(ニンフ)、最後の生き残り。


「そうだね」


 ヴ・トの言葉に全員が緊張を孕んだのは、宮廷魔術師という立場ばかりが理由ではない。


 ニンフは人類種の中で、最も神に近いと言われる種族である。

 性別はなく、寿命もなく、生殖すらしない。

 すべてを超越しているが故にその叡智は限りなく、あらゆる真実を見抜き、世界の(ことわり)を紐解く存在。発する言霊にすら魔力が宿るとさえ伝えられていた。


 そんなヴ・トの外見は、例外なく見目麗しい『七英雄』たちの中にあって更にひときわ特異だ。


 あまりに均整で作り物のような顔立ちは男性にも女性にも見える。

 薄青色の髪はざんばらでありながら、その形状自体が完成されたひとつの美術品のよう。

 穏やかに浮かんだ微笑みは、子供のようなあどけなさと大人のような老獪さを同時に感じさせる。


 神託を授けられた本人ということもあり、全員がヴ・ト——『それ』の存在に、重きを置いていた。

 一同を率いる立場の勇者ハイトであっても例外ではなく、賢者の言葉は決して無視できない。


 ()()——『賢者』ヴ・トは、六人の英雄たちへ順番に微笑みを向け、それから少年のことを、まるで深淵を覗き込むようにじっと見詰めた後、納得したように頷き、言った。


「いいと思う。一緒に来てもらおう」


「本当にいいのか? まだ十三の子を、こんな死出の旅に……」


 食い下がった勇者に、賢者は更に笑う。


「死ぬつもりはないし、死なせるつもりもないよ。この子も、きみたちもね」


 それで勇者は観念した。


「……っ、わかった。あなたがそう言うのならば。……みんなもいいか?」


 一同を見渡す。


『聖女』サータシャは納得いかないという顔をしていたが、それでもしぶしぶハイトに頷いた。

『聖騎士』ジュリエは覚悟を決めたように目を閉じ「ならば私は彼のことも護ろう」と盾を掲げた。

『吟遊詩人』ソライは軽薄な溜息とともに肩をすくめただけで、なにも言わない。

『戦士』グィネスは脇に立てかけてあった斧を担ぎ、にかりと笑んで返答とした。

『射手』ルルゥは「感謝する」と頭を下げ、そっと少年の背に手を()った。


 否やはなくなった。

 なにせ()()が神託を降ろしたからこそ、英雄たちはこうして集められたのだから。

『七英雄』でない者を同行させることが神託に添わぬというのならば、当の賢者が悪いと言うだろう。

 つまり賢者が悪いと言わないのであれば——。


 この少年は、必要なのだ、おそらくは。


「俺たちはきみを連れていく。きみは『七英雄』ではないけれど……それでもこれから、俺たちの仲間だ」


 勇者ハイトは一同を代表し、少年の前に立つ。

 そしていかにも勇者らしく片手を差し出すと、問うた。


「きみの名前は?」


「クライズ。クライズ=テレサ」


 少年は勇者の握手に応える。

 だがその目が宿す光、泥濘の上で渦巻く火炎は、勇者ではないどこか遠くを見据えているようだった。



 ※※※



 この三日後。

『七英雄』は、旅立って初めて魔族と遭遇する。

 少年クライズは同行者の資格を証明するように、そいつを単身で()()した。

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お手数ですが本作に関して、こちらの活動報告をお読みいただけたらと思います。
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