ゼシールとニル
前半はゼシール視点。
後半はニル視点。
どちらもただのヘタレ男。後悔しか無い人生を送ってしまうでしょう。
14歳を迎えると直ぐに閨教育が始まった。今日は実際に行為に及ぶそうだ。年上の慣れている女性とか。まぁ子どもを作ることも王家の仕事だし、仕方ないか。
そんな事を考えていた俺は、その娼館で俺に飲み物を出してくれた少女に一目惚れした。その少女が相手役じゃないと、俺は閨教育をしたくない、とも言った。そして俺は彼女と無事に行為に至った。そこから時々ある閨教育は、必ず彼女を指名して。そして俺は知る。彼女の境遇を。
彼女が話してくれた隣国の政争は耳にしていた。正直、聞いた時は罠に嵌った下位貴族を哀れに思ったものの、まぁ仕方ないだろう。で済ませていた。その仕方ないと俺に思われた被害者が、今、目の前にいた。ようやく国を動かす事が理解出来た。俺が間違えれば、彼女みたいな人間が山ほど生まれるのだ、と。
ミネルヴァ……俺が名付けた名前……は、陰りを見せずに笑っていた。そして俺は彼女の特殊魔法も知る。本当に亡くなった姉が蘇ったようだった。外見は。そして俺は、直ぐに彼女を城へ連れて帰った。父に直談判して手元に置けたけれど、彼女の特殊魔法を活かして、危ない事をさせている、と聞いた時は、それを止められない自分の力の無さを嘆いた。
今回は婚約破棄騒動らしい。女の方が悪いのに爵位が上という事で、理不尽な要求の末に婚約破棄をされるのは腸が煮え繰り返る思いだろう。仕方なくミネルヴァを貸した。分かっていたけれど、ミネルヴァが綺麗で悔しい。本当の姿じゃなくても隣に居る男は俺が良かった。俺だってエスコートしたい。着飾りたかった。
だから。ストレス抱えた俺は目一杯ミネルヴァに甘やかしてもらった。でももう、姉さんの姿に変身してくれない、と聞いて拗ねた。でも言っている事は解る。婚約者を愛していないけれど、尊重しているし、王太子妃に迎えたら、婚約者だけを見つめる事にする。その代わり。
国王を次代に引き継いだら、申し訳ないけど、婚約者と離婚してミネルヴァと共に自由を満喫しよう。その時に愛している、と言おう。だからそれまで、頑張れるように、本当の姿と名前を教えて欲しいんだ。そんな気持ちで言ったら、俺に名前を預けてくれる、とミネルヴァは……セシリアは言った。俺だけしか知らない彼女の名前。それは俺と彼女だけの秘密。
彼女も俺を愛してくれている、と思っていいだろうか。自惚れていいだろうか。
そう思いながら、婚約者と結婚して、やがて国王となるための戴冠式の日。ミネルヴァには必ず見るように言っておいた。護衛の姿か兵士の姿か。彼女は本当に別人になれるから、俺には彼女が分からないかもしれない。でも、自分の護衛くらい、顔と名前は一致させているから、護衛じゃない。兵士に姿を変えているのかもしれない。
そんな事を考えながら戴冠式を終えた俺は、いつもより顔色の悪い側近に首を傾げた。
「ニル。体調が悪いのか?」
「いや。……ミネルヴァから伝言を預かった」
「伝言?」
直接言いに来れば良いのに。戴冠式の感想だろうか。
「男性として愛していたかもしれない、と」
その一言で俺は悟った。
「ミネルヴァは何処だ!」
「先代国王陛下の元へ」
唇を噛んだニルに言われて、俺は絶望感に囚われた。よりにもよって。よりにもよって、今日、なのか。今まで目こぼしをしていたはずなのに。俺は直ぐに父の元へ駆けた。まだ彼女が生きている、と思っていたかった。
だが、遅かった。
彼女は眠るように逝ってしまっていた。
もう二度と俺を見てくれない。
もう二度と俺と話せない。
俺は父を詰った。
何故、何故だ、と。彼女は一生この国を出る事は無かった。
彼女は俺とこの国に囚われていたのに。
「だから、だ。お前がこの娘を唯の手駒だと思っていたなら生かしておいた。この娘がお前を仕えるべき主人だと思っていたなら生きていられた」
それは、俺が彼女を愛して、彼女が俺を愛さなければ良かったのだ、と言われているのと同じだった。
ああ、そうか。俺は今から、彼女が居ない世界で、彼女の「この国を良くしてね」という願いのためだけに生きていかねばならないのか、と打ち拉がれた。そして知る。配下も手駒も人として扱ってはいけないのだ、と。俺が唯一人間扱いして良いのは、王妃とまだ見ぬ子だけなのだ、と。
セシリア。俺は王妃と子を家族として愛していくが、女性として愛するのは君1人だ。俺の役目が終わったら必ず逝くから、待っていてくれ。
そして俺は、彼女が望んだ願いのために、国王になる。
***
俺が、ミネルヴァと殿下が名付けた少女に会ったのは、殿下が城に連れて来て直ぐのこと。
話を聞いて、こんな偶然が有るのか、と知る。俺はキーランスという名前を隠してニルとして、この国の王太子殿下に仕えていた。俺は隣国の出身だが、一族が起こした政争が嫌で堪らず、家族でこの国に来た。この国で一族が起こした政争の結果を知った。巻き込まれて罪を擦り付けられた貴族には済まない、と思ったものの、それだけだった。
一族の余波を被りたくなかった俺の家族は名前を変えていた。キーランスだった俺はニルに。そして騎士団に入った。実力主義の騎士団で揉まれ、俺はいつのまにか、王太子殿下の側近になっていた。そして、彼女に出会った。一族に擦り付けられた罪を被って処刑された男の娘。同情するべきなのか、謝罪するべきなのか。
何も思い浮かばないまま、日々が過ぎていく。老若男女を問わず、姿を変える彼女の特殊魔法は凄く、王家の手駒として分を弁えて行動していた。だからこそ、俺が自分をこんな目に遭わせた一族の人間だと知ったら、どう思うだろう? と罪悪感に苛まれた。
第二王子派の勢力を削いだり、王太子殿下派の勢力を削いだり、としている彼女の方針も分からないが、王家の命令なのは確かだ。そんなある日。第二王子派の人間の婚約破棄騒動に関わると知った。貴族令嬢として振る舞う彼女は、美しかった。
同時に、この生活こそ、彼女本来の生活だったのに、と思った。もう二度と手に入らない貴族令嬢の地位。それを俺の一族が奪った。だけど、彼女はあまりこだわっていないようで。その時に関わったアレイドという貴族令息に誘われても、全く見向きもしていなかった。
だが、困った事に、アレイドの方はミネルヴァに本気になったらしく、かなりしつこく彼女に言い寄っていた。と言っても、あの時の彼女は俺からの紹介なので、俺に彼女への連絡を毎日託して来た、というのが正しい。俺は1ヶ月近くそんな目に遭って、仕方なくミネルヴァに打ち明けた。
「あらま。そんな事になっていたのね。じゃあ食事だけ付き合うわ。それで終わりにするって事でどうかしら」
ミネルヴァの提案に俺は勢いよく頷いて、アレイドにも話した。アレイドとの食事会の日は、2人きりを望むアレイドに押されて、2人だけにした。だが、コッソリ様子は見ていた。そしたらあの男、既成事実を作ろうとしたのか、ミネルヴァを酔わせて自分の屋敷に連れて帰ろうとしていた。
ふざけんな!
当然、馬車に乗り込む前にミネルヴァを取り返した。後で一切近寄らせないようにする、と決めて、ミネルヴァをどうするか考える。ミネルヴァは、一応家持ちだが、残念ながら俺は彼女の家を知らない。仕方なく、俺の家に連れ帰った。
そこで俺は酔った彼女に翻弄される。何やら媚薬も口にさせられたのか、やけに艶っぽかった。だが、彼女は辛かったのだろう。俺を目にすると、俺に助けを求めて来た。結論から言えば、俺と彼女は一線を超えた。しかし、彼女は酔いから醒めた翌朝、覚えていなかった。俺だけの秘密だ。
彼女が俺を求めてくれた事が、あの夜だけでも嬉しかった。
彼女が俺を愛していないと知っていても。例え俺だけが彼女との一夜を覚えていても。
あの夜の事は墓場まで持って行くつもりだ。それでも俺は彼女を想った。殿下は、そのうち結婚して国王になられる。その後なら、もしかしたら俺を受け入れてくれるかもしれない。そんな甘い事を考えていた。俺の一族が彼女に何をしたのか、忘れて。
そして俺は、俺の罪を思い知らされる。
殿下が結婚して戴冠式を迎えた日。俺はミネルヴァに求婚した。その時、彼女は俺の本名を口にした。先代国王陛下から俺の素性を知らされた、と聞いて、俺は俺の甘い考えを思い知る。
そして、彼女が綺麗に微笑んだ。
ゼシール様しか知らなかった本当の姿を俺に見せて。
ゼシール様を愛していると伝えて欲しい、と。俺に結婚までも犠牲にするな、と。俺の事を好きだから、結婚くらい幸せになれ、と。
そうして俺は、先代国王陛下の元に向かう彼女を止められなかった。
命令だ、と言われれば、止められるわけが無い。
例え、先代国王陛下の元に向かえば、彼女が死ぬだろう、と解っていても。
解っていた。ゼシール様に伝言だ、と言ったから。自分では言えない状況になる、と。
解っていた。俺に見せる筈が無かった本当の姿を見せたから。俺とも二度と会えないのだ、と。
薄い紫色の瞳で綺麗に微笑まれた。その目は一生俺を捕らえたままだ。
ミネルヴァ。君が俺に望んでくれた最後の願いは叶えられそうに無い。
俺は本当に、君と結婚したかった。
先代国王陛下の命令じゃなくて。……そう言えば、君は俺の求婚を受け入れてくれただろうか。生きていてくれただろうか。
例えゼシール様を愛していても、君と結婚したかった。
その一言が言えなかった俺は、今日も後悔しながら生きていく。いつかこの生に終わりが来た時、君に会えたら、その時は言おう。俺はミネルヴァと幸せになりたかった、と。俺も君が好きだ、と。
これにて本作は完結です。
ニルは、ミネルヴァの本名は知りません。
ニルはミネルヴァを女性として好きですが、ミネルヴァは友達としての好き、的な。
ゼシールを男性としてミネルヴァは好きですが、多分、ゼシールに出会わなければ、ミネルヴァは逞しく娼館で生きていたでしょう。若しくは、娼館を辞めて違うところで。ゼシールと出会って良かったのか悪かったのか。
ゼシールは自分本位ですからね。何しろ国王の間は王妃を大事にするけど、王位を譲ったら離婚するつもりだったから。自分本位な男です。
思い浮かんだ話を書いていたら、ハッピーエンドじゃない話になりました。
ミネルヴァは潔い一生。
男2人はヘタレた一生。
この結末が納得いくかいかないか。それはともかく。この話はこれ以上、続けません。




