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5話 イレインの独白


ルキウスの新しい婚約者になったイレイン視点のお話です


 


 ――貴族の娘に生まれたから、自由な恋愛は無理だと諦めていた。


 フローラ王国の公爵の爵位を賜るブルーノ家の次女として生を受けたわたしは、長女である姉のスペアでしかなかった。ブルーノ公爵家は、代々女が当主になる変わった家柄だ。そして、女しかほぼ生まれない。数百年に一度男が生まれるものの、ブルーノ家で生まれた男児は災いを招く悪魔の生まれ変わりだと大昔から言い継がれてきた。ここ数十年は生まれてないと聞く。


 3歳から既に読み書きをマスターし、5歳で領地経営や経済について造形を学ぶお姉様に周囲の人々は期待を一心に注ぐ。お母様やお父様も同じ。対してわたしは、何の取り柄もない普通の娘だった。お姉様のような優秀な頭脳を持ってるわけでも、他者を魅了する美貌の持ち主でもない。頑張って勉強をしても、普通より少し出来が良い程度。お姉様のように、他者を圧倒的才能で落とせる頭も、誰をも魅了させる美貌もない。普通より少し良いだけの娘であり、妹。


 それがブルーノ公爵家の次女であるわたしイレイン。


 わたしに一切期待していないお母様やお父様には基本いない者扱いをされ、たった一人の姉妹である姉には出来損ないと常に罵倒される。屋敷の使用人達も最低限の関わりでしか、わたしと接触をしようとしない。


 同じ娘なのに、明確な扱いの差。何度訴えても、誰もわたしを心配してくれない、見ようともしてくれない。


 お姉様が領地経営や経済を学び始めた同じ5歳頃から、周囲には何も期待しなくなった。いてもいない者扱いされるのならもういい。わたしは誰にも期待しない。求めるものをくれないのなら、もう求めない。必要ない。


 7歳になった今年、話があるからと数年振りにお母様に呼ばれた。普段いない者を扱いしているくせに、用のある時にしか人を呼ばない母に嫌気が差していたわたしは応じなかった。7歳になって数えてみた。お母様がわたしに話し掛けた回数を。両手で数える程度しかない事実に驚きも悲しみもなかった。何も感じなかった。


 呼びに来た侍女の声を無視して、最近ハマっているある魔術の本を読んだ。出入り口の扉から何か言っている気がするが誰の声も聞きたくないわたしの耳には耳栓を入れてある。並大抵の声は入らない優れ物。魔術式を理解したら、次はどのような効果があるのかとページを変えた。ら。無理矢理本を取り上げられた。耳栓を外して顔を上げるといたのは侍女ではなく、わたしを呼んでいたお母様だった。


 普段は人を放置のくせに、用事のある時しか呼ばないお母様の用事に付き合う義理はない。嫌そうな顔をするお母様を睨み付け、本を奪い取った。


 わたしが反抗するとは思っていなかったのか、お母様の青い瞳が少し見開かれた。



「出来損ないのくせに私に楯突くのねえ」

「その出来損ないを産んだのはご自身であるという事をお忘れですか?欲張って二人も産むから失敗するのですよ」

「っ、今すぐにでもブルーノ公爵家から叩き出してあげても良いのよ!?」

「成人前の娘を勘当になどすれば、泥を被るのは()()の方ですわよ?」

「っ」



 悔しげに顔を歪めたお母様に構わず用件を訊いた。



「それで、わたしのような出来損ないに何のご用でしょう?奥様。普段はいても存在しない扱いしかしない奥様が態々足を運ぶなど何事でしょうか?」

「……侍女に呼びに行かせて、一向に来ないから自ら来てあげたのよ。イレイン、出来損ないの貴女にも漸く利用価値が生まれたわ。リグレット公爵家は知っているわね?」



 知らない者がいないと断言していい名家。社交界にあまり出ないわたしでさえ、名前くらいは耳に入ってる。



「国王陛下の勅命により、リグレット公爵家次男のルキウス様とイレイン、貴女の婚約が決まった」



 ……。



「は?」



 今、なんと言った?


 婚約?わたしが?あのリグレット公爵家の次男と?


 つい、素の間抜け声を出したわたしを咎めもせず、これは既に国が下した判断であること、顔合わせが明日あるとだけ告げるとお母様は部屋を出て行った。


 部屋を出る間際、衝撃が強くて呆然とするわたしをお母様がどんな表情で見つめたかなんて知る由がなかった。





 ○●○●○●

 ○●○●○●



 国王自ら下したわたしとルキウス様の婚約は、明らかに裏があった。


 噂にしか知らないけど、ルキウス様にはそれはそれは溺愛する婚約者がいると有名だった。名前は確かアステル=ヴォルシュテイン。王家の忠臣ヴォルシュテイン伯爵家の一人娘。一度も姿を見たことはないが、伯爵夫人譲りの金髪に青い瞳の、それはそれは可憐で愛らしい美少女なのだとか。


 リグレット公爵家とヴォルシュテイン伯爵家の婚約は正式なものだった筈。なのに、ルキウス様をわたしの婚約者にするなんて可笑しい。


 因みにお姉様にも婚約者はいる。将来、ブルーノ公爵家を継ぐお姉様は婿を取る必要があるので婿になっても問題のない侯爵家の次男が婿入りする予定である。


 リグレット公爵様とルキウス様がお見えになられると言われ、朝から侍女達に無理矢理着飾られた。あまりにも強引で鬱陶しいので何人かは氷漬けにした。


 応接室へ赴けば、こういう時にしか会わない両親がいた。



「イレイン。この婚約は、我がブルーノ公爵家にとって非常に大事なものとなる。呉々も、粗相のないように」

「ご忠告痛み入りますわ、()()()

「……」

「……早く座りなさい。もうじき、リグレット公爵達が来ます」

「分かりました。奥様(・・)

「……」



 いつから、わたしは二人をお母様お父様と呼ばなくなったのだろう。まあ、生まれた時から放置した娘に親扱いされるのが可笑しな話よ。子供だからって、言いなりになるような性格じゃないわ。


 2人が何か言いたげな顔をするものの、完璧な淑女の礼をして自分の席に座った。


 何とも言えない空気が漂う応接室で待つこと30分――。


 一向にリグレット公爵もルキウス様も現れない。



「どうしたんだろう?何かトラブルでも起きたのだろうか」

「それでも、連絡がないのは少々気になりますわ。ケイト、外の様子を見に行って」

「はい」



 お母様付きの侍女が主に命じられ応接室から出ていこうとした時。


 コンコンとノックが鳴った後扉が開かれた。


 現れたのは、先程からわたし達が待っていたリグレット公爵と何故かリグレット公爵に首根っこを掴まれているルキウス様だった。……リグレット公爵、所々焦げてない?ルキウス様も明らか膨れっ面だし。



「遅れてしまい申し訳ない。息子を連れて来るのに手こずってしまって……」

「いいえ。気にしていませんわ。道中、事故に遭われたのではないかと心配しておりましたの」



 正直に遅刻の理由を述べ謝罪するリグレット公爵に対し、遠回しに皮肉を込めた言い草のお母様に心の中でべえっと舌を出した。



「禿げちまえくそ親父」

「ルキウス!父親に向かってなんだその口は!」

「事実だよ、親父殿。おれは昨日あれだけ言ったのにね」

「決定を覆すのは簡単じゃない。況してや、決定を下したのは王本人だ。リグレット家が異議を唱えようと無駄だ。蟻の抗議を象が聞き入れると思うか」

「さあね。はあ。もういいや。とっとと初めてとっとと終わらせよう」



 リグレット公爵の拘束から逃れたルキウス様が床に着地。立ち上がって硬直するお母様とお父様に、とてもわたしと同い年と思えない魔性の微笑を浮かべられた。



「初めまして。ブルーノ公爵様、旦那様。ルキウス=ラル=リグレットです。本日はお会いできて光栄です」



 完璧な挨拶で一瞬にして両親を虜にしたルキウス様に戦慄する。彼わたしと同い年?誤魔化してない?呆気に取られつつ、わたしも挨拶しないと、と公爵令嬢として最上級のカーテシーを披露した。


 両親とリグレット公爵がある程度会話を交わした後、折角なら2人の方が話やすいという理由でルキウス様を庭へ案内するよう命じられる。他者がいる前では、良い子な娘を演じるわたしなので演技は完璧。応接室を出て、庭へ出た。カラフルな色が多い庭には沢山の花が植えられ、花を咲かせている。ある程度まで進むと足を止めた。ルキウス様へ振り向くと至極面倒臭そうな顏をして背後にいた。



「お気に召しては頂けなかったでしょうか?」

「いいや。綺麗だとは思うよ。乗り気じゃないだけ」

「ルキウス様には、別の婚約者がいたとお聞きしておりますが」

「いた、じゃない。いる、の間違いだ。勝手に決められた婚約だから、君に罪はないけどおれはこの婚約死ぬ程嫌だ」



 まあ、そうだろうと思う。正式な婚約者がいたのにも関わらず、理不尽にも婚約を解消された挙げ句、今度は別の令嬢と婚約を結べだなんて。わたしが男でも嫌だわ。


 しかし、婚約を破棄される訳にはいかないのだ。



「ルキウス様には」

「ねえ」

「はい?」



 人の台詞を途中で遮るだなんてマナーがなってない。



「胡散臭いよ、その喋り方」

「……」



 まさか、今日会っただけで見抜かれるなんて思わなかった。ただ、素の話し方で良いのか?同じ公爵家と言えど、相手は魔術の名家リグレット家。更に噂だが、次期当主は長男アルト様ではなく、目の前にいらっしゃる次男ルキウス様だと囁かれている。



「気にしなくていいよ。第三者がいたら猫被ればいいだけだし」

「……では、お言葉に甘えて。あんたには悪いけどわたしは婚約破棄される訳にはいかないの」

「あ、そう。でもおれは、その内アスティとバカ王子の婚約を無理矢理破棄させるつもりだよ」



 王族との婚約を?可能なのだろうか。リグレット公爵も仰有っていたが、王が下した決定を覆す事は並大抵では不可能。有り得ないだろうが、ある一つの未来の可能性をルキウス様に指摘したら、瞳だけで人を射殺可能な殺気を放たれた。


 ああ……この人は危険だ。きっと、アステル様が仮に王子を好きになってしまったら、二人を殺してしまうだろう。アステル様しか見えていないのだ。


 ただまあ、あの第一王子が他の令息と婚約関係にあった令嬢と王家の為に結ばれた婚約と言えど、絶対に嫌がるに違いない。プライドだけはチョモランマ級なのだから。



「そうだ。良いこと思い付いた。ねえ、君がおれと婚約破棄したくない理由は何となく察しがつくよ。けどさ、おれはアスティにしか興味がないしアスティ以外いらない。君の最終的な到着地点は何処にあるの?」

「……」



 今のわたしがルキウス様との婚約を破棄されると非常に拙い。問われた意味を理解し、朧気にしか纏めていない考えを説明した。ふむふむと相槌を打ち、話し終えると「なら、これが一番だ」と満面の笑みを浮かべられた。


 ルキウス様から提案された作戦。うん、別にいい。今更他人にどう思われようが知ったこっちゃない。



「良いでしょう。乗ります」

「うん。契約成立だ。ないと思うけど、もし契約を反故にするのなら……どうなるか分かってるよね?」

「……肝に銘じておきます」



 ……こんな人に大層好かれているアステル様がどの様な令嬢なのか、一目でいいから見てみたくなった。


 今日この日から、わたしとルキウス様の契約が始まった――。





読んでいただきありがとうございました!


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