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1話 私の婚約者は前世の旦那様


婚約者にひたすら溺愛される主人公のお話です。少しでも楽しんで頂けたら幸いです。


 

 

 ――困った、非常に困った。


 

「ああっ!おれの可愛いアスティ!愛してるよ!人間に生まれ変わっても可愛いままだなんてっ、早く大人になっておれの二度目の花嫁になってくれ!」

「あう……わ、分かってます、分かってますからルキウス、だからその」


 

 人払いを済ませたルキウスの私室。ベッドの上で一時間近く引っ付き虫なルキウスは何百回目かの愛してるを言い続ける。


 私はアステル=ヴォルシュテイン。フローラ王国で代々王の忠臣と呼ばれるヴォルシュテイン伯爵家の娘。さっきから私を猫可愛がりするのは、数多くの優秀な魔術師を輩出してきた魔術の名家リグレット公爵家次男ルキウス=ラル=リグレット。

 

 青みがかった癖のある黒髪、長い睫毛に縁取られた青と銀の珍しいコントラストの瞳。齢7歳にして、社交界の令嬢達を虜にしてしまう絶世の美貌のこの少年は、実を言いますと現世の婚約者であり、前世では旦那様でした。

 

 私とルキウスの前世は、遠い昔から存在する魔界という悪魔が住む別世界の住民でした。彼は高位魔族、私は極々普通の一般家庭の魔族でした。住む世界が違うルキウスが何をどうトチ狂って私を好きになったかは未だ明らかになっていない。

 


「アスティアスティ!早く大人になってよ!」

「無理よルキウス。それに私、まだ大人になりたくないの。まだ子供時代を楽しみたい」

「むう……アスティがそう言うなら待つよ。じゃあ、これくらいはさせて」


 

 そう言って顔を近付けたルキウスに応えるように目を閉じた。1秒も待たぬ間に唇に温かくて柔らかなものが当たった。

 

 まだ子供だから触れるだけのキス。前に舌まで入れようとしたから慌てて止めたのは記憶に新しい。

 

 今日も子供……らしい?キスをする。

 

 唇から温かみが消えると目を開けた。不満満載な顔をしたルキウスの顔がそこにあった。


 

「キスくらい好きにしたいよ」

「うぅ、まだ駄目。恥ずかしいもん」

「悪魔の時は毎日してたじゃないか」

「今は子供だもんっ」

「大人でも恥ずかしがってアスティからしてくれたの数回しかないよ」

「ううっ」

 


 大人でも恥ずかしいのに子供になったらもっと恥ずかしく感じる。顔に体温が集まってとても熱い。「真っ赤だね」と意地悪く笑むルキウスにそっぽを向いた。ふんっ、知らない。


 

「アスティこっち向いて」

「いや」

「アスティ」

「いーや」

「……無理矢理オトナにしてやろうか?」

「っ!!」


 

 人間に転生したと言えど元は魔族。現世は魔術の名家に生まれ、その名に恥じない魔術師になりつつあるルキウスが本気になれば、平々凡々な力しか持たない私を無理矢理大人にする事も容易だ。……で、大人にされて待ち受けているのはルキウスからの重ーい愛情表現。ハイライトが消えた青と銀の珍しいコントラストの瞳に微かな含まれた苛立ちと底冷えする無機質な声に恐怖から身震いを起こした。こうやって少し冷たくしたらルキウスの危ないスイッチがONにされてしまう。

 


「る、ルキウスがからかうからでしょ!」

「アスティが可愛いのがいけない。おれのせいじゃないよ。ほら、こっち向いて」

「ん……」


 

 前世で、お茶目で嫌いと言った時には大変だった。嘘と謝っても1年は許してもらえず、その間ずっと屋敷どころか部屋からも出られなくて毎日ルキウスに愛を囁かれて、ルキウスから愛を貰えないと死んじゃいそうな行為が続いた。

 

 またキスをされる。今度はルキウスの好きにさせた。現世でまたお茶目でルキウスを拒絶したらどうなるのか。ふと、破滅一直線の嘘が頭を過ぎるもまだ自由でいたいから止めておく。


 

「ああ……可愛い……可愛いよ……今日も泊まっていくよね?」

「昨日も帰ってな」

「泊まるよね?」

「はい……」


 

 迫力溢れる満面の黒い笑みに勝てる筈もなくて頷くしかない。いい子、いい子と頭を撫でられ、お泊り生活も明日で7日目――1週間を迎える事となる。また公爵様に迷惑が……。


 

「迷惑だなんて思わなくて良いよ。アスティがいる分、おれが真面目にしたらあの親父は喜ぶんだから」


 

 若干7歳にして、リグレット家始まって以来の天才魔術師と謳われ、既に父リグレット公爵の手伝いをしている。今生のルキウスには、兄が一人と姉が一人いる。二人とも、名家の名に恥じない優秀な魔術師なのだがルキウスと比べると天と地の差がある。普通、出来の良すぎる弟の存在は兄や姉からしたら目障りなものに思われがちだが、この家に限ってはそれがない。既に次期当主の確率が一番高いルキウスがいるならリグレット家も安泰だとお二人はやりたい事を好き放題している。

 

 勿論、公爵家という最高位の貴族なので節度ある行動をとリグレット公爵にきつくお説教されていたのを何度か見た。

 

 また、家族仲も決して悪くない。

 


「今日の夕飯は何がいい?料理人に作らせるよ」

「いつも私の好物ばかりだとリグレット公爵様達に申し訳がないわ」

「気にしなくていいよ。アスティの好みに合わせるのが一番大切なんだから」


 

 駄目だ、私しか見ていないルキウスに他の人の都合を考えるという頭がない。誰よりも私を愛してくれるルキウスは勿論大好きだ。が、時折その愛情の重さに戦慄する。

 

 ……ルキウスが優秀過ぎるのは、絶対に前世の魔族時代と何か関係がある。魔界を支配する魔王の補佐を務めていた程優秀だったもの。私は家庭は勿論、魔力も能力も何もかも平々凡々だった。



「じゃあ……アクアパッツァが食べたい」

「いいよ。使い魔を飛ばしておくね」

「そろそろ部屋を出た方が良いのでは……」

「おれとアスティの貴重な時間が無くなる。――はい、飛ばした」



 私を抱き締めながら片手で使い魔を召喚したルキウスが遠隔操作で扉を開け、放たれた使い魔はそこから部屋を出て行った。



「待っている間キスしていい?」

「さっきもしたじゃない」

「足りないよ。あぁ、やっぱりオトナにしていい?そうしたら」

「だーめ!幾らルキウスでも怒りますわよ!」

「分かったよ」



 むすっと頬を膨らませるだけでも十分可愛いこの美少年。大好きな私の婚約者にして、前世の旦那様。私と彼が人間に転生したのは、二人共死んでしまった、からじゃない。結婚して1000年経った辺りで悪魔としての生活が暇になったとか急に言い出し、二人で人間に転生しようと私の意見も聞かず転生魔術を発動した。二人揃って人間に転生しても会えるかどうか、そもそも異性として会えるかも不明なのに、私の意見はやっぱり聞いてくれず、気付くと意識を手放していた。次に意識を取り戻すと私はヴォルシュテイン伯爵家初の子供として生を受けた。


 前世の記憶を所持したまま、おしめを変えられるのが一番恥ずかしかった。恥ずかしい体験を何度も潜り抜け、漸く5歳の誕生日を迎えた頃に――ルキウスと再会した。


 勝手に人を巻き込んで転生したルキウスと何処で会えるか不安で仕方なかった私の目の前に突然現れた愛しい人。当たり前な話ルキウスにも前世の記憶はあった。無かったら逆にビックリだけど……。人間として再会したルキウスの容姿に息を呑んだのは記憶に新しい。魔族だった頃の容姿は、赤みがかった銀髪に妖しい色をした紫水晶の瞳の美青年。魔族だった姿も綺麗だけど人間になった姿も十分美しい。



「ルキウスは私と初めて会った時のこと覚えてる?」

「それは悪魔?それとも人間?」

「人間の方」

「当たり前じゃないか。おれがどれだけ探したと思ってるの?」

「ルキウスなら、必ず迎えに来てくれると信じてた」

「それこそ当たり前だよ。おれはアスティ以外の女はいらない。アスティ、おれの可愛いアスティ」



 ああ……溺愛スイッチが入ると直ぐにこれだ。永遠に愛を囁かれる。人間の体になってもう染み込んでしまって、私もルキウス以外の男の人はいらない。


 夕食の準備が出来たと再度使い魔が戻るまで永遠に愛を囁き続けたルキウスに酔いしれていた……。




 ◆◇◆◇◆◇

 ◆◇◆◇◆◇

 

 リグレット公爵家―執務室―



「はあ~~~」



 人生で一番溜め息を執務テーブルに向かって吐いた男性。名をルーファス=ルル=リグレット。リグレット公爵家当主にして、ルキウスの今生の父親である。白銀の髪に青と銀の珍しいコントラストの瞳の歳を感じさせない若々しい姿を保つ。優秀な魔術師は、魔術で肉体の老化の進行を遅らせる事が出来る。ルーファスの肉体年齢は25歳の時から止まっている。非常に見目が整ったルーファスは、何故か年相応と言われても可笑しくないくらい老けて見える。



「旦那様……お気を確かに」

「分かってる。分かっているとも。はあ……」

「また吐いてますよ」

「吐きたくもなる」



 心中お察ししますと心からルーファスに同情する老年の男性は、先代リグレット公爵から仕えているベテラン執事のシュナイダー。溜め息をすれば幸せが逃げると昔から云われているが実際逃げているのだから吐くしかない。執務テーブルの上には、1枚の書類が置かれている。ルーファスの悩みの種はこの書類のせいである。



「ベルトランに何と……いや、ベルトラン以前にルキウスをどうにかしなければ」

「陛下がベルトラン様ではなく、旦那様にこの書類を真っ先に見せた理由も理解出来ます」

「ああ。はあ……ルキウスをどう説得するかだ。これを知ればアステル嬢命の馬鹿息子のことだ、何をしでかすか分かったものじゃない」

「左様で御座いますな。しかし……旦那様でも、王命に背く訳には……」

「解っている。解っている……んだが……はあ……」

「旦那様……」



 今の溜め息だけで軽く10回以上吐いている。それだけ、1枚の書類に書かれているあることにルーファスの幸せは急速なスピードで吸われていく。


 王の直筆により書かれている内容はこうだ。


 フローラ王国第一王子クラウディオ=シロン=フローラとアステル=ヴォルシュテインの婚約が正式に結ばれたとある。王国の忠臣であるヴォルシュテイン伯爵家の令嬢と国の王子を結婚させ、両家の信頼をより強固にするのが目的。クラウディオもアステルやルキウスと同じく年齢は7歳。歳の差はない。だが、問題はそこではない。ルキウスがアステルを見つけ、婚約者にしろと2年前ルーファスに頼んだ(脅した)際彼はこう言った。



『親父殿。アスティとの婚約を認めてくれるなら、おれは親父殿の頼みを何だって聞くよ』



 宣言した通り、二人の婚約を結ぶとルキウスは忠実にルーファスの仕事を手伝ってくれた。リグレット公爵家始まって以来の天才魔術師の力は多大なる物だった。お陰でルーファスの仕事の3割はルーファスの働き振りにより少なくなった。時間も取れて家族とコミュニケーションが取れて毎日が幸せだった。


 のに。



「これだ……」

「旦那様……」

「王にはあれ程、アステル嬢を王子の婚約者にしてはいけないと忠告したのに!でなければ、家のルキウス(悪魔)が激怒して大暴れするぞ……!!」

「困りましたな」

「全くだ!シュナイダー!急いでベルトランへ使い魔を送れ!」

「御意に」



 静かに頭を垂れ、部屋を出て行ったシュナイダー。残ったルーファスは、最早幸せと一緒に生気すら吐き出す勢いで何度目かの溜め息を吐いたのだった。



 ――一方、その頃。お泊まり一週間目を迎えたアステルはベッドの上で眠そうにルキウスの肩に頭を乗せた。



「眠い?」

「うん……寝てもいい?」

「え~遊び足りない」

「寝たいぃ」

「分かったよ。ちょっと早いけど寝ようか」

「ルキウスは起きてて良いのよ?」

「おれを置いて寝ないでよ。アスティが寝るならおれも寝る。アスティが起きてないと退屈だもん」



 アステルの体を優しく寝台の上に寝かせ、自分も隣で横になるとアステルを抱き寄せた。人間として再会した時からこうして毎日一緒に寝ている。アステルがリグレット公爵邸に遊びに来る以外は、基本ルキウスが夜泊まりに来る。ヴォルシュテイン伯爵邸とリグレット公爵邸は、馬車を使って30分で着く距離がある。空間魔術を既に使い熟しているルキウスにしたら、何でもない距離である。誰も注意しないのは二人は婚約者でルキウスのアステルに対する愛情が常に暴走一歩手前だから。もし、何かの拍子に一歩踏み間違えれば何が起きるか誰にも予測出来ない。アステルにも。



「うん?アスティ薔薇の香りがする」

「んん?うん……入浴剤がね、薔薇だったの。ルキウスも入ったでしょ?」

「おれは違うお風呂に入ったからね。ちぇ、一緒に入れば良かった」

「お風呂くらい、一人でゆっくり入りたいの。ルキウスだって一人でゆっくりしたい時くらいあるでしょ?」

「ない。アスティといたい。四六時中アスティに引っ付いてたい!」

「すー……すー……」

「あれ?人に聞いておいて寝ちゃったの?ねえ、アスティ。アスティってば!」

「すー……すー……」

「ほんとに寝てる……」



 話を振るなら最後まで起きててよと愚痴りつつも、アステルの寝顔を眺める。


 神秘的なまでに輝く金色の毛先が緩やかにウェーブのかかった髪に本物のサフィアにも負けない深い色を持つ青い瞳。


 人間に転生して早7年。初めはアステルに会えなくて毎日が地獄だった。自分が無理矢理強行したとは言え、アステルに会いたくて会いたくて堪らなくて、前世から引き継いだ知識と魔力と魔術をフル活用してアステルを探し出した。幸いにしてリグレット家は公爵。望めば、伯爵家の娘であるアステルを無理矢理婚約者にするのだって容易い。向こうにだって利はあるのだし。再会して僅か2週間でアステルと婚約関係を結んだ。



「逃がさないよアスティ。おれの可愛い可愛いアスティ」



 ――早く大人になろう。大人になって、また肌を重ねよう。アスティの中は、とても熱くて気持ちが良いんだ


 キスもいいが、ただ触れるだけのキスにはそろそろ我慢が利かなくなってきた。が、それ以上をするとアステルが口を利いてくれないので我慢するしかないルキウスは、健やかな寝息を立てて眠るアステルの額にキスを落として眠った。



 翌日、リグレット公爵家にルキウスの怒りが落ちるとは……


 二人の人間だけが知っている。





読んでいただきありがとうございました!

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