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愛されて守られて……

「菜須さん、今日は小林さんお部屋から出てないの? 談話室にもいなかったし」

「へっ?」


 ナースステーションの中で、先輩看護師さんから言われて、今朝の巡回記録を整理していたよつ葉は、正直慌てた。


 朝の巡回で検温したときも、お昼ご飯の時にも特段に変わった様子は見られなかったから。


 てっきり、いつもどおりに談話室のいつもの場所で舞花さんを相手にお話しでもしているのかなと思った。


 急いで看護記録をまとめあげて、巡回に出る。


 念のためパパの病室を覗いてみると、確かに誰もいない。


 お部屋を閉めて、いつもいる談話室にも足を向けてみたけれど、そこに姿もなかった。


 じゃぁ、個室や談話室じゃなくて、同じ入院仲間として仲良くなった舞花さんのところ?


 舞花さんは4人部屋だから、来客も多いし……。


「あら、よつ葉ちゃん、どうしたの? 検温は今朝やったわよ?」


「はい。そうでしたよね……」


「どうしたの? 顔色よくないわよ?」

「い、いえ。大丈夫です。失礼しました!」


 挨拶もそこそこに、また廊下に出て、普段はあまり使う人のない階段を下りていく。いまは誰にも悟られたくない。このよつ葉の胸のうち。




 パパが行きそうなところ……。


 1階にある銀行と郵便局のATM。その先にある売店にも足を伸ばした。


 理容室も覗いてみる。やっぱりいない。


 途中の書店もいない。そもそもパパは欲しい本があると、よつ葉にお願いをしてくることが多い。ポイントカードに貯まるのだからと、お釣りをわざと作って依頼してくるのだから、ここでもない……。


 どうしたんだろう……。パパがいない……。


 確かに、パパの症状は大分回復していて、何度か外出や外泊の訓練もしている。


 でも、そこにはいつもよつ葉が同行するというのが、いつの間にか病棟でも暗黙の了解になっていた。

 それこそ談話室以外に出るときは、パパは必ずよつ葉に一言くれていたのに……。


 もう、押し潰されそうな不安と寂しさから、涙がこぼれそうになって立ち止まる。


 ダメよつ葉。今は病院の中で、白衣を着ているのだから。

 看護学部の大学生になって、実習服を着たときから、これを着ているときは絶対に泣かないって決めていたのに。それなのに、今は本物の白衣だよ。胸に実習用じゃない本物の名札もついてるんだよ。絶対に泣いちゃダメ!!


 まばたきを繰り返して、なんとか涙をこぼさずに堪えた。


 客観的な状況としては、入院している患者さんの行方が分からないというもの。

 ここまで院内を探してもいないということになると、報告をしなければと思った。


 ポケットにいつも入れている院内PHSを取り出して、電話をかける。


『はい、河西です』


 河西看護師長の声を聞いて、ほっとするのと同時に、またよつ葉の中でこみ上げてしまう。


「河西看護師長、菜須です。あの、小林さんの行方が分からなくて……。病院の中はみんな探したんですけど、まだ見つかっていません……」


『あぁ……、小林さん? ちょっと待ってね」


 河西看護師長は席を動いたようで、こう小声で続けてくれた。


『菜須さん、落ち着いて。お父さまね、ちゃんと私に外出を申請していったわ。そうね、中庭あたりを捜してごらんなさい? 敷地の外にはでないって約束になってるから』


「看護師長……。ありがとうございます! 捜しに行ってきます」


『少し甘えてらっしゃい。ねっ?』


 河西看護師長は、よつ葉とパパの関係をきちんと知ってくれている。相談するにはこの人以外にいない。


 中庭なら通用口から抜けた方が早い。

 本当なら走りだしたい気持ちを懸命に押さえた大股歩きで病院内を移動した。


 そうか、病院のなかにいると、半袖の白衣では季節の移り変わりに気がつかないけれど、パパたち患者さんだって、外の空気を吸いたいこともあるよね。


 河西看護師長に言われたとおり、中庭に出てみた。


「いたぁ……」


 探し求めていた姿をベンチにいるのを見つけて、今度は安堵で涙腺が緩くなったのと、足の力が抜けてしまうのがわかった。


「小林さん、探しましたよ。心配しました」


 なんとか、そのベンチにたどり着いて、一応ちょっと怒ったように言ってみるけれど、パパはきっと分かってるよね。


「ごめんなよつ葉、勝手に出てしまって」


 仕方ない。こうやって外に出ることもパパの退院に向けた練習なんだもの。それに気づいていなかったよつ葉の方が早とちりだったんだから。


「もぉ、心配したんだから……」


 隣に座って、大きな手を握る。

 これだけでも、よつ葉の気持ちは伝わるって、いつもパパは言ってくれる。


「すっかり新緑だな。よつ葉が就職した先月はまだだった」

「うん」


 そうだよ。入職した当日、まだここの芝生は茶色くて、寒い中の新人研修への通勤だったことを思い出す。


「よつ葉も夢を叶えたし、あとは俺だけだ……」


 そう言いながらも、パパの視線は下を見ている。どうしたの?


 そのとき、パパの声が変わった。

「あった」

「へっ?」


 えっ? なに? なにか落とし物でもして探していたってこと? それなら最初から教えてもらえれば一緒に探したのに。


 パパが屈んで、何かをそっとつまみ上げた。


「なかなか見つからないだろう? これだけクローバーがあっても、埋もれてしまって、なかなかこいつだけを見つけ出すのは大変だ」


 パパはそう言いながら、四葉のクローバーを渡してくれた。


「パパ……」

「四葉が出来るのには諸説ある。遺伝的なものだという説もあれば、若葉の時に傷がついてしまって、それが修復されていくうちに葉が四つになるとか」

「うん……」


 パパの言いたいことが心に染み込んでくる。


 よつ葉のこれまでの人生、決して順調だったわけじゃない。

 何度も泣きながら、それでも誰かの役に立ちたいと看護師を目指した。

 夢を諦められなくて、実家すらをも飛び出した。


 毎日の実習で、一時はなぜこんなふうに体をボロボロにしてまで目指すのか、疑問に感じることもあった。


 母親の反対も押しきって飛び出した手前、戻ることはできなかった。

 そんな不安定な実習の日々を送っていたある日、思いがけないことが起きた。


 よつ葉のことを一番に理解してくれる存在(パパ)邂逅(かいこう)した。

 本当なら一度は切れてしまった絆なのに、身分を看護師長や担当医にまで明かして、実技実習のための練習台になってくれた。


 試験前のプレッシャーで押し潰されそうになっていたよつ葉の心を最後の最後まで守って暖め続けてくれた。


「よつ葉、四葉のクローバーの花言葉は幸運。幸せを運んでくれる、そんな子になって欲しいと俺が名付けた」


「パパ…ありがとう……」


 小学校の頃に聞いたことがある。なぜ名前がよつ葉なのかと。パパが生まれてくるのが女の子だと知り、自分で決めて譲らなかったんだって。

 その頃から、パパはよつ葉がこの道を選ぶのを予感していたのかもしれない。


 傷ついても、夢を諦めない。

 目立たないかもしれないけど、誰かを幸せな気持ちにできる存在になりたいと決意するよつ葉のことを、パパは見抜いていたのだと。


「大事にするね」

「そこまでのものか?」

「もちろんだよ!」


 貰った緑色の四葉をティッシュの上に形がわかるように広げて手帳に挟んだ。


 押葉にして栞を作ろう。


 パパの願いとずっと一緒にいられますように……。


 それが素敵な名前をくれたパパへ、よつ葉からのお返事なのだから……。

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