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トナカイのエルン 前編

「エルン、エルンや。ごほっ、ごほっ」

 ミスターサンタは苦しそうに、トナカイのエルンをよびました。

「ミスター、どうしたのですか?」

 トナカイのエルンは、からだを左右にゆすってせなかの雪をはらいのけながら、ミスターサンタのねているベッドのところにやってきて、たずねました。

「どうやらわたしは、かぜをひいたみたいでね。ごほっ、ごほっ」

「ミスター、だいじょうぶですか? どこか痛いのですか? それとも苦しいのですか?」

 エルンは心配そうにミスターサンタをのぞきこみ、じまんの鼻をひくっと動かしました。

「どこも痛くはないけれど、ごほっ、ごほっ。息が苦しくて、熱があるみたいなんだ。ざんねんだが、今夜のしごとは、できそうにないよ、ごほっ、ごほっ」

 ミスターサンタは、まっ白なりっぱなひげを、毛布の中に半分かくしながら、そう言いました。

「それはたいへんです。どうしよう、どうしよう。あしたはクリスマスなのに。森じゅうの動物たちも、村のこどもたちも、みんな、あしたを楽しみにまっているのに。ミスターが行かなければ、プレゼントはどうなるのですか? 朝おきたら、からっぽのくつしたがぶらさがったままだなんて、かわいそうじゃないですか」

 エルンは、今にも泣きだしそうです。

 まっかな鼻をますますまっかにして、とうとうがまんができなくなったのか、大つぶのなみだをぽとんと石のゆかにおとしました。


 なみだはころころころと、だんろのところまでころがってゆきました。ぽとん、ぽとんとおちてはころがり、またおちてはころがり。

 そして、そのなみだのつぶは、大きなひとつのボールのようなかたまりになって、だんろのほのおに向かってとびこみました。おやおや、火がきえてしまったようです。

 エルンは大あわてで火をおこしました。かべぎわにつんであるまきをくべて、どんどんもやします。

「ミスター、ごめんなさい。ぼくが火をけしてしまったから、へやの中がさむくなってしまいました。まさかぼくのなみだのせいできえてしまうなんて、思ってなかったからです。ほんとうに、ごめんなさい。ごめんなさい……」

 エルンはミスターサンタになんども謝りました。でも、ミスターサンタはなにもいいませんでした。

 ねむっているようです。ときどき、苦しそうなか顔をしながらも、まぶたをしっかりと閉じていました。

「そうだ!」

 エルンは、なにかを思いだしたようにすくっとかおを上げ、まばたきを3かいすると、パンと手を1かいたたきました。

「ミスター、ちょっと行ってきます。しばらくそのままで、待っていてくださいね」

 ねむっているミスターサンタにそっと声をかけました。

 外は朝からずっと雪がふり続いています。トナカイのエルンはぶるぶるっと鼻をふるわせ、まっ白な雪の道をまっすぐに歩いて、夕ぐれのせまる森の中にきえてゆきました。




 エルンは、もみの木がいっぱいはえている森の中を歩いていました。

 その間も、雪は降り続いています。形のいいツノにもせなかにも、どんどん雪がつもっていきます。

「手も足もつめたいなあ。でも、ミスターはもっと苦しいんだ。これくらいがまんしないといけないよね。そろそろくまのベアールの家が見えてくるはずなんだけど……」

 エルンはまつ毛にのった雪をふるい落とし、あたりを、きょろきょろと見回(みまわ)しました。

 すると、森の中でもひときわ大きな家が木と木の間に見えてきました。あそこにちがいありません。

 エルンは、まどから明かりがもれている大きな家に向かって、走り出しました。


 家の前にやってくると、トントントンと、がんじょうそうなドアをたたきました。

 へんじがありません。

 エルンはもういちど、トントントントンとドアをたたきました。

 のっしのっしのっしと、家の中から重たい足音が聞こえてきます。まどもみしみしふるえています。

 その時、エルンの頭の上の木から、雪がドサっとおちてきました。

 でも、そんなことなど、まったく気になりませんでした。

「あっ、ベアールだ」

 エルンは、それがベアールが起きてきた合図だと、すぐにわかりました。ドアがぎいっとあいて、中からベアールがのっそりと顔をのぞかせました。

「誰だい? こんなに寒い日にやってくるのは。ふわあーお」

 ベアールが眠そうな目をこすりながら、大きなあくびをしました。

「ぼくです。トナカイのエルンです。ねむっているところを起こしてしまってごめんなさい。お願いがあって、やってきました」

 エルンは頭の上にどっさりと雪をのせたまま、ベアールをまっすぐに見て言いました。

「それならしかたないね。さあ、寒いから中に入って。そうそう、頭の上の雪も忘れずに落としてくれよ。さ〜て、いったい、何があったんだい、ふわあーお」

 ベアールは木のいすにすわって、また大きなあくびをしました。

 エルンもとなりのいすにすわり、べアールがねむってしまわないように、大きな声で、ミスターサンタのことを話し始めました。

「大変なんです。ミスターが、かぜをひいたので、今夜の仕事ができなくなってしまったんです。べアール、お願いです。どうしたらいいか、いっしょに考えてください」

 ベアールはびっくりして目をまんまるに開き、ぎしっと床の音をきしませながら、立ち上がりました。

「なんだって! それはたいへんだ。子どもたちにプレゼントがとどけられないじゃないか!」

 もうベアールは、あくびなんかしていません。エルンもいっしょに立ち上がって、うんとうなずきました。

「よし! いいことを思いついたぞ。ちょっと待っててくれるかい?」

 べアールは、部屋中をぐるぐると歩き回り、何かをさがしています。

 そして、指をパチンとならし、あそこだと言うと、台所のたなに手をのばして、つぼを取り出しました。

「このハチミツをあげるよ。ミスターに食べさせてあげるといい」

「ありがとう、ベアール。これを食べるといいんだね?」

「そうだ。栄養たっぷりだから、きっと元気になるよ」

 ベアールにもらったハチミツをかかえて、エルンは外に出ました。

「ベアール、どうもありがとう。それじゃあ、またね」

 エルンはベアールに手をふりました。ベアールもまた大きなあくびをしながら、手をふっています。

 エルンは、まっ白な雪の道を森のおくに向かって、どんどん歩いて行きます。

 そして、雪の降り続く森の中に、きえてゆきました。




 エルンは、べアールにもらったつぼを雪から守るように抱えながら、森の中を歩いていました。

 雪はまだ止みそうにありません。頭にのった雪をいくらはらい落としても、またすぐにつもってしまいます。

 それでもエルンは、からだじゅうが冷たくて寒いのをこらえて、歩き続けました。

「どんどん寒くなってくるよ。でも、ミスターはもっと苦しいんだ。これくらいがまんしないといけないよね。そろそろやぎのメアリーの家が見えてくるはずなんだけど……」

 エルンは寒さでじんじんする足を、雪の上でくしゅっとふみならし、あたりを、きょろきょろと見回しました。

 すると、白い屋根のかわいい家が、木と木の間に見えてきました。あそこにちがいありません。 

 エルンは、えんとつからけむりがもくもくと出ているかわいい家に向かって、走り出しました。


 家の前にやってくると、トントントンと、まるい形の木のドアをたたきました。

 へんじがありません。

 エルンはもういちど、トントントントンとドアをたたきました。

 とことこ、とことこっと、家の中から小さな足音がいくつも聞こえてきます。まどから誰かが顔を出してこちらを見ているようです。

 エルンはその子に向かってにっこり笑いかけました。するとその子はびっくりしたような顔をして、すぐに首をひっこめてしまいました。

 しばらくしてドアがぎいっとあいて、中からメアリーと、3匹の子やぎがひょこっと顔をのぞかせました。

「誰なの? こんなに寒い日にやってくるのは。ぶるぶる」

 メアリーが、寒そうに、からだをぶるぶるとふるわせました。子どもたちも同じようにぶるぶるとふるえています。

「ぼくです。トナカイのエルンです。びっくりさせてごめんなさい。お願いがあって、やってきました」

 エルンは頭の上にどっさりと雪をのせたまま、メアリーをまっすぐに見て言いました。

「それならしかたないわね。さあ、寒いから中に入ってちょうだい。そうそう、頭の上の雪も忘れずに落としてね。さ〜て、いったい、何があったの、ぶるぶる」

 メアリーは子どもたちといっしょに干草の上にすわって、またぶるぶるとふるえました。

 エルンもとなりにすわり、メアリーと子どもたちに、ミスターサンタのことを話し始めました。

「大変なんです。ミスターが、かぜをひいたので、今夜の仕事ができなくなってしまったんです。メアリー、お願いです。どうしたらいいか、いっしょに考えてください」

 メアリーはびっくりして目をぱちくりとさせ、がさがさっと干草をかきわけて、立ち上がりました。

「なんですって! それは大変だわ。子どもたちにプレゼントがとどけられないじゃないの!」

 メアリーの子どもたちまで、いっしょに目をぱちくりとさせています。

 エルンもいっしょに立ち上がって、うんとうなずきました。

「そうだわ! いいことを思いついた。ちょっと待っててくれるかしら?」

 メアリーは台所のたるから何かをくんで、ビンにつめました。それはまっ白な水のようなものでした。

「このミルクをあげるわ。ミスターに飲ませてあげてね」

「ありがとう、メアリー。これをのむといいんですね?」

「そうよ。栄養たっぷりだから、きっと元気になるわ」

 メアリーにもらったミルクのビンをかかえて、エルンは外に出ようとしました。

 すると、子どもたちが、さっきベアールにもらったつぼをじっと見ています。

「君たち、これがほしいの?」

 エルンは子どもたちに聞きました。

「うん」

 と、3匹の子やぎが、声をそろえて言いました。

 エルンはしばらく考えたあと、そのつぼをメアリーにわたしました。

「これはベアールにもらったハチミツです。子どもたちに食べさせてあげてください」

「あら、いいのかしら?」

 メアリーは心配そうな顔をして、エルンに聞きました。

「ミルクがあるからだいじょうぶです。メアリー、どうもありがとう。それじゃあ、またね」

 エルンはメアリーに手をふりました。メアリーもまたぶるぶるふるえながら、手をふっています。

 エルンは、まっ白な雪の道を森のおくに向かって、どんどん歩いて行きます。

 そして、雪の降り続く森の中に、きえてゆきました。




 エルンは、メアリーにもらったびんを両手でしっかりと抱えながら、森の中を歩いていました。

 雪はどんどん空から舞いおりてきます。もうすでにエルンのひざがかくれるくらいにまで、積もっています。

 それでもエルンは、どんなに歩きにくくても、止まらずに進んで行きました。

「とうとうツノがこおってしまったみたいだよ。なんて寒いんだろう。でも、ミスターはもっと苦しいんだ。これくらいがまんしないといけないよね。そろそろきつねのフォクシーヌの家が見えてくるはずなんだけど……」

 エルンは肩にのった雪をはらい落とし、あたりを、きょろきょろと見回しました。

 すると、森の中でもひときわおしゃれな家が木と木の間に見えてきました。あそこにちがいありません。

 エルンは、まどからレースのカーテンが見えているおしゃれな家に向かって、走り出しました。


 家の前にやってくると、トントントンと、きれいなステンドグラスのついたドアをたたきました。

 へんじがありません。

 エルンはもういちど、トントントントンとドアをたたきました。

 ことこと、ことことっと、家の中から軽やかな足音が聞こえてきます。レースのカーテンもひらりとゆれました。

「あっ、フォクシーヌだ」

 エルンの思ったとおりです。ドアがすーっとあいて、中からフォクシーヌのふわふわのしっぽが見えました。

「誰? こんなに寒い日にやってくるのは。ふわふわ」

 フォクシーヌがじまんのしっぽをふわふわさせながら、エルンに言いました。

「ぼくです。トナカイのエルンです。こんなおそくにおじゃましてごめんなさい。お願いがあって、やってきました」

 エルンは頭の上にどっさりと雪をのせたまま、フォクシーヌをまっすぐに見て言いました。

「それならしかたないわね。さあ、寒いから中に入ってちょうだい。そうそう、頭の上の雪も忘れずに落としてくれなきゃ。えっと……。いったい、何があったのかしら、ほわほわ」

 フォクシーヌは片手に泡だて器を持ちながら、しっぽを優雅に左右に振り、エルンを部屋の中に招き入れました。

 テーブルの上には、焼きたてのパンケーキがのっていました。とてもいいにおいです。

 エルンは、パンケーキに見とれてしまわないように、コホンとせきばらいをひとつして、ミスターサンタのことを話し始めました。

「大変なんです。ミスターが、かぜをひいたので、今夜の仕事ができなくなってしまったんです。フォクシーヌ、お願いです。どうしたらいいか、いっしょに考えてください」

 フォクシーヌはびっくりして耳を立て、しっぽをすごい速さでぐるぐる回し始めました。

「なんですって! それは大変。子どもたちにプレゼントがとどけられないじゃない!」

 フォクシーヌは、泡だて器をテーブルに置き、うでを組んで、じっと何かを考えていました。

「そうだわ! いいこと思いついちゃった。エルン、これを見て」

 フォクシーヌは、テーブルの上のパンケーキののったお皿を持ち上げて、エルンの顔の前に近づけました。

「このパンケーキをあげるわ。ミスターに食べさせてあげてね」

「ありがとう、フォクシーヌ。これを食べるといいんですね?」

「そうよ。材料にたまごとミルクを使っているから栄養たっぷりなの。きっと元気になるわ」

 フォクシーヌが用意してくれたパンケーキの入った袋をかかえて、エルンは外に出ました。

「フォクシーヌ。君の食べる分がなくなってしまいましたね。そうだ。これは、メアリーにもらったミルクです。パンケーキを焼くのに使ってください」

 エルンは、ミルクの入ったびんをフォクシーヌに渡しました。

「あら、もらってもいいの?」

 フォクシーヌは不思議そうな顔をして首をかしげています。

「パンケーキがあるからだいじょうぶです。フォクシーヌ、どうもありがとう。それじゃあ、またね」

 エルンはフォクシーヌに手をふりました。フォクシーヌもふわふわのしっぽをふりながら、またねと言いました。

 エルンは、まっ白な雪の道を森のおくに向かって、どんどん歩いて行きます。

 そして、雪の降り続く森の中に、きえてゆきました。




  





こんにちは。童話では初めての投稿(とうこう)になります。

短い連載(れんさい)になりますが、どうぞよろしくお願いします。

下にありますNEXTぼたんをクリックしていただくと後編に移動します。

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