女子小学生二人がスマホゲームをする話
少し肌寒くなって来たこの季節。常夏沙弥は一人、学習塾へと続く大通りを歩いていた。
秋の冷たい風が、沙弥の黒髪を小さく揺らす。
「……」
沙弥は上着を持たずに家を出た事をほんの少しだけ後悔した。今はまだ明るいが、帰りは陽が落ちてるだろう。もっと寒くなりそうだ。
「……」
背中を丸めながら大通りを歩いていると、大通りの隅っこのほうで立ち尽くす、背の小さな少女が目にとまった。その少女の視線は、スマートフォンに釘付けになっている。
半袖に短いスカート。なんだか真夏みたいな格好をしている。元気で羨ましい限りだ。気にせずその横を素通りしようとする沙弥。
「…………ましろちゃん?」
その少女、乃木ましろに、沙弥はやや怪訝な表情を浮かべながら声をかけた。
そう、温度感覚のないこの子は、沙弥のクラスメイトだった。ましろは自分を呼ぶ声に反応して、声のした方を振り返る。
「沙弥ちゃん!」
嬉しそうな表情を浮かべながら言うましろ。ましろの笑顔につられ、沙弥の表情も少しだけほころんだ。
「こんな所で何してるの?」
当然の疑問を投げかける沙弥。スマホなんて、家で見れば良いのに。そんな沙弥の問いかけに、ましろは持っていたスマートフォンを印籠みたいに構えて見せつけた。
「これ、このゲームやってるの」
スマホの画面には『バケモンGO』というロゴが表示されており、背景には色とりどりのモンスター(?)がひしめいている。
「……なにこれ?」
「バケモンGOだよ? 沙弥ちゃん知らない?」
「ええ、あまりゲームはやらないのよね」
もちろん名前は聞いたことがある。小学生の間で流行していると、ニュースでやってた気がする。
「これは色んな所にいる『バケモン』を捕まえるゲームだよ」
「たしか、位置情報と連動して、場所によって出てくるバケモンが変わるんだっけ?」
ワイドショーで得た情報をそのまま喋る沙弥。
「なんだ〜。沙弥ちゃんも知ってるんだ」
そんなましろは会話と並行して、四方八方にスマホを傾けていた。恐らくバケモンとやらを探しているのだろう。
「へぇ……スマホゲームって凄いのねぇ……」
「あっ! 見つけた!」
言って、ましろはスマホを沙弥にみせる。画面には、満面の笑みを浮かべた小人の王様が映っていた。
「これが、バケモン?」
沙弥の問いに、ましろは大きくうなずく。
「うん、見つけたら捕まえるんだよ」
「どうやって?」
「この『麻酔銃』のカーソルの標準を合わせて、バケモンに向かって撃つんだよ。弱ったら檻に入れてゲット!」
言って、ましろは笑顔で王様に麻酔銃を向けた。随分乱暴なゲームだな。沙弥は思った。子供向けゲームなのに、捕まえ方が完全に密猟だ。画面では王様が必死の形相で逃げ回っていた。かわいそう。
しかし無情にも、スマホから「バン」という音が聞こえる。そして王様の叫びとうめき声が漏れてきた。
「……捕まえたの?」
「うーん、麻酔針が目に刺さったみたい」
「目に刺さるの……?」
「このゲーム、細部にこだわってるらしいよ」
「そういうリアルさ要らなくない?」
仮にも子供向けのはずでは。そんな事を考えているうち、ゲームの中で進展があったようだ。
「おっ、捕まえたよ〜」
そう言ってましろがスマホの画面を差し出してくる。捕獲成功らしい。
画面にはイラストとともに、数行の文字が表示されていた。どうやら捕まえたバケモンの説明が見られるらしい。
◆
【バケモンNo.005 小粋キング】
小粋な事を言って、周りを盛り上げるバケモン。誕生パーティーとかに現れてくれたら、すごくラッキー。
◆
「うーん、そんなにレアじゃないね」
少し残念そうに言うましろ。
「どれがレアとか分かるの?」
「ナンバーが大きければ大きいほど、出づらいバケモンなんだ」
ちなみに、ナンバーは130まであるらしい。今回の小粋キングはナンバー005だから、かなり外れの部類のようだ。
「沙弥ちゃんもやってみる?」
ましろがスマホを差し出す。しかし残念ながら、これから沙弥は用事がある。
「うーん、今は塾に向かう途中だから、また今度ね」
「そっか〜。じゃあ、折角だから塾まで一緒に行こうよ! 私も、行ったことない所でバケモン探したいし」
「……そうね。塾が始まるまでまだ時間もあるし、一緒に行きましょう」
実は沙弥は、自習のため1時間ほど家を早く出ていた。なので多少、寄り道しても全く問題なく間に合うだろう。少しだけ悩んだが、沙弥はましろと共に塾へと向かうことにした。
「あっ、ピカ虫ゲットした!」
しばらく歩いた後、早速バケモンを捕まえたらしいましろが声を上げる。
そして嬉しそうにスマホを差し出してくる。どうやら説明を見せてくれるみたいだ。
歩きながらスマホを見るのには抵抗があるが、いちいち止まっていては塾に着くのが遅くなってしまう。沙弥は前方に気をつけながら、渡されたスマホに視線を落とした。
◆
【バケモンNo.056 ピカ虫】
ピカピカ光るキモい虫のバケモン。光り過ぎると衰弱死する。大量に捕まえると電球の代わりに使えるが、死骸がキモいのでなんか嫌だ。
◆
「かわいい〜〜」
「キモいって書いてあるけど……?」
友人の感性を疑う沙弥。イラストも人面の虫って感じで、どう見てもキモい。
しかし、どうやらましろはそう思っていないらしい。
「キモかわいいってやつだよ、さやちゃん!」
ましろの嬉しそうな表情から察するに、本当にこういうの好きみたいだ。まあ、少し前こびとずかんなる物が世間で流行ってたのもあるし、分からなくもないか……?
「うーん、私には良さが分からないわね。他にキモかわいい物の例ってある?」
「なまことか、魚のマスコットとか、さやちゃんとか」
「私が入ってるわよ?」
「あっバケモンいた」
そんなやりとりをしているうち、ましろはもう別のバケモンを捕まえたようだ。沙弥にスマホを差し出すましろ。
◆
バケモンNo.009 精霊B
精霊Aの横で喚いてるバケモン。声がキモい。
◆
「これは外れね」
「うーん、レアバケモンはなかなかいないからね〜」
と、言ってるそばからバケモンを見つけたらしく、テキパキとスマホをいじるましろ。どうやら無事捕獲したようだ。
どうやら塾への道のりにはバケモンが多いらしい。
◆
【バケモンNo.12 キモイ】
キモイバケモン。そのキモさゆえ、周りから嫌われ、疎まれ、蔑まれ、存在価値を根本から否定されている。冗談抜きでマジでキモい。こいつを見るくらいなら、カエルの解剖を見ながら飯食った方がマシなレベル。
◆
「可哀想過ぎない?」
カエルの解剖見ながら飯食うってなんだその例え。
「これもキモかわいいの?」
「うーん、これはキモキモキモって感じ」
「キモいだけじゃないの……」
これ、本当に子供に人気なのだろうか?
「ねぇ、ましろちゃんがこれまでに捕まえたバケモンって見られる?」
「もちろん、一度捕まえたらいつでも見られるよ〜」
言って、ましろは画面を操作し始める。『図鑑』と書かれた場所をタップすると、一度見つけたバケモンだけがカラーで示されていた。
「見ても良い?」
「もちろん」
ましろからスマホを受け取る沙弥。色のついたバケモン、その一番端の絵をタップした。すぐに説明文が表示される。
◆
【バケモンNo.121 ルギャア】
蹴ると「ルギャア」という悲鳴を上げながら逃げていく小型のバケモン。ルギャアを蹴って、より大きな悲鳴を上げさせた方が勝ちのゲームが子供たちの間で流行っている。
◆
「残酷過ぎない?」
「どうする? 蹴る?」
「蹴らないわよ……!」
沙弥は教育に悪そうだなと思った。
次のバケモンは可愛らしい、犬みたいな見た目のバケモンだ。きっと良いバケモンに違いない。
◆
【バケモンNo.098 ゴーマンダ】
傲慢なバケモン。その傲慢さが後に自らの身を滅ぼす。
◆
「かわいいね!」
「のちに身を滅ぼすって書いてあるけど……?」
このバケモンにはどうか謙虚でいて欲しい。可愛らしいバケモンの将来を憂う沙弥。しかし残念ながら、後に身を滅ぼす。
次……
◆
【バケモンNo.035 アトマ鷲】
嫌なことを後回しにするバケモン。大人になった時、それまで後回しにしていたツケをすべて払うことになる。その時初めて後悔するが、もう遅い。
◆
「なんか急に説教されたんだけど」
「さやちゃんもこんな所でゲームしてないで勉強しなきゃダメだね」
「これから塾に行くんですけど?」
次、次!
◆
【バケモンNo.001 シラジラチー】
どれだけ悪い事をしても、白々しく嘘をつき決して反省しないバケモン。失敗したら全部、部下の責任にするくせに、成功したら、その功績を全部持って行こうとする。まるでこのバケモンは、部長の北上みたいなヤツだ。クソクソクソクソクソクソクソ! ああああああ!!!
◆
「なんでキレてるのよ……」
後半狂ってて怖い。
「ねぇ、北上って誰?」
「……知らないけど、多分この人の上司よね」
どうかこの人のストレスが解消しますように……
次!
◆
【バケモンNo.085 イデンネ】
可愛らしくて温厚な、素晴らしいバケモン。遺伝で目が悪くなるのが特徴。おんなじ時間ゲームしてるのに、あいつだけ視力AAなのズルいなぁ。そうだ、あいつの目を潰そう。
◆
「最後本性見えてない?」
「所詮はバケモン、人との共存は無理だね」
「急ににバケモンに冷たくなるな」
奇をてらったゲームなのは伝わってくるが、正直このゲームに人気があるとは思えない。
「こんなゲーム、本当に人気あるのかしら?」
「うーん、捕まえる以外にも出来ること結構あるから、意外と人気あるのかも」
「例えば?」
「別売りのバケモンウォッチってアイテムを使うと、捕まえたバケモンを召喚出来るんだよ」
「妖怪のヤツみたいね」
「『僕の友達を生贄に捧げて、バケモンを召喚!』って言うの」
「このゲームあれね、あらゆる子供向けコンテンツを隅々までパクリ尽くしてる感あるわね」
言って、沙弥はましろにスマホを返した。
「あれ、もう良いの?」
「ええ、目的地に到着しちゃったからね」
立ち止まって、正面の建物に目線を移す沙弥。話しながら歩いては来たものの、目的地である塾に来るまで15分ほどしかかかっていなかった。
「じゃ、また明日学校でね」
ましろに手を振り、建物へと向き直る。そしてそのまま、玄関口へと歩を進めた。
「……ん?」
背中に違和感を感じ立ち止まる。振り向くと、ましろが沙弥の服をギュッと掴んでいた。
「……どうしたの?」
まるで別れを惜しむかのような表情で、不安そうに佇むましろ。
「帰り……ない……」
「……」
強い風にかき消されるましろの声。もしかして、「帰りたくない」と言ったのだろうか。
「帰り道、わからない」
「……………………えぇ……」
こうして、沙弥はましろを元居た場所まで送り届け、再び塾に向かうことになった。走ったおかげで、寒さは吹き飛んだ。
【おまけ】
なかなかゲット出来ないレアバケモンを、今回特別にご紹介!
◆
【バケモンNo.126 精霊A】
精霊Bの横に居る大精霊。気高く、美しいバケモンなので、見つけられたらかなりラッキー。
◆
【バケモンNo.127 カクーン】
耳元でひたすら家訓を連呼してくる虫。浅いことしか言わないくせに、著名人の名言を引用したがる。大量に集まると田畑を荒らすので、農薬を撒くと殺せる。
◆
【バケモンNo.128 歯がネイル】
歯にネイルを施したバケモン。何かを食べるたび、ネイルが口に刺さって出血する。本人はかなり後悔している
◆
【バケモンNo.129 エンドルフィン】
なにか悪いことが起こるたびに「もうおしまいだね」と囁いてくるイルカ型のバケモン。取り憑かれた者は、精神が崩壊する。
◆
【バケモンNo.130 ネオキデス】
いつも眠たそうにしているバケモン。しかし、こいつを少しでもバカにした者は、死という名の永遠の眠りへと誘われる。最近「もうおしまいだね」という幻聴が耳元で聞こえてくる事に悩まされており、昨日ついに精神が崩壊した。
◆
開発者のコメント
バケモンと聞くと、どうしても悪いイメージを持ってしまう方も多いと思います。実際私も、バケモンをモチーフにしたゲームなんて流行るのか? と最初は疑っていましたし、そう思うのが正常な判断だと思います。しかしそんな心配は杞憂でしたね。現在お子様に大人気の、大ヒット商品になりました。これからも「バケモンGO」を愛してもらえると、とても嬉しいです。目指せ、バケモンマスター!
脱法ハーブを吸った開発者のコメント
私は正常私は健康なそんな正常なバケモンは私は呼吸を意識を正常な私は正しい健康私はバケモンを人気な私は人気で健康で正常なイメージを私は安心して正常で人気な私は大丈夫私は大丈夫私は大丈夫私は正常なたすけて。