エルクトンの街~マユカの休息~
「お風呂に入りたい……」
ベッドが置かれていた宿を出たマユカはそう漏らした。
「でもその前に、服を買う」
お風呂に入ったとしても、今と同じ服を着るのがとてつもなく嫌だった。
自分以外の体液がついた服を再び着ると。風呂に入った意味が無い。
「お金はあるんだし、服を買って、その服を持ってお風呂で体を綺麗にしたい」
「そういえばこの街には温泉があるはず」
そう、温泉がある。
元日本人としては逃せない情報だ。
マユカは適当に服を買う為、街を歩く。
様々な店があるが、今のマユカは服を買って温泉に入ることしか頭にない。
すぐに目当ての服屋を見つけた。
「いらっしゃいませ」
若い女性の店員さんが笑顔でマユカに言ってきた。
女性服を扱っている店のようで、その店員さんもそれなりに綺麗な顔立ちをしたちょっとした美人だった。
「お客様、お綺麗ですねー。冒険者の方ですか?」
「ありがとうございます。一応冒険者ですよー。まだ冒険したことないですが」
「あら、ということは装備が欲しい感じですかね。だったらこの店から出て右手に行ったところに――」
「あ、いえ。装備じゃなくて普通の服が欲しくて……」
「あー、それは失礼しました。そうですよね。すみません」
「まだパーティーも組んだこと無くてですね」
「あ、だったらこの店を出て左手を曲がったところに――」
「だから、今は服を買いに来てるんですってば!」
この店員さんは服を売る気がないのだろうか。
「そうですね、わかりました。どういった服がご所望ですか?」
「えっとですね、ひらひらした感じのスカートで可愛さUP的な感じの」
「十分に可愛いくせに何言ってんだこいつ」
「えっ!!!!?」
「あ、申し訳ありません心の声がほんのちょっと漏れてました」
「ほんのちょっと……? え、なんですか喧嘩売ってますか? 買いましょうか?」
「売る人と買う人。なるほど、そういうことでしたか」
「ここは決戦場か何かなのっ!?」
「何言ってるんですか? ここは服屋ですよ」
殴ってもいいかなこの人。
「しかし、わかりました。ひらひらしているスカートにそれに合う上着と言った感じですね」
「そうですそうです」
「なかなかのお洒落さんですね。こんなのはどうでしょうか?」
店員さんが持ってきた服、それは……ゴスロリだった。
「いや、確かに可愛いけど……えっ? ゴスロリ!?」
「絶対似合うと思いますよ。低身長で可愛くておっぱい大きくて。あぁ、ホント死ねばいいのに」
「そういう店員さんだって、綺麗じゃないですかー」
「あらやだ、嫌味ありがとうございます」
武道家にジョブチェンジしてぶん殴りたい。
「でも、ゴスロリは確かにありなのかな?」
この世界の人たちの好みとか流行はまだわからないけれど、日本ではゴスロリは一部には評判があった。
しかも大して可愛くなくても結構ちやほやされる人が結構居たから自分も着たことがある。
見事に嫌な目で見られたが……。
「そうですねー。男性にも人気がありますし。良いのではないでしょうか」
「男性にも人気!?」
「まぁ、でもこれはお客様には必要ないですね。こういう小道具はモテない人が使うものです。お客様はこちらのモンペを履いてはいかがでしょう?」
「モンペ!?」
マユカ的にはモンペと聞いたら戦時中を思い浮かべてしまう。
「モンペとゴスロリどちらがいいですか?」
「その二択だったらゴスロリですけど……」
「お買い上げありがとうございます!!!!」
「えっ、私まだ買うって言ってないけど!?」
「買わないのですか?」
この店員さんと話してたらどんどん長引いてしまうかもしれない。
もう、ゴスロリでいいや。
「買います……。おいくらですか?」
「20ブランになります」
「高くない!!!?」
「ちゃんとした生地で作られてるゴスロリですから。そりゃ高いですよ」
50ブランで平均月収なのだから服にそれだけかかるのは高い気がする。
「わかりました。じゃあそれでいいです」
マユカはもうそれでいいや。と思った。
なによりこの店員とこれ以上話したくない。
「お買い上げありがとうございました!」
頭を深々と下げるその店員さんを見ると、上手いことやられたのかなと思うけど、
今はそれどころじゃない。
次は温泉だ。
温泉に浸かって体と心の癒やしを求めよう。
街の簡単な地図が掲示板に貼られていたのでそれを見てみる。
「へー、意外とこの街広いんだ」
街というだけあって、マユカが生まれ育った村の10倍はありそうだ。
「今度探検してみようかな」
そう思いながら温泉の場所を確認して温泉へと向かった。
温泉施設は割りとしっかりとした作りだった。
露天風呂が無いのは少し残念だけれど、街の中ということ考えたら仕方ないのかもしれない。
ちゃんと女湯と男湯が分かれているので少し安心。
男と一緒に風呂に入ったことがないので混浴だったら恥ずかしかった。
服を脱いで中に入ると、大量の湯気が出迎えてくれた。
まずはちゃんと流さないと。今の状態では汚い。
「あっ、石鹸とか無いや。どうしよ」
よく考えたらタオルすら無い。
「あら、石鹸を忘れたの? よかったら私のこれ使っていいわよ」
隣に居たお姉さんに石鹸を差し出される。
「あっ、ありがとうございます!」
礼を言いながらお姉さんを見てみると、なかなかのナイスバディな人だった。
「お姉さん綺麗ですね」
「ふふ、そう? ありがとう。でもお嬢ちゃんも素敵よ」
色っぽさがある感じのお姉さんは見た感じ20代っぽい。
まだ13歳のマユカと比べるとやっぱり大人の魅力という意味で違う。
もちろんマユカも美少女なのだが、年齢的な意味でも大人の色気というものが薄い。
「石鹸ありがとうございます」
泡立てて、石鹸をお姉さんに返す。
「困ったときはお互い様だからいいのよ」
石鹸を受け取ったお姉さんは笑顔で言った。
「折角だし、一緒に入ろうか」
「いいんですか? お願いします」
この街に来て、まだ知り合いが居ないマユカとしてはありがたい話だった。
「温泉にはよく来るんですか?」
「毎日来るわ。ここの温泉は肌がすべすべになるし」
「へー、そうなんですか。なら私も来ようかな」
「それが良いわ。あなたは可愛いから無敵になるよ」
「無敵ってなんですか! でもお姉さんの色気には負けます」
「色気はね。経験と年齢で勝手についてくるものだから焦らなくていいの」
「そういうものですか」
「そうよ、だから色気が欲しいとかじゃなくて今を純粋に楽しむのが大事よ。じゃないと早く年取っちゃうじゃない」
「なるほど、そうします!」
お姉さんとそんな話をした後、お姉さんが先に上がったので、その後は1人でのんびりと温泉に浸かった。
村を出てから、のんびりと心を休める時間がなかったので、久しぶりに心を癒やしたマユカだった。