シルバー天使は約束を守った?
「…………ここは?」
気が付くと視界に天井があった。
どうやらベッドで仰向けになっているようだった。
「私、生まれ変わったの?」
まだぼんやりとしている。
色々と把握が追いついていない。
「はっ! おっぱいは!?」
急いで自分の胸に手を当てる。
するとそこには今まで味わったことのない柔らかくて大きな感触が確かにあった。
「ある! ある!! おっぱいがある!!! めっちゃ柔らかいんだけど!? なにこれすっごい触り心地良い! しかも……あんっ。感度もいいじゃん! 癖になりそう!!」
「……なんだよ……うるせーな……。いきなり大声だして……」
思考が一瞬止まった。
聞こえてきたその声はどう考えても男のもの。
恐る恐る横を見てみると、男が同じ布団で目をつむり、寝転がっていた。
「…………は?」
状況が理解できない。
なぜ男と同じベッドに寝ているのか。
そして、よく見ると、その男は全裸で……。
マユカ自身も全裸だった。
「はああああああああああああああああああああ?」
こんなの叫ぶしかない。
相手が裸で、自分も裸で、しかも同じベッドに寝ていて……。
「ったくうるせーな。静かに寝かせろよ!」
「うるせー。お前こそ黙れ! というか出てけ! 今すぐこのベッドから出て行けよこのクズ野郎!」
「何言ってやがんだ。ここは俺の家で、俺のベッドだろ。意味のわからんことを抜かすな! お前が出て行け!!」
ベッドから蹴り落とされた。
「痛っ! お前、女を蹴ったな!」
「うるさいんだよ! なんだよいきなり豹変しやがって。可愛くて胸がでかいからって調子に乗るなよ! 早く出て行け!」
剣幕に押されて、そのへんに落ちてた自分のものと思われる服を拾い上げると、その家から出て行った。
外に出ると夜明けが近いのか、東の空が微妙に明るくなろうとしている。
「男と……。男と……。男と同じベッドで寝てた…………?」
その事実がすごく頭のなかを巡り巡る。
記憶はまだ定かではない。
なので、裸で男と同じベッドで寝ている。その過程を想像してみる……。
「あんのクソ天使があああああああああああああああああああ」
怒りで我を忘れるマユカ。
「私は条件として処女でいることって言ったはずだよ!!!! うん、絶対に言った!!! そして生まれ変わってみれば、男と同じベッドで裸同士で寝てるじゃないか!!! とんだビッチだよ!!!!! 処女とは程遠いビッチそのものじゃないか!!!」
「なんてことなの……。処女というものをちらつかせて色々する気だったのに……。あのクソ天使のせいでそれがおじゃんじゃないか……」
絶望に打ちひしがれながらボーッとしていると、朝日が登ってきた。
まさに新しい朝が来ているのに、なんの感動もない。希望すら無い。
貧乳少女からただの巨乳ビッチに成り下がってしまった自分を哀れんでいるかのように朝日が眩しい。
「……帰ろう」
幸い、家の場所は思い出した。
エピソード記憶はまだ思い出せないけれど、親の顔ぐらいは思い出せた。
「ただいま……」
ひっそりと家に入り、自室へと向かうとベッドに潜り込んだ。
「はぁ……」
ベッドの中で深く溜息をつく。
少し情報を整理してみよう。
母親に祖母。歳の離れた妹がいる。
あとは、ここがすごくど田舎だということ。
村には三十人程度の人口しかいない。辺境の地。サロール。
馬車で3日ほど移動した場所に少し大きな、冒険初心者が集う街エルクトンがある。
そこまで情報を思い出したところで眠くなったのでマユカは眠りにつく。
「マユカ。マユカ。起きなさい」
「んあ……?」
「朝ごはんができたよ。ちゃんと食べなさい」
母親のメアリーの声だ。
「わかったよ。お母さん」
こんな田舎にメアリーだなんて名前珍しいな。なんて思いながら身を起こす。
金髪で背中まである長い髪が少し乱れているが、それを全く気にせず。頭をポリポリと掻きながらみんなが居る部屋までのんびり向かった。
「おはようマユカ。よく眠れたかい?」
「んー。まだ頭がボーっとする」
祖母に返答しながら自分の席に座ると、メアリーが料理を持ってきてくれた。
そうだ、優しい家族に育てられたんだった。
温かい家庭。温かい母親。可愛らしい妹。
なんて良い家族。
それに比べて私はなぜビッチに……。
すべてあのクソ天使が悪い。憎すぎる……。
「今日はマユカの13歳の誕生日だね。壮大にお祝いしなきゃ」
「ありがとう。でも壮大にって。そんな特別な歳になるわけでもないのに」
「何言ってるの。13歳といえばいよいよ旅に出れる歳なんだから。十分特別じゃない」
そういえばそんなしきたりがこの村にあった。
成人の一年前。この歳から冒険の旅に出ることを許される。
「私としてはこのまま家に居て欲しいとは思うけれど、マユカの人生なんだからどうするかはマユカが決めなさい。昔から冒険に出たがってたもんね」
「旅……」
確かに、こんな田舎の村に居たのではただ年老いて死ぬだけだ。
旅に出て、冒険者として世界を股にかけ、いい男を見つけて金に不自由なく自堕落な生活を送る。
これしかない!
「私、旅に出る!」
「それは誰も止めることはできないわ。でもせめて今日だけは家族と過ごして欲しいわ。次会えるのがいつになるかわからないから最後のお別れぐらい。ね」
メアリーがそう言うと、祖母も妹もそれに賛同した。
「おねーちゃん、魔王倒すの?」
「魔王かー。魔王倒してちやほやされるのもいいかもしれない」
「簡単にいうねーマユカは。でもそれがマユカらしいねぇ」
「とりあえず、朝食を食べたら、村を散歩してきたらいいわ。みんな今日がマユカの誕生日だって知ってるから。旅に出るんじゃないかってソワソワしてるわよ。挨拶ぐらいしてきなさい」
村を歩いて回る……。それはつまり昨晩の男にも会うことになるかもしれないわけであまり気が乗らない。
でもメアリーがそう言うならば。
「うん、わかった」
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朝食を食べ終わり、村を歩いてみる。
人口の少ない村だからそんなに長い距離を散歩するわけじゃないのでぼんやりと気楽に歩く。
「おっ、マユカちゃんじゃないか。13歳の誕生日おめでとう。やっと旅に出れるな」
「マユカちゃんの念願だったからね。しっかり頑張ってくるんだよ」
出会った人にそうやって声をかけられる。割りと悪い気はしない。
前世ではひきこもりニートだったのでこういう人に挨拶されるということに慣れてないが。少し気持ちがいい。
「マユカ! 旅に出る前に。やらせてくれないか!? お前の処女は俺が頂きたい!」
「は?」
いい気分が一気に台無しだ。
朝から、しかも出会い頭に何を言っているんだこの男は。
「貴様、抜け駆けか? マユカの処女は俺がもらうんだ!」
「なにをいう。お前らなんかに渡すものか。俺が約束したんだぞ!」
「俺だって約束した!」
「俺だって――」
「俺こそ――」
どこからか湧いてきたのか、村の若い男たちが集まってそんなことを言いながら喧嘩を始めた。
「ちょっと待って、今聞き捨てならないことを言ったよね。処女がどうとか……」
「あぁ、そうだよ! マユカはいつも最後までやらせてくれなかったじゃないか! 技術を磨くためだとか言って! 俺らは攻められるばかりで!!」
そう言って、皆涙を流し始めた。
「あれ、ということは私……処女なの?」
「何いきなりいまさらなことを言ってるんだよ!!!」
若い男どものむさ苦しい泣き声が響き渡った。
面倒くさくなりそうなので、マユカはその場を逃げ出した。
「ビッチかと思ったらビッチじゃなかった!?」
自分が処女だということを知って、歓喜するマユカ。
「一応約束は守ってくれてたみたいで安心した。よーし、処女というこの正義をどう振りかざしてやろうか!」
自然と笑みが溢れる。
ついに手に入れたおっぱい。顔はまだ確認していないけれど、要望通りなら可愛いはずだ。
さらに処女ときたもんだ。これは最強としか言いようが無い。
「ああああああああ旅に出るのが楽しくなってきたあああああ」
マユカは早速家に帰って、旅の準備をすることに決めた。