魔王討伐の先にあるのは――
「ところでこれからどうするの?」
エルクトンの街を出て、しばらくするとアズミが聞いてきた。
「正直具体的には決めてないわ」
「目的のない旅ってわけね、それはそれで好きだからいいけど」
「里を出る時に、色々考えたりしたけれど、未だにそれは定まってないわ。だからある意味目的をさがすための旅なおかもしれないわ」
「なるほどね。でも求めているものぐらいはあるんじゃない?」
「それはあるわ。富や名声は欲しいし。一生楽してグータラして、それでも尊敬されて敬われたい」
「欲望に忠実なのね」
アズミはクスクスと笑う。
「じゃあそれが最終目標として、そのためにどうするかを模索する旅ってことね。面白いことになりそう」
「アズミさんは何かあるの? 冒険者なんだし、例えば魔王討伐だとか」
「実は今は何もないわ。魔王討伐も正直興味ない」
「へー、そうなのね。上級クレリックだし、魔王討伐を真剣に考えてるパーティーとしても重宝されそうだけど」
「まあ実際誘いはあるわ。でも断ってる」
「アズミも意外とめんどくさがりなのね。私もめんどくさがりだから人のことは言えないけど」
「めんどくさがりは確かにそうだけれど、魔王討伐に意味を感じなくなったのが原因かな」
魔王討伐に意味を感じない。
アズミは確かにそういった。
魔王討伐に対して、怖いだとか死んでしまったらどうしよう。と言った負の感情を抱いて止めてしまうことはあるだろうが、意味を感じないことなんてあるのだろうか。
「魔王討伐に意味を感じなくなったって、魔王を倒す意味がない。という風に聞こえるんだけど」
「うん、その通りだよ。魔王を倒す意味なんて全く無い」
アズミはそう言い切った。
「それはちょっとなんだか気になる話ね。聞かせて」
マユカは立ち止まり、アズミに休憩しようと切り出した。
「いいよ、ちょうど昼時だし、何か食べながら話しましょう」
火を起こし、適当なサイズの石を見つけて椅子にし、二人で食事。
「魔王ってさ、どういう存在だと思う?」
アズミがそう問いかけてきた。
「どういう存在って、そうね。魔物とか魔族の王って感じかな」
「うん。まあ大きく言うとそんな感じの解釈で間違っていない」
つまりは魔物を統括する存在みたいなものだと。
「じゃあ次に、魔王が居なくなったら……。つまり討伐されたらどうなると思う?」
「んー、魔物とか魔族が人間に恐れを成すんじゃないかな」
「それは違うわ」
アズミは真剣な顔をして否定した。
「え? じゃあどうなるの?」
「その答えの前に、私たちは何のために魔王を討伐しようとしているの?」
「え、そりゃ魔物が人間の天敵だったり、人にとって不利益な存在だからよ」
「そうね。人全体的に見たらそうかもしれない。じゃあ冒険者は? 何のために魔王を討伐するの?」
「そりゃ、富と名声のためよね。魔王を倒せば崇められるし、感謝されるし、一生遊んで暮らせるほど報酬もらえるだろうし」
そしてマユカは続けて、
「そのためにみんな命をかけてるんじゃないの?」
そうアズミに聞き返した。
「えぇ、その通りよ。 みんなそうなると信じて魔王を討伐するために日々努力したりしている」
富と名声が主な理由でみんな魔王を倒そうとしているだろう。
まあどこかには正義だ! とか思っている人もいるだろうけれど。
「でもね、マユカ。本当にそれらは得られるのかしら?」
「え? 魔王を倒しても報酬もらえないの!?」
まさか国が膨大な詐欺企画を!?
「そういうわけじゃないわ。ちゃんと貰えるはずよ。一時的には……ね」
「一時的?」
「そう。そしてそこで、魔王を倒したら魔物や魔族たちの動きはどうなるかという話に戻ると」
マユカは次の言葉を求めるようにアズミを見つめる。
そして、アズミの唇が動いた。
「次の魔王が誕生するわ」
静かにアズミはそういった。
「なるほど、確かにそれはそうね」
「えぇ、魔物や魔族全員知能がないのだったらとっくに人間が殲滅しているし、こんなに長い間争うこともない。あと魔王が死んで暴徒と化する魔物もそんなに居ないだろうし」
「でも、アズミ。それでも魔王を倒したら富と名声が手に入って楽に暮らせるのは否定されないんじゃないの?」
「一時的な富と名声は手に入るわよ。でもそれが故に楽に暮らすことは無理よ」
「どうして?」
「だってそうじゃない。新しい魔王が誕生したらその討伐があるわ」
「それは断ればいいじゃない。前の魔王を倒すために負った傷が……とかもう歳だから……とかどうとでも言えるわ」
「えぇ、そうね。一時的な回避は可能よ。でも国や市民の目。つまり期待からは逃げられない。そして自身が戦えなかったとしても隠居は許されないわ」
「隠居もできないの?」
「後継者を育てないといけないわ。若い子たちを鍛えなきゃいけない」
「つまり、ほんとうの自由なんてないということね」
「そういうこと。そしてそれは終わりが無いわ。次の魔王を倒しても同じことだから」
まあその時は後続の教育は任せてもいいかもしれないけれど、とアズミは付け足した。
「確かにそうね。じゃあ魔王討伐はやーめよっと」
「あっけらかんと言うのね」
アズミは笑った。
「だってそんだけめんどくさいならやらないわ。元々ちゃちゃっと倒せたら楽できるかもーって思ってたぐらいだし」
「魔王をちゃちゃっと倒しちゃおうと思うマユカはホント面白いわね」
「そうかな?」
「えぇ、そうよ。あなたを旅のパートナーとして選んでよかったわ」
今後が楽しみだとアズミは言う。
「あら、私はずっとアズミを旅のパートナーにするかどうかはまだ決めてないわよ」
「手厳しいわね」
「でもそうね、アズミとは上手くやっていけるようなきがする。なんとなくだけど」
「なんとなくなのね」
「さて、話も終わったし、行きましょう」
「この森を抜けて一つ山を超えれば大きい街があるからそこに向かうのよね?」
「ええ、そうよ。魔王討伐はとりあえず今のところ考えないけれど、その街で私の美しい顔と美しい肌とこのおっぱいで荒稼ぎしないと!」
「おっぱいで荒稼ぎとはなんだかイヤラシイ響きね」
「ふふっ。まあでも今回はひとりじゃないから前の何倍も稼げそうね!」
「私もおっぱいで荒稼ぎするの!?」
「ええそうよ。私ほどじゃないけどアズミだって良いおっぱいしてるじゃない!」
「あはは、私もまあ適当に荒稼ぎするわよ。おっぱいは使わずに」
「おっぱいも使わないとダメ!」
「手厳しいリーダーだこと。でもいいの? おっぱい使ったら私のほうが稼いじゃうのは確実だけど」
アズミはそういって不敵な笑みを浮かべる。
「あら、私相手にその自信……? ならこうしましょう。一週間でどちらのほうが稼げるか勝負ってことで」
「良いわよ。じゃあ負けた方は勝った人の言うことを聞く。でどうかしら」
「そうね。いいわ。と言いたいところだけど――」
「私が勝ったら、同じベッドで一緒に裸で抱き合って寝てもらうわ」
「……!!」
「あなたの性格ぐらい知ってるわよ。万が一負けた場合のリスクを少しでも減らしときたいんでしょ? だから私は先に勝った場合の要求を言っておく」
「それはその通りでよく私の性格を知ってるわね……ってところだけど……」
「ん? どうしたの?」
「アズミ……レズだったの……?」
「さあ、どうかしらね」
アズミはまた不敵な笑みを浮かべながらマユカを眺める。
「女は謎が多い方が良いのよ」
そう言ってアズミは先に歩きだした。