新たな旅立ち
盗賊スキルの取得は誰にも漏らさないようにしていた。
親衛隊の人たちにもバレないように。
レベルも未だにレベル1のままだ。
そして、マユカは次のステップを進もうとしていた。
「この街に居る必要はもうないわ」
マユカはこの街を出る決意をする。
ここ、エルクトンの街は初心者冒険者の集う街。
つまり、始まりの街なのだ。
そして、マユカは自分が今後必要であろうスキルは手に入れることができた。
さらには、自分の魅力で人を傀儡にすることも出来ることがわかったし、そのやり方もわかった。
この街に着たばかりのころは色々騙されそうになったり、失敗もあったけれど。
それももうだいぶ前のことのように思える。
数ヶ月この街で過ごした経験は今後必ず活かすことができる。
「できればこの街で一緒に旅をする人を見つけたかったけれど、それは仕方ないわ」
そう、マユカは誰も連れて行かない気だ。
自分の作った組織の人たちにも黙って街を出て行く。
そうして、新しい街でまた新しく自分に都合の良い環境を作ろうと思っている。
信用できる人を見つけれなかったから仕方がない。
「夜中、人が居ない内に去れば気づかれないでしょ」
お金もアイテムも十分過ぎるほどある。
次の街でもしばらくは不自由なく暮らせるはずだ。
去る時はひっそりと消えていく。
それがなんとなく美徳だとマユカは思っているので、誰も何も言わない。
「色々な経験をさせてくれたこの街に少しは思い入れなんてあるのかな?」
そんなふうにちょっと感傷にふけってみるけれど、故郷を出た時程ではない。
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「さて、この宿とももうおさらばね」
気づけばずっと同じ部屋に泊まっていて完全に自分の空間だった。
マユカから言ったわけでもないのだけれど、最初はたまたま連続で同じ部屋で、毎日泊まるものだから宿の人がもうマユカ用にこの部屋をずっと空けていた。
「まぁ、ちゃんと泊まる時は毎回お金払ってるわけだから、私が勝手に去ってもなんともないだろうし」
持てるだけの荷物を持ち、ひっそりと宿を出て行く。
誰にも見つからないように裏口から。
表からだと流石に宿の人に見られてしまう。
そして、盗賊スキルを使って街の出入り口まで行く。
盗賊スキルを使っていたら本当に誰にも見つからないだろう。
高い塀に囲まれたこの街。
もちろん塀の上には見張りもいる。
その人達にもバレずに外へと出た。
「あら、そんな大荷物を持ってどこへ行くのかしら」
「えっ?」
いきなり声をかけられ、驚きながら横を見た。
そこには黒いマントを羽織と少しだけおしゃれな魔女帽子をかぶった女性が壁に背中をつけて立っていた。
「久しぶりね、あれから結構経ったわね。私が教えた格闘スキルはまだ役に立ってるかしら?」
この人は……覚えてる。
街に着たばかりのころ誘われたパーティーに居たクレリックの人で、格闘スキルを教えてくれた人。
「お久しぶりですね。格闘スキルを教えてもらえなかったら私はあのまま犯されてました」
「その後私もあのパーティー抜けたから野良でやってたけど。あなたが割りと面白いことをしてたから見てたのよ」
「それは全然気が付かなかったですね……」
この人も盗賊スキルを持っているのかもしれない。
「私を舐めてもらっちゃこまるわよ。それより、1人で旅に出るの?」
「この街に居てももう何も得られそうにないので。私はもっと高みを行くんです」
「なるほどね。面白そうじゃん。私もこの街はもう愛想尽きたし、一緒に行ってもいい? あなたと居たら退屈しなさそうだし」
この人は高レベルのクレリック。
一緒に居て得することが多い気がする。
利用価値は十分ありそうだ。
「あなたは私の師匠みたいなものだから。一緒に来てくれるのならこれ以上に嬉しいことはないわ」
「よく言うわね」
お姉さんがくすっと笑った。
「そういえば自己紹介ってしたかしら? 私はアズミ。一応上級クレリックよ」
「アズミさんよろしくお願いします」
確かにこの人になら背中を預けても良いかもしれない。
マユカは、この異世界に来てから初めて素直な笑顔を向けた。




