第6話
「ジュナさん。どうですか? これなら十二分に安定して供給できると思いますよ、値段も安いですしね」
ジュナさんを作業場に招待して、作業工程を説明しながら商談している。
「そうね、その点においてもリスクをとる価値のある物である、と理解しているわ」
「リスクですか? はじめて聞きますね」
「はじめて言うもの。聞きたい?」
こちらの目を見ながら聞いてくる。俺も頷きながら続きを促す。
「既存の燃料を扱っている者達との競合ね、といっても主に木材の運送と販売をしている商家ね。生活必需品は利益が大きいからねえ」
おお? でも、これそんな大層な物ではないんだけど。
「それほどの量を生産できるものでもないし、原材料に木を使っている時点で、所詮限定的な産業でしかない。今のところ高い熱が出ない以上、これの用途も限られている。それほどの物ではないと思うが」
「それは、貴方が開発者だからわかることよ。事実を知らない者からしたら十分脅威よ。特に私がその商品を扱うとしたら、ね。彼らは考えるでしょうね。ああ、もしかすると自分の木材を扱っている市場の占有率を奪われるかもしれない。あれは脅威だ、潰せ! なんて事になるのは目に見えてるわ。そうなると燃料事業から手を引かない限り、お互い危険なことになりうるわね」
危険なこと、ね。そんなことにならないように祈るけど、利益を得るつもりならそんなことしない方がいいだろうに。
「そうは言っても、実際は薪を木炭化して販売する方が利益は大きいんだけどね」
目を丸くしながらジュナさんが聞いてくる。
「さっきの説明を聞いて原理的には出来そうだけど、実際にそんなことも出来るのね。その薪を木炭にする工程はここで出来るものなの?」
「出来るけど、木材の産出地で作った方が効率の面でもお勧めだよ」
木炭と薪をでは重さが違う。薪は完全に水分を抜く事が出来ていない分。木炭に重さの面で劣る。重さは輸送時の重要な要因である。
「その点についても考えておくわ。とりあえず相手もあることだし、考えすぎても仕方がないわね。でも考えておくことも重要だわ。どの点で妥協するか、とか、どの点を守るか、とかね」
木炭の作成方を教えることもありうると言うことか。あるいは、その分野でのみ手を組むとか、か。
「それでこの学校に対しての資金協力はしていただけるのかな?」
「ひとつ条件があるわ。女の子も学ばせてあげてほしいの。私は、この地位まで来るのに女だからといって、これでも結構苦労してきたし、苦労している女性をたくさん見てきたわ。勿論、私が恵まれてるのは分かってるわ、親には教育をつけてもらえたし、理解ある旦那にも巡り会えた。でもね、そうじゃない女性は多いの、といというよりそんな女性が大半よ。でもそうなる前に教育をつけることができれば、不幸を、苦労を、少しでも軽くしてあげることが出来るかもしれない。私はそう思うの、だからこそイシュナにも色々と教えたわ。でもね、私一人なら出来ることに限りがあるの、学校なら自分一人の時より多くの事が出来るわ。どう?」
沁み沁みと、ジュナさんが喋る。
「勿論、構いませんよ。でも、逆に言うと女の子達を親が来させますかね?」
女子教育については反対はないし、寧ろ推進したいが、親が女の子に教育を受けさせるのを良しとするかどうかには楽観的意見を持っていない。
「大丈夫よ。女の子の将来を考えると教育をつけなければいけない、と苦労してきた親なら思っているものよ。同じ苦労を子にさせたくないと思うのは普通の事なのよ、だから少し親という存在を信じてあげて」
逆にジュナさんは楽観視しているようだ。この時代に生まれ、育った女性の言うことを信じてみよう。
「分かりました。信じてみることにします。敷地は結構大きく確保していますので、建物ができ次第、順次受け入れていきたいと思います」
「結構よ。すぐに資金面での援助をさせてもらうわ。教師の手配もこちらで行ってもいいかしら? 頭の柔らかい女性だから問題ないと思うの。経理も出来るし、経営面での貢献も出来ると思うわ」
ふーん、経理まで出来る女性か、まさかジュナさん本人が来るわけもないと思うが。
「ゴル先生とも相談しなければいけませんが、そう言うことならお願いします」
こうして、ジュナさんからの資金援助を受け、更に学校の充実を図っていく事となった。
数日後、子供達が昼食の後の作業を始めた頃、学校にジュナさんからの紹介により一人の女性が到着した。
「初めまして、リアと申します。この度、ジュナさんからのご指示でこの学校で女の子達に教鞭を取らしていただくことになりました。ジュナさんの商家で経理をしていたことがあるので、経理面でもお手伝いできると思います。どうぞよろしくお願いします」
御辞儀しながら、女性が口上を述べる。案外、若い女性がやって来た。
「初めまして、コウジです。当学校の説明は先生の紹介の後にするとして、到着を楽しみに待っていました、どうぞよろしくお願いします」
軽く挨拶する。
「ゴルです。初めまして、数日前コウジさんより女の子を学校に受け入れると言う事を聞いたときは、これほど画期的な事はないと思いました。その事のお手伝いが出来る事を大変喜ばしく思います。困ったことがあれば是非仰ってください」
ゴル先生も挨拶する。その後、学校の説明を兼ね、校内を案内し、歩きながらこれからの事を三人で相談した。まず更なる男子生徒の受け入れの為の教室の増築、作業場の拡張、女子生徒のための新規教室と作業場の建設。女の子達には砂糖の製糖と生産法を確立させた紙の生産をしてもらおうと思う、等を話し合った。議論は夜になるまで続いた。どれくらいの生徒を追加で受け入れるか、増えた生徒を教える教師の手配はどうするのか、形成木炭の生産や製糖、製紙事業の利益で学校の運営は賄えるのか、学校の今後をどう考えているのか、この町を学術都市にしたいのだ、とか。
この日より数週間後、教室と施設の準備が出来た事により、追加の男子生徒60人、女子生徒40人、リアさんの紹介とゴル先生の紹介による教師、5名の受け入れが完了した。この頃には、この農地も村、というよりはむしろ町に近づいてきた。除塩も少ないながらも石灰が到着したことにより、北、西側、両方の農地が徐々に使用可能になりつつある。穀物でも塩害に強い大麦を作付してみようとコール達は考えてるようだ。またウルクからの避難民も順調にこの町に住み始めて来ている。
「で、町の名前だけど、何にするか決めた?」
数日おきにしている集会でウルクの長老から提案があった町の名前の事を、町を一緒に見回っているシャムシに尋ねる。
「ラリアにしようと思ってるんだけど、どう思う」
家の建築作業を見ていたシャムシが俺の方を見て答える。
「ラリアね、いい響きじゃないか」
町の名前を口に出しながら、同意する。
「上流の湖の名前を使っただけだけどね、ここらの農地は全て感慨用水はその湖に因るからね」
なるほどね。
「これで長老連中に会う度に早く決めてくれって言われなくて済むようになるな」
名前の無い町に住みたくないと思う気持ちは理解できる、が。
「ようやくこの町にも木工工房や鍛冶屋が出来たんだね。ああ、話は変わるんだけど、あの学校、バビロンの住人や家の住人の子供達も通えるようにしてほしいって要望が有ったよ。そうだよね、学費要らないんだから、他の学校が妬み始めるよ、このままだとそろそろ」
厄介な話だ。全然考えもしなかった。
「そんなこと、考えてもみなかったな。どうしようか」
少し考えてシャムシが答える。
「今の彼らの言い分だと、子供達に酷い労働をさせてるって感じだね。労働免除の代わりに学費を取る、とか制度的に言っておけば言い訳にはなるんじゃないかな。あんまり深く考えなくてもいいと思うけどね。いざとなったらニムロデ達に助けてもらえばいいんだよ」
「それもそうか」
「そうそう。それより除塩うまくいってるの?」
「まあまあ、うまくいってるよ。大麦を作付出来るくらいまでには回復してきたよ」
「それは凄いな」
こう言う他愛ない会話をしながら名前が決まったラリアの町を見回りながら、俺達は情報交換をしていくのだった。




