第1章 転移 第10話
あんな話をして夜更かしした次の日の朝、朝飯を食べたあとシャムシがイシュナ、ニムロデと一緒に俺の部屋に来た。
「イシュナ達に昨日の話を掻い摘まんでしてあげたんだけど、これからのことを決めたいんだ」
「ここでしてもいいのか?」
俺は回りを見渡しながら尋ねた。この国にお世話になって以来俺は王宮内のシン・ムバリド王に貸し与えられた区画の部屋を宛がわれている。しかし一様他国の王宮内ではあるので、ここでする話ではないかもしれない。
「そうだね、いつもの所でしようかと思うんだけど、今日の予定は大丈夫かい?」
「ああ、大丈夫だよ。じゃあ、すぐ出るかい?」
いつもの所とは、いつも砂糖や紙を作る作業している街中に借りている一軒家のことだ。実はお金が貯まるまで王宮の厨房を料理人たちが料理をしていない時に借りて砂糖を作っていたのだが、金が貯まった事と砂糖作りを長時間、それなりの量を作りたいという事で街中に家を借りたのだった。またこの家で他の色々な実験もしており、現在紙を作ろうと四苦八苦している。原材料で亜麻を使いたいのだが薬用、布地用等、用途が幅広く完成品の値段が高くなる、と言う問題点を抱えているのだ。
「そうだね、すぐいこう。いいかな皆」
「勿論です」ニムロデが元気よく答える。
「大丈夫ですわ、お兄様」イシュナも答える。
俺達は王宮から借りている家に馬で10分程で到着して中に入る。回りを警戒して家に入る。今回は城内を移動するだけなのでニムロデ側の護衛は二人と少なく、シャムシ達の護衛もいつもと違いニムロデ側と同じく二人である。一様イシュナはヤギトに狙われているから外に出るときは護衛が多い事が多い。護衛達を家の外に待たせて奥の部屋で話をし始める。
「さて、改めまして今後の事を話し合いたいと思います。朝話したように、今後あり得る事態にも対応出来るように色々と決めていきたいと思います」
皆シャムシの言葉を聞き逃すまいと身構える。
「それでまず何をする事にしたんだ? と言うか何処まで皆に話したんだ?」
いくら仲が良いといっても勢力の違うニムロデがいるのに、まさかメソポタミヤ統一が目的だと言う話まで話したのか?
「一様昨日の事はほぼすべてしたよ、メソポタミヤ統一の事も含めてね。大丈夫、裏切られない限り絶対に盟を違えることはないよ」
おいおい、話したのかよ。
「それでニムロデの方は良いのか?」
「構いませんよ、僕も父上も裏切ることはないでしょうし。大体、家の勢力、弱小ですよ。裏切れると思いますか? コウジ殿」ちょっと笑いながら自虐的にニムロデが答える。
「お前がそれで良いのなら、別に構わないよ」
弱小勢力だからこそ裏切る、って言う考えもあると思わなくもないけどね。
「取り合えず現状の確認から行こうか、今、僕が自由に動かせる人数は、いつも僕を護衛してくれている10人だけ、だよ。それに300シュケルを預金として、100シュルケを穀物相場に、共にジュナさんに預けているよ」
お金だけは多いな。シュルケはこの時代の貨幣で銀のことだ。1シュルケとは一個の銀の塊である。この時代メソポタミアは穀物本位制であるが、大きな取引には銀を使用している。余談だが正式にはシュケルの事をギンと言い、最初イシュナにシュケルを見せられた時に銀と言ったことで商人と勘違いされた、なんて事もあった。1シュルケは大麦1グル、約300リットルぐらいだと思う。麦飯を炊いた時に自炊してた時の感覚から計算した想像ではあるがそれほど間違っていないと思う。
「私は預金500シュルケ、各相場に合計400シュルケ持ってるわ。当然ジュナ叔母さんの所にだけどね」
お前もお金だけは有るな。前にも言ったが相場が既にこの時代に存在し、シャムシもイシュナも相場にジュナさんに教えられて手を出している。
「僕は自由に動かせる人もお金も有りません」
これがこの時代の常識である。当たり前だが王子や、ましてや王女が、商人の真似事をする、なんて事はあり得ない。この二人が異常なのである。護衛も都市の中にいる内は大量に付けることもない。
「俺は月3シュルケ、砂糖を卸す事によって稼いでいるけど、貯金はない。紙の開発、家賃等で全部持っていかれてる」
「お金だけは大きな町の年間予算に匹敵してるんだけどね。問題はこれをどう使い、目的に近づくかだねか、だね」
問題はそこだな。現状の持ち駒は確認できたけど、その次か。
「取り合えずにはなるけど、現状の各都市の戦力状況について確認しても良いかな?」
「そうだね、その確認も重要だね。父が動かせる戦力は、逃げる前の半分にも満たない歩兵8000、騎兵500、チャリオット100くらいだと思うよ。兄上はおそらく歩兵1000、騎兵350で残存地域を防衛してると思う。まあヤギトがあまり支配地域を広げるつもりがないのも、少数での防衛が成功している要因だと思うけどね。一方ヤギトは過去マリ上流の都市との抗争で40000程の兵力を動員してるから最大動員数はそこら辺だと思うよ」
目当てがイシュナだからな、領土を得てもしょうがないと思ってるのかもしれないな。
「僕の家の戦力は歩兵30000、騎兵2000、チャリオット600程が限界です。特に歩兵は、今動員を掛けてないので4000程が各国境に配置されています。イシン・エシュヌンナとは講和が既に成立しており、ウルとラルサを警戒する兵力配置になってるらしいです」
ニムロデは、こう言う話をすらっと出来る所を見ると、賢い子であると確認できるな。ついでに敵側の兵力はどれくらいなんだろう?
「ウル、ラルサ両市の戦力はどれくらいなの?」
「ウルもラルサも精精35000ぐらいじゃないかな。ただお互いに敵対してるからすぐにこちらに来ることはないよ」
ニムロデが答える。この時代の諜報活動は活発である。例えばマリ。過去、上流の都市国家を攻めるた時動員した兵力は合計40000であることが知られている。何故か? 答えは商人が情報を収集したためである。勿論、都市国家も諜報活動はしているが商人の情報網は非常に優秀である。基本この地域は水運で流通を賄っており、それを一番利用しているのは商人だと言うことなのだろう。流通と情報の関係は言うまでもないことだろう。
「イシンは35000、エシュウヌンナは40000程を動かせると思うよ。マリは前にも言ったけど40000動かそうと思うと動かせるみたいだね」
回りの勢力に対して自勢力が兵力的に余裕があるのか、ないのか、微妙だな。連携されると不利になるけど、連携出来れば有利になる。まあ、連携出来るなら既にしているようにも思えるが······
「さて、これを踏まえて、どう思う?」
ようやく問題の核心に入ってこれた。そうだな、やっぱり拠り所となる場所が必要かな。
「何をするにしても、拠点となるものがほしいね」
「拠点ですか? ここではダメなんですよね?」
ニムロデには拠点の重要性とそれを失うということが少しぴんと来ないらしい。
「拠点ね。人についてなら提案があるんだけど、ウルクから逃げてきた人達使えないかな」
ああ、ウルクからの避難民か。バビロン市の城壁の外に掘っ立て小屋を建てて住んでる人がいたな。不当に安く労働力を買い叩かれてる、と陳情を出してたな、たしか。問題は、場所か。
「問題は、拠点となる場所、だな」
「そうだね。うーん、あ。前言ってた気がしたんだけど、塩害ってどうにか出来るの?」
ん? 何かしらの候補地があるのかな?
「塩害ね。簡単ではないけど、可能ではあるよ」
「塩害って解決出来るんだ。お金になりそうだわ」
ぶ、ぶれないね、イシュナも。
それはさておき、塩害。現代社会の農業においても、社会においても塩害は非常に厄介な問題である。主に日本では台風や高波、津波といった原因で、乾燥地帯では水分の蒸発の後に、塩分の残留によって発生するものである。慢性的な塩害に対しては排水システム等を整備することにより予防が可能であるが、日本みたいに高波だとか、津波なんてのが原因の場合予防することも容易ではない。土壌に塩分があると何が問題かシャムシに聞かれたことがあるが、植物の根が十分に水を吸えなくなるだけでなく、土壌の単粒化を高めることになり、透水性が低下してしまう。その結果、排水不良による根腐れ、なんてことになる。ついでに単粒化を説明するのに苦労した。単粒化とは土壌の粒子がそれぞれ独立して結合せず、その間に関係性を生み出さない土壌のことで、空気や水が通れず根は伸びにくいし酸素不足にもなりやすくなる。除塩の方法だが石灰を土壌に投入する、真水で洗い流す、暗渠排水装置を作る、のどれか、または組み合わせである。まあ、現場を見てみないとなんとも言えないものではあるが。
「じゃあさ、バビロンの西方に捨てられた農地が有るんだけど。そこ、結構広くてさ、勿体ないなと思ってたんだけど、見いってみる?」
ほう、近くにそんな所があるのか。
「ああ、そうだな。見に行ってみよう」
「今から見に行くかい?」
今からか。別に構わないけど護衛、少ないよ。それにイシュナとニムロデはどうするの?
「まあいいけど、二人はどうするんだ?」
「あ。どうしよう。でも、早い方がいいよね」
忘れてたのね。まあ、早いに越したことはないけどね。
「じゃあさ、ニムロデとイシュナを王宮に送ったら行ってみようか?」
「ごめんね。二人とも」
シャムシが謝る。
「王宮に送るってくれるなら、護衛を連れていって一緒に行けるのでは?」
護衛の予定を無視したニムロデ君の御発言であります。が、一考の余地ありかな。みんなで見に行くべきだね。
「じゃあ、やっぱり王宮によって、護衛を引き連れて皆で行ってみよう」
こうして皆で農地を見に行くことにした。
ウルクとラルサの間違いを修正しました




