表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

3.観葉植物のジングルベル

 




 

 僕の名前はルシル=マーグス。

 マーグス商会の長男だ。


 全く商売に向いていないのに何故か商人になった父と、その手綱をガッツリ握り、振りまわす様に軌道修正する母と。

 そして長期留学していた姉を持つ、字面にしたらまあ、何処にでもありそうな四人家族だ。


 しかし、侮ってはならない。


 ピントのずれた父と、力技で事を成す母。


 そんな二人から生まれた姉は、その両方を引き継いでおり――……つまるところ、ヘンだったりする。



 嗜むのは乗馬と剣術。

 無類の本好き。


 ここまでは良い。


 しかし、いくらドレスが面倒だからといってそれを省略し、その結果、実家に縁談話(女性から)が来たら。

 その後、自身の行動を改めるのが普通だろう?

 なのに、姉上は気にせずラフな格好(僕の服に似たもの)を着て学園に行く。



「だってヒラヒラ、うふふ、おほほは嫌だもの」



 どうやら令嬢達との歓談を望んでいないらしい。



 そのくせ、自分は結婚出来るのかと悩んでみたり、今日のおやつはチョコレートケーキなのかを悩んでいたりする。(この二つが同列に語られている事に違和感を覚えた、そこのあなた! 同志です!! お友達になりましょう!!)


 まあ、そんなわけで。

 この少々ヘンな姉上にも遂に春が来まして。

 そうして、ようやく。今日の話が始まるのです。



◇◆◇◆◇



「ルシル……困ったわ」



 真冬の、ある日の事。

 口癖のように呟かれる姉上の『困った』。


 それは当人以外には実にくだらない事が多いのだが。

 しかし、もちろん。僕は姉上の話を聞く。



「どうしたの、姉上」



 周りからはシスコンと呼ばれる事もあるが、忘れちゃいけないのが僕の姉上がアリーシア=マーグスであるという事。この姉上を野放しにして受ける被害は、僕が健康になる(事態収拾の為、走りまわり過ぎて)以外あってはならない。



「クリスの奴が……じゃなくて。侯爵様が、今晩食事に行かないかって誘ってきたのよ」

「いいじゃないですか、ファーレン様は恋人なんですから」



 そう。このヘンテコ姉上に春を持ってきた奇特な方はファーレン侯爵様という。

 侯爵様は大層姉上に入れ込んでいて、馬術と、剣術の稽古以外では常に本を読んでいる姉を、先日隣町まで連れ出した(つわもの)だった。


 尊敬します、侯爵様……!

 恐らく、道中本ばかり読んで、相手にしてもらえなかっただろうに、懲りずにまだ姉上を誘ってくださるなんて……!!



「……ねえ、ルシル。聞いているの?」

「……はっ! すみません、姉上。なんでしたっけ?」

「だから。今回の食事、コース料理みたいなのよ。コースって料理と料理の間が開くじゃない? その間、きっと間が持たないのよ」

「ふむふむ」

「食事中だから本を読むわけにもいかないし、かと言って私は会話するの苦手だし……」



 驚きだ。

 姉上が相手を気遣う言葉を並べている。


 基本、家族と自分の趣味以外無関心な姉上が、ここまで侯爵様の事を考えているなんて。


 僕は続けて出た「……だから、面倒だから断っちゃおうかと思って」という言葉を無視して、「行くべきです」と、力を込めて言った。



「姉上。侯爵様は口下手な姉上も含めて好いてくれているのです。だから、心配入りません」



 侯爵様は(つわもの)

 姉上が来る日も来る日も本を読んで、ご自身の存在を視野に入れていなくても。

 こうして食事に誘って下さるのだから!


 ……はっ! ひょっとして、侯爵様はそちらの世界(・・・・・・)のお人なのかもしれない。

 だからこそ、性格に難ありな姉上を好んでいてくれるのだろうか!?



「……姉上! 侯爵様を満足させる為に、ずっと本を読んで下さいね!」

「読んでいると、結構な確率で邪魔してくるのだけど……」

「それが、いいんです!」



 姉上は「何が」と、首を傾げたが、その種明かしは僕がすべきではない。



「……で、ルシルは今晩の食事には行き、食事中以外は本を読みまくれってアドバイス?」

「ええ。読書中、時々お相手をして差し上げるのがよろしいかと」



 それに。と、僕は先日姉上に相談されていた事の解決案を提案する。



「……なるほど。でも上手く出来るか心配だわ」

「ならば、僕が影ながら見守り、必要とあらば援護します」

「まあ! それはいいわ!」



 「ルシルが居てくれれば安心」と笑う姉上に、僕も表情が緩む。



 僕としては、侯爵様と姉上がこのまま結婚する事を願っている。

 姉上には幸せになって欲しいし、侯爵様はとてもお優しい方だし。


 それは、侯爵様がそちらの世界の人である事を差し引いたとしても。全く問題にならないぐらい良い話なのだ。


 それに。姉上は。



「――面倒、だけど。クリスは、ウフフと笑うアリーシアが好きなのよね」



 ぼそりと愚痴る姉上は、自分がどれだけ恋する乙女の顔になっているのか気付いていない。


 面倒、とか。なんだかんだ言っても。

 

 要するに。姉上も侯爵様が好きなのだから。



◇◆◇◆◇



 ――どうしてこうなった。


 そう、抱えたくなる頭を何とか垂れずに、俺は目の前の女性を見つめる。


 彼女の名前はアリーシア=マーグス。

 数カ月前、俺達の住む国に帰って来た帰国子女。

 さばさばとした性格と、短い髪とラフな格好。その所為(せい)で、男だと勘違いされている学園の王子様的存在であり、俺の恋人でもある。


 念押ししておくが、彼女は女性。

 断じて男ではない。


 その彼女が誘った食事に来てくれた。

 当日の誘いはしぶしぶといった(てい)でやって来る彼女が、今日は普通の顔でやって来た(珍しい)。そうして移動中は本を読み(これは標準装備)、こうして食事をしているわけだが。


 その彼女が何故かそわそわしている。

 言うならば、期待と不安を織り交ぜた様な、そんな態度。(基本、無愛想なのでちょっとした変化でも分かる)


 俺としては、「どうしましたか」と聞く事が出来れば早いのだが、やはりそれは無粋というものだろう。聞いた途端、落胆する彼女が見える。


 もし彼女が、普通の令嬢だったら。

 今日という日(・・・・・・)を意識しているのではないかと想像できる。


 今日はクリスマスイブ。二人して食事。

 そして、世間的には婚約者同士だが、俺はまだ、自分の言葉でプロポーズをしていない。


 答え。プロポーズ待ち。


 ……うん。彼女に限ってあり得ない。



 そして、もう一つ気になる事がある。



 ルシル君。

 隣の観葉植物から、はしばみ色の髪が見えているよ。


 彼はこちらが気付いている事に気付かず、こそこそとこちらを(うかが)っている。


 何故だ。

 普段はこんな風について来たりしないのに。


 別に、見られて困る事をしようなどとは思っていないのに(そう、思ってないぞ俺は)、何故監視されるような仕打ちを受けねばならないのだ。


 普段より幾分ハードモードなデートをしつつ、俺は食後のコーヒーに手をつける。



「食事はいかがでしたか?」

「とても、美味しかったです」



 基本、彼女との会話は一問一答。


 ……大丈夫。

 これはいつもの態度。だから嫌われていないハズ。……きっと。


 そう心の中で自分を慰めつつ、俺は彼女に話題を振り続ける。


 「夜景が綺麗ですね」とか、「明日は寒いそうですよ」とか。

 中身のない雑談をしつつ、俺の言葉に反応してくれる彼女を見つめる。


 しばらくすると、彼女が本を読んでも良いかと言い出したので(これもいつもの事)、ラウンジに移動する。


 横並びの椅子に二人で腰かけ、思う存分彼女を見つめ。

 こっそりと、幸せを噛みしめる。


 彼女の何処が好きなのかと聞かれると、間違いなく俺は全部と答えるだろう。

 纏う雰囲気も、自分の好きな事に正直な事も。全部だと。

 こんな風に、入れ込む事の出来る相手に巡り合えた奇跡が、俺にとっては何にも代えがたい幸運で――……



 不意に。

 カサリ。と、音がした。

 その葉音は、リズミカルな音を(かね)で、ラウンジに響く。



「……あ! 何の話でしたっけ?」

「? 私は何も言ってないですよ?」



 両者沈黙。


 なんだこれ。と、突っ込みたくなる気持ちを封じ込め、慌てて本を読み出した彼女を見つめる。



 ――五分後。


 また、カサリ。と、音が鳴り。

 さっきと同じく、カサカサカサ~、カサカサカサ~、サワーサワーサワーと、葉のすれる音が聞こえ。



「……えっと! 話はなんでしたっけ?」

「いえ、何も言ってないです」


「「…………」」



 再び彼女は手元に視線を落とし、本を読み始める。

 それは先程と同様、何事もなかったように。



 ――更に五分後。


 やはり軽快な葉音と共に、彼女は突然こちらに声をかけ。また、本を読み出した。


 静かなラウンジの中。

 定期的に鳴り始める軽快な葉音と、ページを捲る音だけが響く。



「…………」



 ……なあ。ルシル君。

 これは一体何の合図なんだい?


 チラリと自分の死角にある観葉植物を見れば、やはり、というか。

 先程見た、はしばみ色の髪が大きな葉の隙間から覗いており。

 五分経てば、その大きな葉が軽快にリズムを刻み始める。


 観葉植物になりきっている彼から合図は、間違いなくアリーシアを動かしていた。

 

 しかし、当然の事ながら。

 これが何の合図なのか分かる訳もなく。

 

 俺は五分置きに送られてくるサワサワ通信を受け、不自然なまでにこちらに声かけしてくる彼女の相手をするという、なんとも間抜けたイブの夜を過ごしたのだった。



◇◆◇◆◇



 翌朝。



「上手くいきましたね! 姉上!」

「ええ!! ルシルのお陰よ!」



 朝食時にて。

 自身の仕事をやり遂げた僕と、悩みを二つ(・・)解決した姉上は、元気よくハイタッチした。



「彼は喜んでくれたかしら?」

「ええ、間違いなく!!」



 僕は自信満々に答える。


 いつも本を読むのに集中しすぎて、侯爵様の存在を忘れている姉上。

 そんな姉上が、常に侯爵様を気にして、五分置きに声かけをするという奇跡!


 ――そう! これは、姉上から侯爵様へのクリスマスプレゼントだったのだ!!



「彼は物欲がないみたいだから、プレゼントは難しいって悩んでいたの」

「世の中、物だけがプレゼントじゃないんです」

「さすが、マーグス家の長男!! 良い事言うわ!」



 にこやかな笑顔を浮かべる姉上。

 それを見て満足する僕。


 いやあ。良い事をした朝って清々しいね!



 姉上の困り事が減り、今日もマーグス家はゆるーく、まったりと世界に存在する。


 そんな僕達姉弟は知らない。

 昨夜侯爵様が、「カサカサ通信……!」と、うなされていた事実を。






【3.観葉植物のジングルベル  〈帰国子女アリーシアの困りごと編〉 おしまい】




お読みいただきまして、ありがとうございます!

葉音はジングルベルの曲調に合わせてお読みください(笑)


まだ、クリスマス短編は続きます(*^_^*)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ