3.観葉植物のジングルベル
僕の名前はルシル=マーグス。
マーグス商会の長男だ。
全く商売に向いていないのに何故か商人になった父と、その手綱をガッツリ握り、振りまわす様に軌道修正する母と。
そして長期留学していた姉を持つ、字面にしたらまあ、何処にでもありそうな四人家族だ。
しかし、侮ってはならない。
ピントのずれた父と、力技で事を成す母。
そんな二人から生まれた姉は、その両方を引き継いでおり――……つまるところ、ヘンだったりする。
嗜むのは乗馬と剣術。
無類の本好き。
ここまでは良い。
しかし、いくらドレスが面倒だからといってそれを省略し、その結果、実家に縁談話(女性から)が来たら。
その後、自身の行動を改めるのが普通だろう?
なのに、姉上は気にせずラフな格好(僕の服に似たもの)を着て学園に行く。
「だってヒラヒラ、うふふ、おほほは嫌だもの」
どうやら令嬢達との歓談を望んでいないらしい。
そのくせ、自分は結婚出来るのかと悩んでみたり、今日のおやつはチョコレートケーキなのかを悩んでいたりする。(この二つが同列に語られている事に違和感を覚えた、そこのあなた! 同志です!! お友達になりましょう!!)
まあ、そんなわけで。
この少々ヘンな姉上にも遂に春が来まして。
そうして、ようやく。今日の話が始まるのです。
◇◆◇◆◇
「ルシル……困ったわ」
真冬の、ある日の事。
口癖のように呟かれる姉上の『困った』。
それは当人以外には実にくだらない事が多いのだが。
しかし、もちろん。僕は姉上の話を聞く。
「どうしたの、姉上」
周りからはシスコンと呼ばれる事もあるが、忘れちゃいけないのが僕の姉上がアリーシア=マーグスであるという事。この姉上を野放しにして受ける被害は、僕が健康になる(事態収拾の為、走りまわり過ぎて)以外あってはならない。
「クリスの奴が……じゃなくて。侯爵様が、今晩食事に行かないかって誘ってきたのよ」
「いいじゃないですか、ファーレン様は恋人なんですから」
そう。このヘンテコ姉上に春を持ってきた奇特な方はファーレン侯爵様という。
侯爵様は大層姉上に入れ込んでいて、馬術と、剣術の稽古以外では常に本を読んでいる姉を、先日隣町まで連れ出した兵だった。
尊敬します、侯爵様……!
恐らく、道中本ばかり読んで、相手にしてもらえなかっただろうに、懲りずにまだ姉上を誘ってくださるなんて……!!
「……ねえ、ルシル。聞いているの?」
「……はっ! すみません、姉上。なんでしたっけ?」
「だから。今回の食事、コース料理みたいなのよ。コースって料理と料理の間が開くじゃない? その間、きっと間が持たないのよ」
「ふむふむ」
「食事中だから本を読むわけにもいかないし、かと言って私は会話するの苦手だし……」
驚きだ。
姉上が相手を気遣う言葉を並べている。
基本、家族と自分の趣味以外無関心な姉上が、ここまで侯爵様の事を考えているなんて。
僕は続けて出た「……だから、面倒だから断っちゃおうかと思って」という言葉を無視して、「行くべきです」と、力を込めて言った。
「姉上。侯爵様は口下手な姉上も含めて好いてくれているのです。だから、心配入りません」
侯爵様は兵。
姉上が来る日も来る日も本を読んで、ご自身の存在を視野に入れていなくても。
こうして食事に誘って下さるのだから!
……はっ! ひょっとして、侯爵様はそちらの世界のお人なのかもしれない。
だからこそ、性格に難ありな姉上を好んでいてくれるのだろうか!?
「……姉上! 侯爵様を満足させる為に、ずっと本を読んで下さいね!」
「読んでいると、結構な確率で邪魔してくるのだけど……」
「それが、いいんです!」
姉上は「何が」と、首を傾げたが、その種明かしは僕がすべきではない。
「……で、ルシルは今晩の食事には行き、食事中以外は本を読みまくれってアドバイス?」
「ええ。読書中、時々お相手をして差し上げるのがよろしいかと」
それに。と、僕は先日姉上に相談されていた事の解決案を提案する。
「……なるほど。でも上手く出来るか心配だわ」
「ならば、僕が影ながら見守り、必要とあらば援護します」
「まあ! それはいいわ!」
「ルシルが居てくれれば安心」と笑う姉上に、僕も表情が緩む。
僕としては、侯爵様と姉上がこのまま結婚する事を願っている。
姉上には幸せになって欲しいし、侯爵様はとてもお優しい方だし。
それは、侯爵様がそちらの世界の人である事を差し引いたとしても。全く問題にならないぐらい良い話なのだ。
それに。姉上は。
「――面倒、だけど。クリスは、ウフフと笑うアリーシアが好きなのよね」
ぼそりと愚痴る姉上は、自分がどれだけ恋する乙女の顔になっているのか気付いていない。
面倒、とか。なんだかんだ言っても。
要するに。姉上も侯爵様が好きなのだから。
◇◆◇◆◇
――どうしてこうなった。
そう、抱えたくなる頭を何とか垂れずに、俺は目の前の女性を見つめる。
彼女の名前はアリーシア=マーグス。
数カ月前、俺達の住む国に帰って来た帰国子女。
さばさばとした性格と、短い髪とラフな格好。その所為で、男だと勘違いされている学園の王子様的存在であり、俺の恋人でもある。
念押ししておくが、彼女は女性。
断じて男ではない。
その彼女が誘った食事に来てくれた。
当日の誘いはしぶしぶといった体でやって来る彼女が、今日は普通の顔でやって来た(珍しい)。そうして移動中は本を読み(これは標準装備)、こうして食事をしているわけだが。
その彼女が何故かそわそわしている。
言うならば、期待と不安を織り交ぜた様な、そんな態度。(基本、無愛想なのでちょっとした変化でも分かる)
俺としては、「どうしましたか」と聞く事が出来れば早いのだが、やはりそれは無粋というものだろう。聞いた途端、落胆する彼女が見える。
もし彼女が、普通の令嬢だったら。
今日という日を意識しているのではないかと想像できる。
今日はクリスマスイブ。二人して食事。
そして、世間的には婚約者同士だが、俺はまだ、自分の言葉でプロポーズをしていない。
答え。プロポーズ待ち。
……うん。彼女に限ってあり得ない。
そして、もう一つ気になる事がある。
ルシル君。
隣の観葉植物から、はしばみ色の髪が見えているよ。
彼はこちらが気付いている事に気付かず、こそこそとこちらを窺っている。
何故だ。
普段はこんな風について来たりしないのに。
別に、見られて困る事をしようなどとは思っていないのに(そう、思ってないぞ俺は)、何故監視されるような仕打ちを受けねばならないのだ。
普段より幾分ハードモードなデートをしつつ、俺は食後のコーヒーに手をつける。
「食事はいかがでしたか?」
「とても、美味しかったです」
基本、彼女との会話は一問一答。
……大丈夫。
これはいつもの態度。だから嫌われていないハズ。……きっと。
そう心の中で自分を慰めつつ、俺は彼女に話題を振り続ける。
「夜景が綺麗ですね」とか、「明日は寒いそうですよ」とか。
中身のない雑談をしつつ、俺の言葉に反応してくれる彼女を見つめる。
しばらくすると、彼女が本を読んでも良いかと言い出したので(これもいつもの事)、ラウンジに移動する。
横並びの椅子に二人で腰かけ、思う存分彼女を見つめ。
こっそりと、幸せを噛みしめる。
彼女の何処が好きなのかと聞かれると、間違いなく俺は全部と答えるだろう。
纏う雰囲気も、自分の好きな事に正直な事も。全部だと。
こんな風に、入れ込む事の出来る相手に巡り合えた奇跡が、俺にとっては何にも代えがたい幸運で――……
不意に。
カサリ。と、音がした。
その葉音は、リズミカルな音を奏で、ラウンジに響く。
「……あ! 何の話でしたっけ?」
「? 私は何も言ってないですよ?」
両者沈黙。
なんだこれ。と、突っ込みたくなる気持ちを封じ込め、慌てて本を読み出した彼女を見つめる。
――五分後。
また、カサリ。と、音が鳴り。
さっきと同じく、カサカサカサ~、カサカサカサ~、サワーサワーサワーと、葉のすれる音が聞こえ。
「……えっと! 話はなんでしたっけ?」
「いえ、何も言ってないです」
「「…………」」
再び彼女は手元に視線を落とし、本を読み始める。
それは先程と同様、何事もなかったように。
――更に五分後。
やはり軽快な葉音と共に、彼女は突然こちらに声をかけ。また、本を読み出した。
静かなラウンジの中。
定期的に鳴り始める軽快な葉音と、ページを捲る音だけが響く。
「…………」
……なあ。ルシル君。
これは一体何の合図なんだい?
チラリと自分の死角にある観葉植物を見れば、やはり、というか。
先程見た、はしばみ色の髪が大きな葉の隙間から覗いており。
五分経てば、その大きな葉が軽快にリズムを刻み始める。
観葉植物になりきっている彼から合図は、間違いなくアリーシアを動かしていた。
しかし、当然の事ながら。
これが何の合図なのか分かる訳もなく。
俺は五分置きに送られてくるサワサワ通信を受け、不自然なまでにこちらに声かけしてくる彼女の相手をするという、なんとも間抜けたイブの夜を過ごしたのだった。
◇◆◇◆◇
翌朝。
「上手くいきましたね! 姉上!」
「ええ!! ルシルのお陰よ!」
朝食時にて。
自身の仕事をやり遂げた僕と、悩みを二つ解決した姉上は、元気よくハイタッチした。
「彼は喜んでくれたかしら?」
「ええ、間違いなく!!」
僕は自信満々に答える。
いつも本を読むのに集中しすぎて、侯爵様の存在を忘れている姉上。
そんな姉上が、常に侯爵様を気にして、五分置きに声かけをするという奇跡!
――そう! これは、姉上から侯爵様へのクリスマスプレゼントだったのだ!!
「彼は物欲がないみたいだから、プレゼントは難しいって悩んでいたの」
「世の中、物だけがプレゼントじゃないんです」
「さすが、マーグス家の長男!! 良い事言うわ!」
にこやかな笑顔を浮かべる姉上。
それを見て満足する僕。
いやあ。良い事をした朝って清々しいね!
姉上の困り事が減り、今日もマーグス家はゆるーく、まったりと世界に存在する。
そんな僕達姉弟は知らない。
昨夜侯爵様が、「カサカサ通信……!」と、うなされていた事実を。
【3.観葉植物のジングルベル 〈帰国子女アリーシアの困りごと編〉 おしまい】
お読みいただきまして、ありがとうございます!
葉音はジングルベルの曲調に合わせてお読みください(笑)
まだ、クリスマス短編は続きます(*^_^*)