1.笑顔を守るトナカイ
『さんたさんへ
こんにちは さんたさん。
とても とおくに すんでいると きいたので いそいでおてがみを かきました。
わたしは あすたしあおうこくにすむ みりあという おんなのこです。
いっしょに たくさんの おともだちと べんきょうしています。
さんたさんは となかいさんと くりすますに ぷれぜんとをもって あいにきてくれると おともだちから ききました。
そのひから がっこうは そわそわ しています。
みんな とても たのしみに しています。
でも わたしは きいてしまったの。
せんせいたちが 「さんたさんは これないかも」 と おはなししていたのを!
ねえ さんたさん。
さんたさんは きてくれるよね?
わたしには ぷれぜんとは いりません。
ただ みんなに あいにきてください。 おねがいします。
ふぃりあ こどものいえ みりあ より』
◇◆◇◆◇
「――なあ、ユウリィ。頼み事があるんだ」
王城のある一室にて。
定時連絡を終えた俺は壁に背を預け、声をかけた。
相手は自身の護衛騎士であるユリウス=セクト。
アスタシア王国第二王子である俺には幾人かの護衛騎士が仕えており、その中の一人である。
「フィーのその切り出し方は、城下の事?」
堅苦しいしゃべり方を止め、愛称で呼ぶ――……それは雑談の始まり。
俺達がこの方法を取るようになったのは、お互いの立場を尊重し公私の分別をつける為。それは幼馴染みであり、仲の良い友人でもある俺達に必要な事だったが、時々、昔の様に気安く話したいと思ってしまう。
(――いや、それ以前に)
俺は壁から背を離し、振り返る。
眼前に在るのは当然の事ながら壁。
しかし、ユリウスの声は間違いなくこの奥から聞こえくるのだった。
護衛騎士というのは厳密にいうと二種類の役職を指す名称である。
公に任務を遂行する者。公に姿を晒さず任務を遂行する者。
前者は護衛騎士、後者は仮面護衛騎士。通称仮面騎士と呼ばれている。
俺の前に姿を見せないユリウスは、言わずとも後者。
仮面騎士は同じ護衛騎士でも、華やかさを求める貴族には不人気極まりない役職で、その理由は「公に姿を晒せない」ことにあるのだが、当の本人は願ったり叶ったりと喜んでいる、ある種の変わり者だった。
まあ、その実のところには少々事情があるのだが――。
「――ああ。ユウリィにしか頼めない話だ」
幼馴染みで、護衛騎士。そして。
「ピンときた! また俺に女装させる気だろう!?」
「お前のは女装じゃないって、何度言ったら分かるんだ」
男装令嬢。
それが彼女――セクト家三女、ユリウス=セクトが公に出る事を望まない理由であった。
「フィーの頼みはそんなんばっかり!!」
「適任がいるのに、頼まない理由はないだろ?」
頼み事の内容を的確に悟ったユリウスは不満げな唸り声を上げている。
一方俺としても、女性に頼みたい事を別の護衛騎士に依頼する気もない。もちろん彼らは俺が頼めば女装もしてくれるだろうが……正直、そんなものは見たくもない。
「……拒否権はあるの?」
「聞くのか、それを?」
ニヤリと笑みを含んだ声で返せば、明らかに落胆した溜息が聞こえてくる。
これは絶対眉尻を下げて困った顔をしているに違いない。
白壁の奥にある困り顔を想像し、クツクツと笑いが漏れる。
本当はその顔を直に見たかったが、それは当日のお楽しみに取って置こうと決める。
(ああ。彼女の顔を見るのは何カ月振りだろう?)
会える事を疑わない俺は、笑みを深める。
なんだかんだと言って彼女は、俺の頼みを断れないお人よしだった。
◇◆◇◆◇
『ユウリィにしか頼めない話』
こういう場合、十中十回が女装依頼である。
過去、これ女装の必要ないんじゃ……という案件もあったが、それを頼んできたフィリップはどこ吹く風。私はもれなく女装をする羽目になる。まあ、本当の性別は女なので、彼は女装じゃないといつも訂正してくるけど。
「はぁ。イヤすぎる」
鏡に映る自分を見て、激しく違和感を覚える。
普段男装しかしない為、どう考えても似合わないのだ。
我がアスタシア王国には仮面舞踏会という名の仮装舞踏会が存在する。
それは貴族だけの催し物だった舞踏会を民にも楽しんでもらおうと、身分全てを取っ払ったパーティーだ。
優雅に仮面をつけて身分を隠し楽しむ者。
衣装のみ仮装し、雰囲気を楽しむ者。
被りもので役になりきり楽しむ者。
時にフィリップは何食わぬ顔でこの中に紛れ、民の情報を集める。
皆もまさか王子が紛れているとは思わず、お祭り気分に浮かされて普段思っている事をぽろりと零してくれる。そういう本音を聞ける事が良いのだとか。
まあ、それはさておき――……。
「いっそ、『となかい』のきぐるみの方が良かった。……温かいし」
私は今、仮装している。
それは最近話題の『くりすます』にやって来る、『さんたさん』の姿。
「じゃあその格好を殿下にしていただくんですか?」
私の着替えを手伝ってくれた侍女マリーの鋭い一言。
彼女は私の全身を見て、「それはあんまりです」と、フィリップの肩を持つ。
「まあ、たしかに。この格好をフィーにさせたらお婿にいけないよね」
「何処で覚えたんですか、その言葉。……いずれにしろ、ユリウス様がお気になさらねば良い話です」
「こんな格好ぐらいで私とフィーの友情は壊れたりしないけど……」
それとお婿の話に何の関係が?
そう首を傾げれば「後で私の愛読書をお貸しいたしますわ」と、彼女はフフと笑う。
……うん。良く分かんないけど、まあ、いいか。
私は椅子に腰かけ、この仮装をせねばならなくなった経緯を思い出した。
事の発端はフィリップの元に届いた一通の手紙。
何故か第二王子に届いたそれは、フィリア子供の家に通うミリアという少女から。
つたない文字で綴られた文面は『さんたさん』に会いに来てほしいという内容。
「――『自分のプレゼントはいらないから、みんなに会いに来てほしい。』か」
「けなげな子ですね、そのミリアちゃんは」
本来の業務からかけ離れたお願いの手紙は、最近姪っ子ができたと大喜びの護衛騎士ミラーが運んできたという。
彼の事だから私情を挟んだ訳ではないけれど、関係ないと言って無下に破り捨てる事など出来なかったに違いない。それには私も同感。
「フィーも見て見ぬふりは出来ない達だからね」
「殿下はお優しいですからね」
「私にはちょっと意地悪な気がするけど?」
「それはアレですわよ」
またも、マリーはフフフと笑う。
いや、さっきからいまいち分かんないんだけど。
彼女の生温かい笑顔を見れば、なんとなくロクでもない気がして。
うっかり突っ込めば、さらに面倒な事になりそうな。たとえばそう、藪蛇。そういう感じがするのだ。
「まあ、こういう話なら協力を惜しむ理由はないかな」
「なんだかんだと言って、ユリウス様もお優しいですからね」
褒めても給金は上がらないよ?
貧乏男爵家の家計を甘く見てもらっちゃ困る。
そう思った事が顔に出たのか、「お金が欲しいだけならば、もっと別の仕事をしておりますわ」と、暗にこの仕事が好きだとマリーから先手を受ける。
参った。
時々良く分からない事をいう彼女だけど、こういう事はハッキリ言ってくれるから照れてしまう。
「誰かの役に立てるっていうのは、うれしいもんね」
「そうですわ。ユリウス様」
不意に壁掛け時計が鳴った。
そろそろ待ち合わせ場所へ向かわねばならない時間だと、私は立ち上がる。
ふわりと柔らかな感触が頬を掠め。ふと、自分の姿を思い出す。
真っ赤なワンピースに、ふわふわのブーツ。
ワンピースの襟元や裾、袖口は真っ白なファーで覆われている。
胸元のボタンもミルクの飴玉の様に真ん丸で、頬を掠めたファーはとんがり帽子の先端についているものだった。
これは『さんたさん』の服装らしいのだが、どう考えても若いうちにしか着られない服だと思う。それに、寒い。
一部の噂では本来、『さんたさん』が子供達にプレゼントを配る時間帯は深夜らしい。こんな真冬の深夜だなんて、本物の『さんたさん』は強靭に違いない。
「『さんたさん』って、一体何者なんだろうね……」
「夢の対象はいつでも不思議に包まれているものです」
妙に説得力のあるマリーのセリフに、私はただ頷くのであった。
◇◆◇◆◇
ユリウスにこの件を持ちかけた後。
俺達は『第二王子の使い』という身分で、少女ミリアの願いを叶えるべく、フィリア子供の家に足を運んだ。教師はミリアが手紙を出した事実を知り、とてつもなく恐縮していたが、同時にとてもうれしそうにしていた事が印象的だった。
「子供達が喜びます」
それを聞いた俺達は俄然やる気が出てきた。現金なものである。
数度の打ち合わせの後。
『クリスマス』の前日にプレゼントを持って行く事が決まり、ようやく迎えたその当日。
ユリウスの、その姿を一目見た俺は、今すぐ彼女を抱きしめ持ち帰りたくなった。
「あはは! フィーの『となかい』似合ってる!!」
そんな俺の心内など察しない彼女は、大げさに笑い転げる。
いよいよ本番を控えた俺達は、用意された控室にて、お互いの格好を披露していた。
寒いからと言って、ロングコートを羽織っているその下から見えたのは真っ赤なワンピース。
ミラーに一任した『サンタさん』の衣装は、俺にとっては眼福といってよい代物で、所々についている白いファーが可愛らしい姿を強調させる。
そうして何よりも。
ちらりと見えた白い足は近年稀に見るご褒美だった。
(……可愛いな、ユウリィ)
今日のユリウスは明るい茶色の髪と琥珀色の瞳。
これは本来の彼女の色ではなく、変装している姿。
仮装の上、変装。
そうしなければならない理由は、彼女が仮面騎士だからである。
俺としては彼女の瞳の色が違っても、その真ん丸な瞳を見つけられる自信がある。
髪の色が違っても、その声が違っても同じ事。
王都には沢山の人がごった返しているが、すれ違えばどんな姿だって見つけてみせる。もちろん、男装でも女性の姿でも。
途端、胸がきゅうと苦しくなる。
女性の姿をしているユリウスを見るのは数カ月ぶりで。
普段キリリとした騎士の制服に身を包んでいると知っているからこそ。そのギャップにはいつも目を奪われる。
ユリウスを見つめていたい。
それは、想いが溶け込む溜息を、そっとつきたくなるほどに。
「……ユウリィも、似合ってる」
これぐらいなら許されるだろう。
様々な気持ちを押し込め言葉にしてみれば、「お世辞言ったって無駄よ、基本的に女装はお断り」と、彼女は相手にもしてくれない。
「だからお前のは……」
「わーわー! 聞きませんよー!!」
……ったく。
鈍感ユウリィ。自分の魅力に気付けっていうの。
まあ、こんな姿を他の男には見せたくないし、女性の姿は封印気味でもいいだろう……って。
「……ここって男性教員がいたか!?」
「へ? 知らないよ、そんな事」
危機感の欠片もないユリウスは「どうしてそんな事を?」と言いたげな声を上げる。
しかし次の瞬間には「何か、思う事があるの?」と、低い声で問うてくる。その表情は笑みを潜めた騎士の顔。
「あ、いや……ただ、思っただけだ」
そういう意味ではない。
入らぬ心配をさせたくなくてそう言えば、ユリウスは「なーんだ。ビックリした」とニコリと笑う。
それを見た俺は彼女に見惚れる。
ユリウスは強い。
それこそ王子の護衛騎士に実力でなれるほどに。
しかし、こんな無防備なところを見るたびに、俺はとても心配になってしまうのだった。
◇◆◇◆◇
フィリア子供の家とは、城下に住む子供が通う学校の一つである。
常に人が居る貴族の屋敷とは違い、夫婦共々働いている場合が多い城下では、昼間子供を見てくれる場所は大変貴重であると聞いている。
同じ年ごろの子供達を一斉に教育する場所は、俺にとって目新しく、そして羨ましくもあった。
「……だから城下の人達は団結力があるのね」
「貴族にも学び舎を作っても良いかもしれないな」
男爵令嬢であるユリウスも、王子である俺も基本的には教師が屋敷に来て学ぶという形をとっている。それが一概に悪いとは思わないが、もっと改良の余地はありそうだ。
あれこれ今後の展望について語り合っていると、部屋がノックされ一人の女性が入って来た。
彼女はフィリア=アストン。フィリア子供の家の責任者だ。
「ユーリさん。フィンさん。今日は本当にありがとう」
「いえいえ! 全くお気になさらず!」
愛想良く笑みをバラまくユリウスにちょっぴり不安が募る。
フィリアが女性で良かった。そして、本当に男が居なきゃいいんだけど。
ユリウスとフィリアは最終確認をしている。
そもそも『クリスマス』というのは、ここ数年でアスタシア王国に入って来た文化の一つ。
『クリスマス』の前日に当たる『クリスマスイブ』の夜に、『サンタさん』と呼ばれる可愛い女の子が、 『トナカイ』と呼ばれる鹿のぬいぐるみを大きくした二足歩行の動物と一緒に、子供達へプレゼントを持ってくるという話らしい。
とてつもなく遠い国の文化なので詳細は分からないのだが、つまるところ、いい子にしていた子供達へのご褒美的な催し物だと認識している。
「こんな可愛らしいサンタさんが来てくれて、子供達とっても喜ぶと思います」
「えへへ……ありがとうございます」
「フィンさんも、本当にありがとう」
「いえ。お役に立てて光栄です」
俺の事を『第二王子の使い』と信じて疑わない彼女は、気さくに声をかけてくれる。
その柔らかな表情は、幼いころ絵本を読み聞かせてくれていた乳母のような、そんな温かさを感じる笑顔だった。
遂に時間がやって来る。
フィリアがドアノブに手をかけ、俺達を振り返った。
「さあ! サンタさん! トナカイさん! 子供達のところへ行きましょう!!」
彼女の瞳はキラキラ輝いていて、夢見る少女のようだった。
それはこれから一歩踏み出す世界への、期待の表れ。
俺とユリウスはどちらが誘った訳でもなく、手を取り合った。
「「はい!」」
お互い顔を見合わせ、ニコリと笑い。そして、夢の世界へと飛び込んだ。
◇◆◇◆◇
俺達は童話の世界から飛び出して来た存在だった。
丁度、部屋の中では別の教師が子供達に読み聞かせをしているようで、良く通る女性の声が聞こえてくる。
一体何のお話を聞かせているのかと、耳をそばだてていると、突然、フィリアが扉をノックしたのだ。
コンコンコン。
「まあ、こんな時間にだあれ?」と、絵本のお母さんのような声色が返って来る。
すると部屋の中では「だれかな?」「アスタ先生かな?」「いーや、シア先生じゃない?」と、子供達の声も聞こえてくる。
恐らくこれはお話にない展開なのだ。
声を上げる子供達は思いつく限りの名を呼び、扉を開けて誰かが入って来るのを待っている。
しかし、フィリアはちっとも扉を開けない。
その動きはこちらが焦れてしまうもので、早く子供達の前に飛び出してしまいたくなる。
しばらく、そんなむず痒い思いをしながら待機していると。
「ねえねえ、ひょっとして『さんたさん』じゃない?」
遂に子供達から名を呼ばれ、俺達は同時にフィリアの顔を見る。
もちろん「部屋に入っていいか」の意味だったが、彼女は唇の前で人差し指を立て、「まだよ」と目で語る。
「『さんたさん』だよ!」
「ええー? そうかなあ?」
「そうだよ! 今日は『くりすます』だもん!」
「今日は『くりすます』の前の日!」
「前の日だから、『さんたさん』?」
「きっと、『となかい』もいっしょだよ!!」
口々に話す子供達の声で、部屋の中は大騒ぎ。
最初は違うよと声を上げていた子も、「さんたさん……?」と、呟く様になり、次第に声は『さんたさん』と『となかい』コールに変わってゆく。
「『さんたさん』、『さんたさん』、『さんたさん』!」
「『となかい』さん、『となかい』さん、『となかい』さん!」
今度こそ。
そう思い、再びフィリアの顔を見て。
俺とユリウスは手をつないで教室へ飛び込んだ。
「「「「「『さんたさん』と『となかい』さんだーーーーー!!」」」」」
大歓声に包まれ、俺達はその役になりきる。
「さあ、みんな!! いい子にしてたかなっ?」
「「「「「はーい!!」」」」」
そこからはあっという間だった。
俺達の飛び込んだ部屋は夢の世界に様変わりし、子供達と一緒に遊び回る。
運動能力の高いユリウスは、走りまわったり飛び跳ねたり大忙しで。時に、きぐるみで素早く動けない俺を挟んで、子供達と笑い合う。
いつの間にか加わった教師達も交え、俺達は暫し子供に戻りその時を楽しんだ。
歌を歌い、思うままに踊り、そうして皆で笑い合う。
ああ。なんて心地良い世界なんだ。
いつまでも続く事を願いたくなるような――……夢の時間が、そこにあった。
俺はきぐるみの中で一人思う。
――そうさ。続けて見せよう。
王族として、皆の笑顔を守る手伝いは、きっと出来る筈だから。
本当は子供のささやかな願いを叶える為にやって来たハズなのに、俺はとても大きなモノを頂いてしまった。
それは『次期国王』ではない『王子』という立場で、この国の為に最善を尽くしたいと思う気持ち。
子供も大人も、大切な彼女の笑顔も。
きっと守って見せるから。
◇◆◇◆◇
夢の様な時間を過ごした俺達は、皆の笑顔に見送られ、フィリア子供の家を後にしていた。
終始、子供達と遊び回っていたユリウスに疲れの色はなく。外気の刺す様な冷たさに、ぼやくのかと思いきや、それもなく。
ロングコートに身を包んだ彼女はスキップでも始めそうな位、軽い足取りで歩いていた。
「楽しかったね」
「ああ」
前を見ながら呟くユリウスに、俺もそちらを見ずに答える。
彼女がぐっと背伸びをした。うっかり隣を見てしまった俺は、普段なら「まだか……」と、彼女を追い抜けない身長に拳を握りしめる思いなのだが、今はそんなちっぽけなプライドより幸福感に満たされていた。
子供達の願いを叶えられた事。
自国を大切に思う気持ちを再認識できた事。
それは、一通の手紙から始まった幸せの連鎖。
手紙をくれた少女ミリアが、とても楽しそうにしてくれていた事も。俺に幸福感を与えてくれた事のひとつ。
そして、密かな想いを抱く俺にとって、一番の幸せは。
「よかったね、フィー」
弾んだ声が良く聞こえ。
隣を見た俺の視界に飛び込んできたのは、晴れ晴れとしたユリウスの笑顔。
屈託のないその表情はキラキラしていて。俺とって最高のプレゼントだった。
「そうだな」
きゅっと、切なくなる心に、想いを閉じ込めて。
俺はいつか来るその日まで、自身を磨く事を決意する。
そうして俺達はまた歩き出す。
不意に。
「あ」とユリウスが声を上げた。
隣を見れば彼女は空を見上げ、手を伸ばしている。
「雪だよ、フィー」
空に舞う粉雪を掴み、すっと解けゆく姿を見て。ユリウスは笑みを深めた。
「雪が降る『くりすます』を、たしか『ほわいとくりすます』って言うんだよね?」
「ああ、そうだったな」
「来年の『くりすます』も楽しみだね」と、気の早い事を言うユリウスに苦笑しつつも、来年も再来年もこうやって過ごせたらいいなと心から願う。
胸の中で着実に育ってゆく甘い想いは、自身を焦がしつつも、それを上回る幸福感で俺を満たす。
――見慣れている雪も、ユリウスが笑えば特別になる事を。彼女はまだ、知らない。
「ユウリィ」
俺は大切な彼女を呼び、目を細める。
「メリークリスマス」
【1.笑顔を守るトナカイ <アスタシア王国の男装令嬢編> おしまい】
お読みいただきましてありがとうございました!!
次話投稿は本日中です!
お暇がありましたらまた見に来て下さいね(*^_^*)