朝食
二日前の朝食についてはきちんと食べた。
〈O〉
〈〈あなたは昨日、朝食を食べましたか〉〉
【〈A〉食べた】
【〈B〉食べなかった】
【〈C〉半分食べた】
〈A〉
起きて、歯を磨き、顔を洗って、着替えて家を出ていく。至って普通な朝だろう。私のほかに誰がこんなことを改まって書くのだろう。こんなことぐらいしか書くことがないのだ。それぐらい生活は単調で、部屋は埋められない空間で一杯だった。家具はと言えば、箪笥と食器棚と古びたオーブンぐらいのものだった。
皆、今日も労役として陣地建設をやらされていた。ひたすら土を運んで積み上げていく。コンクリートを流し込む作業をしている人も見かけた。壁は日に日に高くなっていった。今まで敵だった者たちが町を闊歩するのを許したばかりか、彼らを厳重に守るのにおとなしく協力しているのはどうにも納得できなかった。しかし仕方なく毎日彼らに従っていた。
【〈E〉へ】
〈B〉
雲の低い朝だった。まだ夜の明けきらない頃だったが、目が覚めるともう二度寝は出来なかった。もうずっと前から何も食べておらず、喉も乾ききっていた。食卓に残されたパンを見るや、貪り食った。パン屑が床に落ちたが気にもならなかった。
水は部屋を出て階段を降り、暫くいかなければ手に入れられなかった。建物の入り口にある共用の水瓶は例の通り空っぽだった。井戸の釣瓶で水をポリタンクに汲んで持ち帰った。部屋から水筒を持ってきて、ポリタンクから水を汲んだ後、残りを水瓶に注いでからその場を去った。
皆、今日も労役として陣地建設をやらされていた。ひたすら土を運んで積み上げていく。コンクリートを流し込む作業をしている人も見かけた。労役の代りに彼らからもらえる昼食が楽しみだった。
【〈D〉へ】
〈C〉
昨日の夕食の残りのスープがあったので、パンを半分と一緒に食べることにした。スープはすっかり冷めていてお世辞にもおいしいとは言えなかったが、ないよりはましだった。わざわざ水を汲みに行く必要がないし、何よりお腹が膨れた。
朝食の後、労役の陣地建設の現場までの道中、きちんと作業をすれば、温かい昼食にありつけると思うと楽しみだった。
【〈I〉へ】
〈D〉
夕方まで作業は続いた。配給される昼食にありつけたので、きちんと作業をこなすことが出来た。しかし、食料は明日の朝食は配給されなかった。
【〈A〉へ】
〈E〉
朝食をどうしたのか、忘れたころにやって来た空腹のためにまともに作業が出来なかったので、昼食の量を減らされた。そればかりか、明日の朝食は配給されなかった。
〈〈あなたは一昨日朝食を食べましたか〉〉
【〈B〉食べた】
【〈L〉食べなかった】
〈F〉【〈O〉へ】
〈G〉
翌朝、パンの増殖は止まっていた。二つとも昨夜の大きさそのままをとどめていた。小皿を出してきて、一口分ずつ千切って心行くまで食べた。しかし、パンは大して減らなかった。
同じ階のある部屋を訪ねた。といっても、今ではこの階で有人なのは二部屋しかなかった。他の部屋の住人は彼らが来る前にこの街を出たか、彼らに殺されてしまった。その部屋には母一人娘二人の家族が暮らしていて、ただで配給を受けられていた。まだ幼い長男を兵役に出したためだという。ただ、配給は十分でないというのを聞いたことがあったので、パンを持って行った。
パンは肉になった。
あの家は以前話をした時より幾分ましな生活を送るようになっていた。長女が兵士に嫁ぐことになったらしい。それで配給が増えたそうだ。大した量の肉ではなかったが、一人で少しずつ食べるような量でもなかったので、友人の家にもっていった。
肉は酒になった。
友人から聞いたところによると、街の外から中に通じる秘密の地下トンネルがあるらしい。食糧も酒も麻薬も武器も、何もかもがそこを行き来して交換されるそうだ。
【〈H〉へ】
〈H〉
朝の夕陽を浴びながら、気持ちが昂っていくのを感じていた。さっきから物音が止まないのだ。外の兵士たちが忙しく動き回っている様子が手に取るようにわかった。
壁の絵を外したり、ピアノを吹き飛ばしたりして、思いもよらない所から兵士たちを伴った将校が出て来てあれこれ尋問するのを待っていた。そしてその将校が――出てくるならば――ごく身近な知り合いである、と思いこんでいた。
しかしそんなことは起こりようがなかった。兵士たちは窓を蹴破って部屋に入り、パンを血で染めただけだった。
〈I〉
翌日の朝食は支給されなかった。
翌朝、食卓の上でパンが増殖していた。食卓にパンがくっついていた。引っ張ってみると、パンは練り消しゴムのように粘りながら千切れた。口に含むとやはり粘り気があって、火が通っていないのがはっきりわかった。
〈〈あなたは生のパンをどうしましたか〉〉
【〈J〉飲み込んだ】
【〈K〉飲み込まずに戻した】
〈J〉
生のパンを飲み込むと、今まで気にならなかった空腹感が襲い掛かってきた。パンを手でむしり取って口に運んだ。
気付けば壁のパンを平らげ、その場に座り込んでいた。今までのことが何もなかったようだった。空腹感は完全に消え失せ、体中が弛緩し、瞼が少しずつ重くなっていった。抵抗する理由は何もなかった。その場に横になった。
【〈A〉へ】
〈K〉
口内のパンをその辺にあった平皿に戻して、シンクの中に置いておいた。壁のパンを半分ほどむしり、オーブンに入れて焼いた。パンが焼き上がるのをオーブンの前に持ってきた椅子に座って待った。パンが焼ける芳醇な香りのことしか考えられなかった。
頃合になってオーブンを開け、大きくゆっくりと息を吸い込み、香りを喫した。息を吐き出して、オーブンからパンを取り出した。パンは甘かった。ジャムでも練りこんであるのではないかと思うような、果実の香りがした。
変わった味のパンのおかげで労役も順調に進んだ。
家に帰ると、パンはもっと増殖していた。机上のパンは机に大きな影を形作っていた。元々明かりのない部屋は暗かったが、西日がパンを照らしていた。平皿の上のパンは机上のそれの比ではなかった。もはや平皿もシンクも見えなくなっていた。もうどこにもないのかもしれない。
【〈G〉へ】
〈L〉
飢えで目が覚めた。もう長い間十分な食事をしていない。しかも机の上にはパン屑しか残っていない。喉が渇き切っていたので、井戸に水を汲みに行った。しかし、途中で周囲が変色し、ぼやけて、上下左右に揺れた。その後、空しか見えなくなった。眼は空をきちんと見据えて動かなくなった。