折れない翼のワイバーン
日は既に沈み始め、地平線は赤く染まり始めていた。
行く手には厚い雲が見え始め、まるで彼ら飛行隊の運命を暗示するかのように暗く染まっていた。
「そろそろ行程は半分といったところか。幸いにもここまで何もなかったが、ここからは敵の拠点も間近だ。気を引き締めるように」
先頭を飛ぶのは耳長の女性――エルフと言ったほうが通りがいいだろうか――ヴァレリー。
彼女が乗る銀色に輝くワイバーンの鱗が、夕日を反射し美しく輝いていた。
「そんなもの、お前に言われなくてもわかってる。だいたい、なんだその偉そうな態度は? あんたはたまたま便宜的に先頭に選ばれただけだろう。偉そうな口を叩かないでもらいたいね」
彼女を追うワイバーンが3騎。
1騎――緑色の、小型のワイバーンを操るのがこれまた小柄なゴブリンの男だ。名をブルックスと言う。
「……その点に関しては同意だ。エルフの下に着くなんぞ誰が認めるか」
殿を務めるのは、朱色の大型のワイバーン。
乗り手は壮年のドワーフ、ハートリー。
「まあまあ、今更そんなことを言っても始まらないでしょう。……それより、平穏な楽しい飛行は終わりみたいよ。ほら、遊び相手が2……3……4騎。あら、ピッタリじゃない」
そして、最後の1騎。黒色のワイバーンに乗るのは魅惑的な女性、キャリントン。人種は夢魔――いわゆるサッキュバス。
「けっ。楽しもう、か。気楽なこった。色欲で脳が焼き切れてるんじゃなのか?」
「あら、何事も楽しむにこしたことはないわよ。それじゃあ私は、一番右を狙うわね♪」
黒色のワイバーンは高度を少しずつ落としながら加速し、迫り来る敵ワイバーンとの距離を縮めていく。
「……では、儂は中央。正面だ」
「俺は好きにやらせてもらうぜ。流儀なんでな」
ハートリーとブルックスも乗騎を加速させ、敵編隊を迎え撃つ態勢を取る。
「お前たち、ツーマンセルで……ああもう、好き勝手に動いてくれて!」
遅ればせながら、ヴァレリーも戦闘の態勢を取った。
敵の魔法の矢が風を切っていく。が、風上から降下して速度を稼いでいる彼らには絣もしなかった。
最初に切り込んだキャリントンは狙った敵の魔法の矢をかわしながら、その軌跡を利用して狙いを修正する。
放った魔法の矢は見事翼に命中。
悶え苦みのたうち回るワイバーンの背に必死でしがみつく敵兵の胴体を――二発目の魔法の矢が正確に貫いていった。
「ふふん、一番槍ね♪」
「……」
続くはハートリー。
大型のワイバーンで悠然と、少しも慌てることなく迫っていく。
慌てながら敵のワイバーン乗りは魔法の矢を放ち――見事命中。
だが不運か、焦り故の判断ミスか。
もしこれが貫通力に優れた風の矢であれば有効打となりえたかもしれない。だが、残念なことに炎上を目的とした火の矢の貫通力ではかの強靭な鱗を貫けず、少しばかり焦がすに留まった。
敵のワイバーン乗りは舌打ちしながら、回避態勢に移る。
ハートリーの放つ魔法の矢を1発、2発とかわし、再びこちらの番だ、同じ轍は二度と踏まないと意気込んだ敵に――ハートリーの"二の矢"である投斧が頭部に突き刺さった。
ブルックスの小柄なワイバーンのウリは機動力だ。
異様な飛行ルートによって敵は狙いが定まらない。
そして、一瞬の高度の差による優位を確保した瞬間に――ブルックスは襲いかかった。
慌てて応戦するも、あまりのスピードの相手に当てることは能わず、明後日の方向に矢は飛んでいった。
そしてブルックスのワイバーンは鉤爪を敵の乗り手に引っ掛け、そのままワイバーンから引きずり下ろした。
悲鳴がほんの少しの間聞こえて、それっきりとなった。
「今頃奴はキスしてる頃だろうな、羨ましいぜ」
やや遅れながらも敵と相対したヴァレリーの戦い方は、まったくもって地味なものだった。
敵の交戦距離よりもかなり遠くから魔法の矢を撃ち始め、1発、2発。ようやく敵が杖を構えた瞬間には、3発目の魔法の矢が乗り手の眉間を貫いた。
「思ったよりあっけなく片付いたか。足を引っ張られなくて何よりだ」
「随分ナメた口利いてくれるじゃねえか。俺はお前らに速度を合わせてやってるってのによ」
「……儂はお前に合わせろといったつもりなどないがね」
「ほらー、みんなケンカしないの。1人より2人、3人よりも4人でしょ? 1人じゃキスも出来ないわ」
* * *
ワイバーン。
軍用、あるいはそれに準ずる飛行手段として最もポピュラーな選択肢だ。
翼竜はペイロードが小さすぎるし、ドラゴンはあまりにも高価で、"魔法の箒"の実用化は遠い。
そうしたいくつかの競合相手とくらべて、ワイバーンの乗騎中の安定性は中でも特筆すべきものだ。
乗り手は狙いをつけて魔法の矢やそれに準ずる攻撃手段を用いる事が出来る。まさに軍用に打ってつけの代物。
大量のものを輸送するには向かないものの、柔軟性のあるこの移動手段は個人レベルにおいてもしばしば活用されていた。
そうしたフリーランスのワイバーン乗りがたまたま4人ほど、工房都市ユリシーズに居合わせ――都市の重鎮による緊急の依頼を受けた。
「あの悪鬼どもと戦う最前線の都市サイラスはこの指輪を欲しています」
依頼主は、工房都市ユリシーズから100ファレルヒほどの都市サイラスへの指輪の輸送を頼んだ。
「あの都市の加護は、ここの工房で作られたこの指輪の魔力によって成り立っています。そのため、定期的に指輪の輸送が行われていました」
運ぶ量は4つ。そのうち1つでも届けばよいという。
「2ヶ月前にこの都市を発った運び屋は、音信不通となりました。私はそれが単なる事故だったと考えました。サイラスの魔力の予備にはまだ余裕がありましたから、残念ではあるが、しばしばある悲劇的な出来事だと」
事は緊急を要するとして、準備ができ次第向かって欲しいという依頼だった。
「先月指輪の輸送を任せた商隊は、ここを発った直後に襲撃を受けました。私は疑念を持ち、調査を開始しました。おそらく――唾棄すべき事に敵の内通者がいると」
こうして、寄せ集めの4人は即席の飛行隊を組むことになった。
「既にその内通者は処分されましたが――この工房都市の虎の子であるワイバーン隊の巡回ルートと日程を掴んでいたことを今際の際に漏らしました。指輪の緊急輸送任務には彼らが動員されるとみており、その芽を摘み取るために情報を前々から集めていたのでしょうね。彼らは命は取り留めたものの――忌々しいことにこの都市は独自の飛行戦力を失いました。これだけ手の込み入ったことをするのですから、彼らの狙いは加護が切れた都市サイラスの奪取と見て間違いないでしょう。指輪がなければあの都市を守り切るのは不可能。あの都市を守る加護はもって4日と聞いています。よって――あの都市の命運はあなたがたにかかっています」
* * *
「しかし、今思い出してもイラつくぜ、あの依頼主。少しは『本当はお前らのような無法者に重大な任務を頼むのはイヤ、イヤ、絶対にイヤ』なんて態度は隠せっつうの」
「お前のような薄汚れた流れ者に頼むハメになったとしたら、その気持ちがよくわかるだろうな」
「ほー、まるで私は他のフリーランスとは違うとおっしゃるみたいですな。流石エルフ様! いやあ、本場の高慢さが見れて光栄!」
「下品な種族は多いが、ゴブリンはその上口まで多いのだな」
「……儂から見れば、エルフも口が余分に動いているように見えるがね」
「いやあ、さすがドワーフ様。あなたがたの聡明さは知れ渡っており――」
「煩いぞ、ゴブリン風情が。儂らには皮肉が通じないとでも思っているのか?」
「まあまあ、皆さん仲良く、ね?」
異人種に対して蔑視を隠そうとしない光景は、この世界の各地に見られる。ある意味では普遍的な光景だ。
が、その中でも異質に見られるのが一人、この場にいた。ヴァレリーはまじまじと見ながら呟く。
「……しかし、サキュバスのフリーランス・ワイバーン乗りとは珍しい」
「ワイバーン乗りどころか、繁華街の外でサキュバスで生きていけるってことを初めて知ったよ、俺なんか」
「種族で語るのはやめましょうよー。私は単なるセクシーフリーワイバーンライダーのキャリントンよ」
「そんでもってちょっとエッチな?」
ブルックスが茶々を入れる。
「そう、ちょっとエッチな」
「ヒュー! 最高だぜ! この仕事が終わったら是非お付き合い願いたいもんだぜ!」
「……ふん。まさに堕落しとるな」
「お前たち、無駄口はいいが仕事の時間だぞ」
「……お前さん、リーダーを気取りながら、儂らが気付いてないと思うのは間抜けもいいところだぞ」
進行方向。文字通り暗雲が立ち込める先には、行く手を遮るワイバーンの群れ。
正面はやはり最も厚く敵が配置されているように見える。
それに比べると右はやや薄く――左はぽっかりと穴が空いている。
「ちと多すぎるな。迂回と行くかね?」
「いいだろう。私は右だ」
「じゃあ、俺も右」
「……右だ」
「うーん、私も右かしらねえ」
「それじゃ散開にならんじゃないか!」
あまりの統率のとれなさに思わずヴァレリーは声を上げる。
「あの隙間、いかにも誘い込んでる感じじゃん? ……あっ、もしかしてエルフのおねーさん、煩い俺らを捨て石にしようとした? いいねえ、フリーランスらしい冷酷さ!」
「迂回を促したのはお前だろうが」
「そうだったな。俺っちうっかり。とはいえまあ、意見は辛くも一致したってことで」
「無駄口をたたくな、行くぞ!」
「結局強行突破か。まったく、作戦もなにもありゃしない」
「天運に賭けるってのも悪くないんじゃなーい、ヴァレリーちゃん」
4騎はほとんど一斉に、右方面の敵に食らいついた!
突然の襲撃に敵の乗り手は驚いたのか、一瞬、迷いが生じる。彼らは、その隙を逃すような乗り手ではなかった。
「雲を通過して振り切る。行くぞ!」
瞬時に無力化された敵ワイバーン隊を尻目にヴァレリーは先頭を突き進み、上空に広がっていた雨雲へと突っ込む。視界は大きく制限されるが、それは敵も同じ。
うまく雲の中を縫って進み――頃合いを見計らって降下して抜けたときに敵の姿はなく、振り切ることに成功した。
「ギャンブルには勝てたみたいね~」
「振り切れたか。だが、随分遠回りになってしまったか……」
「致し方ないとはいえ、濡れたのはマイナスだな。おー寒、囲炉裏でも持ってたりしない?」
「行くぞ。少しでも今のうちに距離を稼ぎたい」
夕日は身を隠し始め、夜の帳が迫っている。
無論、彼らは夜間飛行の訓練は受けている。だが、夜間飛行ともなれば当然飛行速度は落ちる。光が差す間に距離を稼いでおきたいというのは当然だ。
だが、それには敵の脅威が迫っていないという条件の上では、というおまけがつく。
「敵は随分必死だな。我々を叩き落とすのに随分と力を注いでいるようだ」
「やれやれ、貧乏くじかね。命あっての物種、いっそこの指輪の換金先でも考えて……今、見られたか」
軽口を叩いていたブルックスは一瞬の気配――地上の煌きに気付き雰囲気を変えた。
同様にキャリントンも、それに気付いたようだ。
「地上の勢力圏にめいっぱい哨戒網を貼ってるみたいね。今気付けたのはマシかしら? 双眼鏡の反射光で気付けたけども、流石に夜はそういうわけにはいかないから」
「彼奴らめ。仕事が早い」
背後に6騎。
おそらく、一行を見つけた哨戒役から連絡を受け、最も近くにいた隊が駆けつけたのだろう。
「振り切れん。一戦交えるしかない」
ヴァレリーは憎々しげに呟くと、ブルックスは反論した。
「おいおい、あいつらと遊んでる暇なんてないぞ。もし俺達が軍隊なら誰かを一人足止めとして置いていくんだろうが、俺たちは金に魂を売った流れ者、そういうわけにもいくまい。ここは指輪の輸送を諦め――」
「儂が残ろう」
そうハートリーは言い、指輪をすぐ隣りにいたブルックスに投げ渡した後、ワイバーンを反転させ応戦準備を整えはじめた。
慌てた様子ながらも指輪を受け取ったブルックスは呆然としている。
「おっさん、マジで言ってる?」
「無論だ。早く行け」
「俺が言うのも何だけどさ、俺達にそんな義理なくね?」
「今も残ってるかわからんが、荒鷲の要塞亭の蜂蜜酒は絶品でな」
ハートリーはポツリと呟き、続けた。
「もしサイラスに戻れたら、あの蜂蜜酒を真っ先に飲むと決めていた――行け! 時間は我々の敵だぞ!」
「……行くぞ! 居場所がバレた今迂回など無意味だ! 最短距離を突っ込む!」
ヴァレリーが気勢をあげて、ワイバーンを加速させた。
ブルックスとキャリントンも、渋々と言った表情でそれを追う。
敵6騎の集中攻撃。
魔法の矢がハートリーのワイバーンに突き刺さる。
が、致命傷には至らず。ハートリーのワイバーンは雄叫びを上げた。
最初の一撃は、単なる体当たり――ただし、ワイバーンの体格差は2倍だ。
あっさりと弾き飛ばされた乗り手は、衝撃で気でも失っていたか。そのままワイバーンの背を滑り落ち、滑落していった。
そして同時に、体当たりを仕掛けた相手の逆側をハートリーが狙う。
回転しながら迫る投斧は敵のワイバーンの左目に直撃した。
痛みに暴れるワイバーンをなんとか宥めようとするが、乗り手はしがみつくだけで精一杯だ。
暴れまわるワイバーンに巻き込まれるのを防ぐため、残りの敵方の4騎は距離を取った。
その瞬間に、ハートリーはその一辺に襲いかかる。
距離を取り連携が弱くなったか、周囲3騎の魔法の矢はまたしても有効打になりえなかった。
が、襲いかかった正面の1騎。流石に距離も近く狙いやすかったか。
魔法の矢はハートリーの右耳を奪っていった。周辺も当然大きく傷つき、大幅に視界は悪化した。まさしく有効打。
だがその代償は大きいぞ、と言わんばかりか。すれ違いざまに放った火の矢は乗り手に直撃し炎上し、そのうちに暴れながら落下していった。
残り3騎。
これなら上手くやれば――そう考えていたハートリーは、自身の甘さを痛感した。
遥か遠くにワイバーンの群れが見えた。まさか味方なわけはないだろう。
随分と時間を稼いだ。儂もなかなかよくやっただろう。そろそろ死に時か。
ハートリーを取り囲む敵のうち1人がいつのまにか斜め上の高い位置で陣取っている。
まさに絶好のポジションだ。杖を構え、ハートリーを狙い――
振り下ろす前に、彼の心臓を魔法の矢が貫いた。崩れ落ちたところにダメ押しとばかりにもう一発。
「愚か者め」
「あのさー、サキュバスって誤解されてるけど、別に誰とでも寝るわけじゃないからね。食ってれば死なない飯だけ食うことを選ぶ人なんていないじゃん。食べるなら美味しいものを食べたいし、サキュバスだって食う相手は選びたい――」
「来るぞ。まずは2騎!」
「何が言いたいかって言うとー、アンタってナイスガイよ」
敵との距離を細かく調整し、有効射程のギリギリの位置を保つ。
相手が焦れて放ってきた無駄玉の弾道を参考にして、カウンターの致命打。
キャリントンの十八番だ。
2騎はまともに命中も期待できない距離から魔法の矢を放つが――当然外れだ。
そして、返す一閃。キャリントンとハートリーが一撃で仕留めた。
「うわー、いっぱい来るわねー」
「儂が壁をやる。受けた魔法の矢の弾道の見切りは任せた」
「はいな。ま、安心してよ。地面に落っこちて、万が一息があったら」
二人は、迫り来る敵の大群に向けて杖を構えた。
「迫り来る奴ら、全員籠絡してやるわ!」
* * *
「見えた」
「ああ」
夜の帳は既に降りている。
立ち込めていた暗雲は大雨を地上に降らせ、低空を進む二人を容赦なく濡らす。
ヴァレリーとブルックスは、ついに都市サイラスを視界に収めた。
だが。
「面倒なおまけがうじゃうじゃいやがるな」
「突破するしかなかろう」
「気楽に言ってくれるねえ」
二人は躊躇せず、突撃の態勢を取る。
「なあ、あいつら。本当にアホだよな。この稼業、命あっての物種だろうに」
「命よりも大切なものはある。私は何度もそう教えこまれた」
「軍でか?」
「……私の出身は、そんなにわかりやすいか?」
「烏合の衆相手に二人一組を組もうなんて馬鹿正直に言うのは軍人ぐらいさ」
「……軍には辛い思い出ばかりだ。だが、ワイバーンに乗るのは本当に楽しかった。だからか……結局、こんな稼業に流れ着いてしまった」
「わかるさ。俺も大好きだからな」
「そうか。わかるか」
「ああ」
敵はまず目前に8騎。加えて、周辺から彼らを見つけた報せによって集まり始めているだろう。
「おい、合わせてやる」
「?」
「だから、やってやるっていってるんだ!二人一組!俺が前、お前が後ろだ、いいな?」
「……ああ!」
速度を緩まず2騎は敵の群れに突っ込んだ。
猛スピードにも関わらず、射撃の名手であるヴァレリーはアウトレンジから魔法の矢を1発放ち、見事左肺を抉り取った。
矢面に立つブルックスは敵が魔法の矢を放つ瞬間を察知し――天性の勘によるものだ――急降下して全てを見事躱す。
ブルックスを狙った弾道を見て、修正を加えた魔法の矢をブルックスをカバーする位置についていたヴァレリーが放つ。2人目。
急降下していたはずのブルックスはすぐさま高度を回復し――側面から敵の真上に回り込んだ。
そして再び、急降下。
1人目はワイバーンの体当たりを直接食らう。
ワイバーンとワイバーンならともかく、生身の人間が直接喰らえば、たとえ相手が小型でも無事ではすまない。
2人目はそのついでとばかりに、鉤爪を顔面に突き刺した。彼は両目を失い、戦闘はもはや続行不可能となった。
そして3人目は――腹に押し付けられたブルックスの魔法の矢の接射を受け、即死した。
「悪いな、俺は射撃が下手でね」
まさに神業だ。
後は乱戦、2騎vs3騎だが、相手が悪い。
本人はハナから命中を期待していないが、相手からしてみれば無視できないポジションにつけ、頻繁に移動しながら撹乱する。
その動きと弾道を見ながら、ヴァレリーが狙撃し――終わってみれば4倍の敵相手に完勝だ。
「あと少し、あと少しだ」
「荒鷲の要塞亭までか? 確かに楽しみだ」
そう、あと少し。あまりにも厳しい状況が続いた直後に、一瞬光が見えた。
見えてしまった。
夜間と大雨であまりにも悪い視界は、歴戦の二人をもってしても目を曇らした。
地上から突如飛び立ったワイバーン。奇襲だ。
「ッ!」
真下から放たれた矢は、ヴァレリーのワイバーンの翼を撃ちぬいた。
驚きながらも冷静にヴァレリーは正確に弾道を見切り――しっかりお返しをした。
「おい」
「なんだ」
「私の指輪と、キャリントンに渡された指輪だ。持っていけ。振り返るなよ。なにせお前は、私達に速度を合わせていたのだろう?」
「あと少しだろ、蜂蜜酒はどうした」
「翼がやられた。まともに速度は出ん。敵に先に追いつかれる……ほら、来たぞ!」
大雨の中、一瞬の雲の隙間に月明かりが射し――敵のワイバーンの群れを映し出した。
「おい、ヴァレリー!」
「なんだ」
「お前を待ってる間の酒代は、お前の報酬から差っ引くからな!」
「ああ。そうしてくれ」
ブルックスのワイバーンは翼を広げ――そして、彼らに速度を合わせていたというのが軽口でなかったことを証明するかのごとき速さで飛び去った。
「奴ら、間抜けもいいところだな」
ヴァレリーは杖を構えた。
敵は――おそらく、周辺の全ての隊がここに突っ込んできている。
おおよそでも20騎はいる。
「私相手に、月明かりを背にするとは」
その後、少しして――雨が上がった。