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Solanum lyratum  作者: モモンガもどき
本編(鈴花視点)
7/30

Ereignis

その日は新学期を迎えてすぐ、ちょうど2週間後の日曜日のことだった。


「祥平さん!次あの店行きましょうよ!」


「おい!急に走るなよ。こけるぞ。」


「ふふ、大丈夫ですよ!」


去年くらいから2人で出かけることが増えた私たちは、その日も2人で買い物をしに街に出て来ていた。





「祥平さん!これどうですか?」


私は試着室を出ると、祥平さんの前でくるりと1回転して見せる。淡い黄色のシンプルなワンピ。でも背中が変わっていて、腰のあたりがリボンのようになっていて、ウエスト部分から軽くレースになっている。私にしては少し大人っぽいデザイン…


「…うん。いいんじゃねぇーか。」


祥平さんは私を見て数秒固まると、すっと視線を逸らしながらぶっきら棒にそう答えた。顔がほんのり赤くなっているようにも見える。

おっこれは…成功?

その表情を見て私は笑みを深める。


「ふふ、じゃあこれ早速買ってこようっと!祥平さんは服買わないんですか?」


わざと祥平さんが困ると知っていて、そのまま祥平さんの顔を近くからのぞきこんでみる。

祥平さんは私がわざとやってると気付いてか、私に対して鋭い視線を向けてきた。その瞬間、あまりにも至近距離で目があってしまい、私のドキリッと心臓が跳ね上がっる。


「っ!」


さっきまで祥平さんをからかっていたのは私だったはずなのに、何故か私のほうがドキドキして動けなくなってしまう。

…お互いに見つめあったままどれくらいの時間が経っただろう。

じっと私のことを見つめていた祥平さんが急に困ったように笑う。


「何してんだ?その服買うんだろ?」


「えっ…あっそうです!あっえっとー。着替えてきますね!」


そういうと私は恥ずかしさを隠すために一気に試着室へと駆け込んだ。







「本当に祥平さんは服買わないんですか?」


「さっきTシャツ買ってただろ?」


「たった2枚じゃないですか!」


「まだ着れる服はたくさんあるんだからいいんだよ。」


「大学って私服ですよね?絶対着るもの足りなくなりますよ?」


そんなことを私の意見もあっさりスルーされ、また2人でぶらぶらと街を歩く。新学期シーズンということもあり、街にはたくさんの人で賑わっていた。


「あっ!祥平さん、クレープ屋さんですよ!食べましょうよ!」


「あっこら!」


道の反対側に見えたクレープ屋へ走り寄ろうとした私は、祥平さんに手をつかまれてぐっと引き寄せた。そのすぐ横を数人の子供たちがすごい勢いで走っていく。


「ったく。ちゃんと周り見ないと怪我するぞ。…ほら、クレープ行くんだろ?」


祥平さんはそう言うと、私の手を握ったままクレープ屋へと歩き始めた。私はそれがなんだか嬉しくて、軽くその手を握り返した。







そのあとも買い物は続き、帰路についたのは結局午後5時を回った頃だった。

2人でたわいもないことを話しながら歩いていると、急に空からポツリと雨が降り始めた。それは次第に強くなり、10分もしないうちに本格的なものへと変わっていった。


「天気予報では雨なんて言ってなかったのに…」


とりあえず避難した店の屋根の下で、困ったように呟く。髪や服は雨で濡れ、今日の買い物の紙袋もすごいことになっている。


「…ここから俺の家近いんだけど、雨宿りしていくか?」


「えっ?」


突然の祥平さんの提案に思わずびっくりしてしまう。

確かに私の家まではここからどう頑張っても30分はかかってしまうし…しばらく雨は止みそうもない。さすがにこのまま止むのを待つのはなぁ…


「いいんですか?お邪魔しちゃって?」


「俺はかまわない。」


「じゃあ、お邪魔します。」


そうして、私は祥平さんの家で雨宿りをさせてもらうことになったのだ。






「お邪魔します…」


「気にしないで上がってくれ。今タオル持ってくる。」


祥平さんの家は小さめの一軒家だった。瀬菜さんの家のすぐ2つ隣り。

そういえば、祥平さんの家来るの初めてだな…

思わずぼーっとそんなことを考えていると、上から何か被せられた。


「さっさと拭け。風邪引くぞ。」


祥平さんに声をかけられそれがタオルだと気がついた。私は黙って濡れていた髪などを拭き始める。


「…その格好だと風邪引くな。ちょっと待ってろ。」


そう言って祥平さんが階段を上がろうとしたとき、


「祥平?帰ったの?雨ひどいけど振られなかっ…」


1人の女性が階段横のドアを開けた。私よりちょっと背が大きいくらいの優しそうな人だ。しかし、その人は私のことを見ると目を見開いて固まったのだ。

知らない人がいたから驚いたのかな?

そう思った私はなんのためらいもなく「こんにちは」と挨拶をする。


「母さん、この子は前に言ってた…」


「なんであなたがここにいるのよ。」


祥平さんが口を開いたすぐ後に、鋭く低い声が聞こえた。

目の前の祥平さんのお母さんはそう言うと、入ってきたときの表情とは一変してすごい形相で私のことを睨んでいる。


「あの…」


「母さん?なに言って…」


「また奪いにきたの!?今度は祥平なの!?ふざけないでよ!!」


彼女の声は一気にヒステリックなものへと変化していく。


「出ていって!出てってよ!!あんたのせいであの人は!あの人だけじゃなくて、祥平も奪うっていうの!?やめて!!帰って!!今すぐ消えてよ!!」


そういうと彼女は私のことを突き飛ばした。とっさのことに対応できず、思わず尻餅をつく。


「母さん!なにしてんだよ!落ち着いてくれ!」


「いやーーー!出ていって!消えて!!」


ヒステリックに叫び続けるお母さんを祥平さんは必死になだめようとリビングのほうへ戻そうとしている。

呆然とそれを眺めていると…祥平さんと目があった。

その険しい表情に、思わずビクリと体が震える。


「今日は帰ってくれ……関わんないほうがいい……もう…また連絡する。」


それだけ言うと彼はお母さんをリビングに連れて引っ込んでしまった。

私はそれを呆然と見送ると、そのまま黙って祥平さんの家を後にした。






家へ帰るとお手伝いの田中さんが血相を変えて飛んできた。


「鈴花さま!なんてことでしょう!びしょ濡れじゃないですか!!」


でも、今の私にはそんなことどうでも良かった…私にはそれよりも先に確かめないといけないことがある。


「田中さん、お母様は今どこ?」


呆然と尋ねると、田中さんは少し驚いたように「書斎ですが…」と小さく答えた。私はそれを聞くと、そのまま2階にある書斎へと直行した。

ノックもせずに、扉を勢いで開ける。


「…鈴花。ノックもせず、そんな格好で…一体どういうつもりですか?」


そう答えるのは私と全く同じそっくりな顔の女性。少し年をとって、無愛想なこと以外を除けば全く一緒と言っても遜色のない人が書類へと目を傾けている。


「…お聞きしたいことがあります。原田さんという方をご存知ですか?」


その言葉に彼女は顔を上げた。自然と目線が絡み合う。


「…どこの原田さん?」


「たぶん、あなたの愛人関係の方だと思うのですが?たぶん長身、グレーがかった瞳をした…」


祥平さんとさっき見たお母さんを比較して、違う部分だけを上げていく。


「…そんな男のことなんていちいち覚えてないわよ。」


彼女はそう言うと興味をなくしたように書類へと目を戻す。


「確かに…そんな男を手酷く振ったかもしれないけど。たかが過去の男よ。もう関係ないでしょ?」


それだけ言うと彼女はもう用はないというように田中さんに指示して私を退室させた。

詳しくはわからなかった…けど、母の言葉で確信した。

母が…祥平さんのお父さんになにかしたこと。そのせいで…祥平さんの家族を傷つけたことを。

そして…少なからず祥平さんはそのことを知っていたことを…

あの最後の辛そうな、険しい表情が頭から離れなかった。



「ごめんなさい…」


部屋に着くと、私は崩れ落ちるように座り込んだ。なにも知らずに苦しめた。なにも知らずにまた追い込んだ。なにも知らずに…




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