Strudel
テントや望遠鏡のセットも終わり、みんなが夕飯を食べて終わった頃。
私は1人外れて、森の近くで空を見上げて寝転んでいた。
遠くの方でにぎやかな声が聞こえている。
「鈴花ちゃん?なにしてるのっ?」
上から覗きこむようにして滝さんが話かけてきた。
「ちょっと、1人でぼーっとしてただけですよ。」
そう言って、体を起こす。滝さんはそれに合わせるように私の隣へと腰を下ろした。
「こんなみんなから外れたところで?森のほうは暗いし、崖になってるからあんま近づくのは関心しないんだけどなぁー。」
いつも通りの軽い口調に今はすごく気持ちが救われる気分になる。
「すみません、もうちょっとしたら戻りますから。それまでは少し勘弁してください。」
「わかった。でも、あんま時間かけると瀬菜っちと原田が心配するからさー。あの2人も探してたし。」
その一言にまた胸がズキリと痛む。
「鈴花ちゃん?」
私の様子に気がついたのか、滝さんが気遣うように呼びかけてくる。
「…そうですね。あんまり2人に迷惑かけてもあれですし…戻りましょうか。」
私は笑顔でそう言って、突然立ち上がるとテントのほうへと歩きはじめる。なんとなく、このままいたら滝さんになにかを悟られると思ったのだ。
「待って!」
「っわぁ!?」
突然後ろから手首を引っ張られ、私はバランスを崩して倒れこんだ。
「ごめん!大丈夫?」
「…いえ、滝さんに支えてもらったから大丈夫です。」
地面に座っていた滝さんに支えられるようにして倒れこんだので、怪我はなかったが…お互いの距離がかなり近くなった。
なんとも言えない嫌な感じがして、距離をとろうとする。
が、滝さんは、手首を掴んでいるほうとは反対の手で私の肩を掴んみ、それを拒んだ。
「鈴花ちゃん…いっつも原田のこと見てるよね。」
その言葉に体がピクリと反応する。
「俺はずっと鈴花ちゃんのこと見てたし、明らかにそうだってわかってはいたんだけど…でも、オレ…」
そう言うと彼は1度下を向き、そしてまた私へと向き直る。
…何故か知らないが私の頭の中でなにか警報のようなものが鳴り響く。
逃げたい…
しかし、無情にも今の体制ではそれは不可能に近かった。そして、そんなこともお構いなしに滝さんは再び口を開く。
「たとえ鈴花ちゃんが他の奴のことが好きだとしても、『オレ…それでも鈴花ちゃんが好きなんだ!』だから…」
彼の言葉にの一部に反応したかのように…なにかが私のなかで弾け飛ぶような音がした。そこには見えないはずのなにかが彼と重なって見えてくる。
私に覆いかぶさるように見下ろす大きな男性。拘束された手首。そして…
『それでも…オレ…君が好きなんだ…だから…
俺のものになってよ…鈴花。手に入らないなら全部壊してあげるから。』
絡みつくような声。
「きゃーーーーー!」
「鈴花ちゃん!?」
私は目の前にいる滝さんを押しのけようと暴れ始めた。
怖い怖い怖い怖い怖い。離して!逃げなきゃ!!
そんな思いだけが私を支配する。
「鈴花ちゃん!落ち着いて!どうしたの!?」
急に暴れ出した私を必死になだめようと、滝さんは私両肩を掴んだ。
しかし、拘束されたことによってさらに混乱した私はさらに大声で暴れ始める。
「いやぁぁーーー!!」
「鈴花ちゃん!?滝!なにしてるの!?」
「鈴花!?」
騒ぎを聞きつけたのか瀬菜さんや祥平さん、他の人も駆けつけてくる。
「急に鈴花ちゃんがおかしくなって!って、うわぁ!?」
私は、滝さんが瀬菜さんのほうへと気を取られたすきに、思いっきり彼を押しのけると、私はそのまま逃げようと走り出した。
怖い怖い怖い怖い。逃げなきゃ。逃げなきゃ。そうじゃないと私は…
「鈴花ちゃん!しっかりして!」
後ろから追ってきた瀬菜さんに手首を掴まれる。
その姿が再び大きな影と重なり…
「いやぁぁーーー!!殺さないで!!」
それだけ言って思いっきり彼女の手を払いのける。
瀬菜さんは自分にまで拒絶反応するとは思ってなかったのか、そのまま地面へと転んでしまう。私はそんなのお構いなしに森のほうへと走っていく。
逃げなきゃ。逃げなきゃ。そうしないと私は…
「鈴花!そっちは…っ!あぶない!」
後ろからそう声が聞こえた瞬間、足場がグラリッと傾いた。
「っ!?」
脆くなっていた足場は簡単に崩れて行き…体はすぐそこの…崖の下へと傾いていく。その真下には大きな川…
誰かが私へと手を伸ばしたがそれは空を切っていくのが一瞬見えた。
「鈴花ーーー!!」
誰かの叫ぶ声を聞きながら私は意識を失った。
夢を見た。あの日からほぼ毎日のように見る夢。
最初は笑っているの。いつものようにたわいのない話をして。私のワガママを少し困った顔をしながらも聞いてくれて…
私はとても幸せな顔をしてるの…だけど…
「あんたのせいであの人は!あの人だけじゃなくて、祥平も私から奪おうっていうの!?帰って!今すぐ消えて!!」
「…帰ってくれ…関わんないほうがいい…もう…」
繰り返されるあの日と同じ出来事。そして…
「俺やっぱお前のことが憎いわ。だからさ…ごめん。
消えてくれないか…」
「…ずか……い………りし…」
誰かがなにか言ってる。
「………てく……すず……」
私のことを呼んでる?
だんだんはっきりとしてく意識とともに、私はゆっくりと目をあけた。そこには…
「鈴花!よかった!目をあけた…」
そう言って安堵の表情を見せた祥平さんが写っていた。
「なん…」
私がなにか言い終わる前に強い力で抱きしめられる。その抱きしめている力強い腕は小刻みに震えていた。
「よかった…ほんと無事で。目を覚まさないかと思った…」
今まで聞いたこともないような頼りない声が祥平さんから聞こえる。
「なんで…祥平さんがここに…?」
彼の肩越しに見た景色は暗い森の中といった感じで、すぐ横には私が落ちたであろう崖とその手前には川が流れている。そして…私も祥平さんも全身濡れている。
そのことから私はあるひとつの答えにたどり着いた。
「もしかして…とびこんだんですか…」
私は祥平さんの胸を押して距離を取ると、彼の目を見て問いかけた。思わず声が震える。
祥平さんはなにも答えず、ただ私を黙って見ていた。それが答えだった。
「なんで…」
思わず彼の胸を叩く。体が震えているせいか全然力は入っていない。そして目からは勝手にどんどん涙が溢れてくる。
「なんで…助けたの。あなたは…あなたは…わたしのことが…憎いはずでしょ?なんで…」
そんなことをつぶやきながらひたすら彼の胸を叩く。
「なんで助けたの…助けなければ…私はあのままあなたの前から消え…」
「バカ言うな!」
その瞬間、祥平さんは私の手を掴んで怒鳴りつけた。ビクリっと私の体が震える。
「目の前で好きな女が死にかけるんだぞ!助けるに決まってんだろ!それに…俺は…」
そう言うと祥平さんは私と視線をしっかりと合わせる。その顔はとても悲しそうな表情をしていた。
「俺はお前のこと憎いなんて思ったことねぇよ…」
そう言って、彼はまたそっと私を抱き寄せた。
言われたことがなかなか理解できず、激しく混乱する。
「じゃあ…なんで……あの日。もう関わんないほうがいいって…」
その言葉に彼はピクリと反応すると、何かを拭い去るように再び私を強い力で抱きしめる。
「悪い…ほんとごめんな…」
私は訳もわからないまま祥平さんの腕の中で泣き続けた。