6-3 Engel
もう、一気に執筆です!!
薫編ラスト!もう、この大馬鹿者〜!!
ってことで、どうぞ。笑
「おい、こら。クソガキ。」
馴染んだものではあるけれど、ここで聞くのは珍しい声に視線だけを投げつける。
そこには悪巧みしたような笑みで俺を見下ろす茜の姿。
「なんだよ…」
「その前に。人と話す時に寝そべったままでいいなんて、俺はお前に教えてねぇーぞ。」
その言葉に俺は渋々ソファから起き上がる。
そんな俺に茜は紙袋を突き出した。
黙って受け取り、中身を見ればタンブラーとサンドウィッチが入っている。
「しかし…お前、ちゃんと片付けろよ。」
茜はそう言うとぐるっと周りを見回した。
「うっせーよ。」
俺はそう言うと、押し込むようにそのサンドウィッチを口に入れる。
「どーせ、今まで瀬菜ちゃんに片付けてもらってたんだろ?」
「…あいつの名前出すな。」
機嫌の悪い俺にお構いなしに、茜はいたるところに散らばるキャンバスやスケッチブックの残骸を拾い始める。
「…お前、不調なのか?」
描いた途中で放り投げられたいくつもの残骸を眺め、茜は静かに問いかける。
「かもな。」
「原因は?わかってんのか?」
「…知るかよ。」
そんな俺の態度に茜はため息を吐く。
「…お前さぁ、家でもここんとこずっと機嫌悪いの気がついてっか?」
「…」
「正確には…そうだな。瀬菜ちゃんがカフェにお友達を連れてきた日から。」
その言葉に俺は眉を顰めると、残りのサンドウィッチを口へと放り込む。
ガキっぽいたまごサンドの味をかき消すようにコーヒーで飲み下す。
「うっせーよ。」
それしか言えず、呟くように言い返す。
「…お前さぁ。こうなるの気づいてただろ?」
それでも茜はそんな俺を容赦なく抉ってくる。
俺と全く同じ色合いの瞳は、俺が逃げることを許さない。
「気がついてただろ?あの日瀬菜ちゃんが可笑しかったことに。なのにお前は気がつかないフリをした。…いつもみたいに瀬菜ちゃんの気持ちを蔑ろにして…」
「うっせぇ!」
「ガキみたいなこと言ってんじゃねぇーぞ。無駄に独占欲だけは強いくせして、いっつも瀬菜ちゃんを縛って、自分は見て見ぬ振りして好き勝手。わかってんだろ?」
「だからなんだよ!俺にとってあいつは幼馴染。あいつにとってもそうだ!あいつだってその関係に納得してるし、俺だって…」
「本当に幼馴染としか思ってないのか?」
俺の言葉を遮るように茜の言葉が突き刺さってくる。
「…当たり前だろ。」
そこで茜はめんどくさそうに頭をガシガシとかいた。
そして、深くため息を吐く。
「…わかってないなら、じゃあ質問の仕方を変えてやるよ。お前は瀬菜ちゃんが他の男と仲良くなってたらどう思う。」
「別に、付き合いで男友達くらいいるだろ。あいつ性格男っぽいし。」
「…じゃあ、彼氏が出来たら?」
「ありえねぇー。だってあいつは…」
「俺のことが好きだから、他の奴と付き合うわけがない。…だろ?」
思っていたことをそのまま言われ、俺は黙り込んでしまう。
「いっとくけど、人間の感情なんてすぐに変わる。永遠なんてない。昨日のキライが今日にスキになることなんて稀じゃねぇ。逆も然りだ。いつか伝えよう。そうやって先延ばしにした思いが手遅れになることなんてたくさんある…そうやって余裕ぶっこいてると、何もかも失うぞ。」
そう言った茜は俺を真剣な目で射抜いて、逃さない。
「…ついでにもう1つ。鈍いお前に教えてやる。あの日、カフェで俺の手を叩いたとき。お前、誰を睨んでた?「触るな」って誰に言った?」
その言葉に俺は目を見開く。
「何言って…」
「さっき食ったたまごサンド。お前、マヨネーズダメだったから昔嫌いだったよな?それは誰の好物だ?」
「おい、それじゃまるで…」
「わかってるだろ?…それでも否定するなら聞いてやる。この絵は…この「天使」は誰がモデルだ?」
その言葉に俺は一気に言葉を失った。
描けないんじゃない。
描いても描いても、俺のイメージとかけ離れるんだ。
あいつじゃない。あいつの弟をモデルとしたはずなのに…
描くもの、描くもの…全て上手くいかない。
あいつをベースにして顔だけ変えようとしたからか?
…いや、そんなことはない。ないはずなのに…
キャンパスに現れるのは何故か見慣れた少女…いや、少女というには成長しすぎた女性。
「薫。」
それを見ているといつの間にか頭の中にあいつの声が聞こえてくる。
ふざけんな。
ここにいないはずなのに、なんで…
そんな苛立ちからまたそのキャンパスを投げ捨てる。
投げ捨てるものの、いくつもの山は片付けることができず、ただ日に日に増えていく。
「わかってるだろ?」
数日前の茜の声が俺の頭にガンガンと鳴り響く。
「うっせぇよ…」
小さな悪態だけが倉庫の中にかすかに響く。
プルルルル…
そこに、その余韻をかき消すように着信音が鳴り響いた。
ほとんど使われることのないケータイ。連絡を取るのなんて茜と瀬菜、祥平くらい…
うっせぇーな。
苛立ったようにそれを持ち上げ、電源を切ろうとしたとき、そのディスプレイの名前に俺は固まった。
『瀬菜』
この数週間…いや、もう1ヶ月は経っているか?
声も聞いてないあいつの名前がそこにはある。
このやろー…今頃連絡よこしやがって。
そのまま荒々しく通話ボタンを押してから耳にケータイを当てる。
「…はい。」
なんとなく電話なんて使わねぇからなんて言ったらわからず、とりあえずテキトーに声を出す。
「久しぶり。」
やけに落ち着いた、俺のよく知る女にしては少し低い声が耳に響く。
「…てめぇ、何週間も顔見せねぇーで…」
「…忙しかったからね。ごめん。」
ふざけんなと怒鳴ろうとした言葉は、瀬菜のあっさりとした謝罪に遮られる。
本当にこいつ悪いと思ってんのか?
「謝るくらいなら今すぐ来やがれ。」
機嫌の悪いことを隠しもせず、低く瀬菜に向かって言い放つ。
なんだよ電話って…そんなことしないで直接会いに来いよ。何考えてやがる。
小さい頃からいつも一緒にいたはずなのに…
今は瀬菜が何を思っているのかちっともわからない。
「………できない。」
その否定の言葉は小さくも、でも確実に俺の耳へと届いた。
「はぁ?おい!なんで…「薫。」
信じられない言葉に、怒鳴りそうになる俺を今度は強く、はっきりした優しい声が止める。
まるで、母親が子供に言い聞かせる…そんな声。
「…私、イギリスに行く。」
ゆっくりと発せられたその言葉は相談でも、冗談でもなく、確定した意思を宿していて…
言葉を失う。
イギリス?
なんでとかそんなことよりもまず、その遠い異国の地の名前にまず実感が湧かない。
「たぶん最低でも1年、上手くいけば数年は帰ってこないと思う。」
そう言った言葉は淡々としているようで、どこか何かの決意をもっているようで…
「…なんでだよ。いつ決めたんだよそんなの。」
勝手に無様な言葉が口から溢れ落ちる。
「もう決めたことなの。」
その言葉はやけにはっきりしてるくせに、悲しくなるくらい優しくて…
「なに勝手に…本当にお前は自分勝手だな。」
そう言って、今自分の手の中にあるものをギュッと握りしめる。
なんで…電話なんだよ。
なんで会いに来ない。そんなこと顔見て言いやがれ。
お前は…俺と離れて平気なのかよ?
「今すぐ来い。」
「…無理。」
「今すぐ来いって!」
「だから、無理よ!」
怒鳴り声が倉庫の中に響き渡る。
「出発まで時間がないの。やることもいっぱいあるし…だから…」
少し落ち着きを取り戻したその声は静かに、悲しげに現実を紡いでいく。
じゃあ、なんで…お前の声はそんなに震えてるんだ?
なんでそんなに悲しそうに喋るんだ?
ずっと一緒にいたはずなのに、瀬菜という人間がわからない。
「もし茜がいなくなったら…面倒見てくれるって言ってたよな?」
痛いくらいの沈黙が俺たちの間に流れる。
「…ごめん……もう、無理だよ…」
帰ってきたのは今にも泣き出しそうな悲しい言葉だった。
瀬菜と俺を縛っていたはずの合言葉は意図も簡単に崩れ去る。
なんでだよ…なんでなんだよ…
そんな情けない言葉が口に出ることはなく自分の胸へとのしかかる。
「だから…誰かと茜も幸せになって…」
そんな優しくも泣きそうな声が電話口から無情に響く。
なんで電話なんだよ…
目の前にいるなら抱きしめてやれるのに…
行くなって引き止めることもできるのに…
誰かって誰だよ?俺にはお前しかいないだろ!
そんな叫びが言葉へと変わることはなかった。
いや、できなかったんだ…
「薫………………ありがとう。じゃあ…バイバイ。」
涙に沈んだその声は、その余韻を引きずったまま通話の途切れる音へと繋がっていく。
「バイバイって…それじゃあ、まるで…」
永遠の別れみたいじゃねぇーか…
俺はこみ上げる何かから耐えるように目を抑える。
なにを間違えた?どうしてこうなった?
ぐちゃぐちゃに混ざり、行き場のない思いが俺の中で暴れ出す。
「くそっ!!」
俺はそう言うと持っていたケータイを地面に叩きつけた。
長く使っていたそれは意図も簡単にヒビが入って壊れてしまう。
「瀬菜…」
失ったものの大きさを、今、このとき初めて噛み締めた。
…わかったところで、彼女は2度と戻っては来ない。
9月17日。
その日、一ノ瀬グループの主催で開かれた展覧会でたくさんの絵が飾られた中、ひとつだけとても人々の心を惹きつける作品があった。
タイトルは『Dear』。
そこに描かれたのは、黒を主体とした暗く複雑な背景の中、椅子の上で膝を抱え込む美しい天使…
全身に傷を負いながらも、その美しい天使は優しげに微笑んでいた。
次でクリスマス編やって、この小説は完結予定です!
リクエストがあったり、書きたくなっから続けるかもしれませんが…
あと少し、solanum lyratum をよろしくお願いします^_^




