Wiedersehen
私には好きな人がいる。
私がお姉さんと慕っている人の幼馴染のお兄さん…
あの人にとって私はきっとただの知り合いの女の子…
それでも、思い続けていたいと思っていた…
あの頃までは。
「鈴花?何見てるの?」
「…え?」
携帯の画面を眺めていると突然友達の望美に話しかけられた。
「さっきからずっとケータイ見ては嬉しそうなさみしそうな物憂げーな顔しちゃって!まぁ、目の保養になるけどね〜。っで?どうしたの?」
「いや…ただ瀬菜さんからのメール見てただけで…」
「メール?瀬菜さんって鈴花の憧れの人のことよね?…ちょっと見せて!」
「あっちょっと!」
望美はあっさり私の手からケータイを取り上げると、その画面を覗き込んだ。そこには女性にしては少しシンプルな文章と1枚の写メが写し出されている。
「大学内で打ち上げやるんだけど来ない?みんな鈴花に会いたがってまーす!だって!よかったじゃん!てか、この写メの手前の人が瀬菜さん?うわ!美人!」
私は興奮する望美を見てため息を吐くと、彼女が落ち着くのを待つことにした。
瀬菜さんは私の中学のときの先輩で、とても美人で凛とした人だった。
もともと分け隔てなく人と接するせいか、勘違いした男性に絡まれることが多かった私を助けてもらったのがきっかけで仲良くなった。
「鈴花はかわいい顔してるんだから気をつけなきゃダメよ!」
そう言っていつも私を気にかけてくれていた瀬菜さん…
私の憧れの人であり、一人っ子の私にとってお姉さんのような存在の人だ。
「ねぇ、鈴花。ってことは…この人が祥平さん?」
その言葉に思わずドキッとしてしまう。しかし、彼女が指しているのその「祥平さん」とは違う人だった。
「違うよ…祥平さんはこっち。」
そういうと画面のギリギリのところで無理やり引っ張り込まれたように写った男の人を指さした。
その姿をみるだけでこの3ヶ月ずっとくすぶることのなかった言いようもない熱が蘇ってくるようだった。
「へぇー、なんか話聞いてたのとイメージ違うなぁ…なんかクールな感じだね?」
望美はそう言うと、私の様子を気にも止めなかったようにまじまじと写メを見ている。
「っで?行かないの?前だったら飛び上がらんばかりに喜んで、すっ飛んで行ってたのに。」
そう言われて私は思わず押し黙ってしまう。
会いたいよ…でも…
「ねぇ?鈴花?なんか新学期になってからずっとあんた変だよ?どうしたの?」
心配そうな望美の顔が目に写る。
「…なんでもないから…気にしないで。」
それだけ伝えると、そっと彼女の手からケータイを抜き取った。
目の前から去って行く青年を見送ると、後ろからガサッという音が聞こえてきた。
「また告白?相変わらずモテるねぇ〜」
「嶺緒…どうしたの?」
声の方に振り向けば、そこにいたのは瀬菜さんの弟、嶺緒だった。瀬菜さんと同じように彼とも中学の頃から仲良くしていた。
瀬菜さんとはまた違う、少しタレ目であどけない顔立ちをしている。
「姉さんにどうしても鈴花に会いたいから連れてこいって言われちゃってさ〜」
「…」
その一言に思わず黙り込む。
「お願い!俺を助けると思って一緒にきて!ね?」
嶺緒を両手を合わせる、頭を下げると必死な様子で私に頼みこんでくる。
やはり、弟である彼は瀬菜さんには頭が上がらないらしい。いや、正確にはほとんどの人が彼女に逆らうのは難しいだろう。
瀬菜さんは私には結構甘い(私には自覚がないけど)のだが、ほとんどの人にはかなり当たりがキツイ。良くも悪くもはっきりしている彼女。頭も切れるし、美人だし、おまけに…武道の達人でもある。まぁ、中学のころから生徒会長をやっていたくらい優秀な人だから…人を言い負かすことなんてそう難しいことではないのだ。
「…わかったわよ。最近瀬菜さんにも会えてなかったから行くわ。」
「ほんと?マジさんきゅー!」
そういった嶺緒は明らかに安堵した表情を浮かべると早速ケータイを取り出して電話をかけ始めた。
たぶん瀬菜さんへの報告だろう。
祥平さんもやっぱりいるのかな…
そんなことを思いながら私は地面をぼーっと見つめながら、そんなことを思っていた。
「大学って初めて入ったわ…」
「マジで?てっきり姉さんとこしょっちゅう遊びに行ってると思ってた。」
「誘われてはいたんだけど…なんだかんだタイミング合わなくてね。」
そう言って私は思わず嶺緒から視線を逸らす。逸らした先には見慣れない、大学内の風景が広がっている。
高校とは違い落ち着いた雰囲気…
友人同士なにか話し合っている人。1人で本を読む人。なにか作業をしている人…
自分よりはるかに大人な人たちを見て、眩しいと感じてしまう。
「鈴花ちゃーん!!!」
前方から大きな声を出しながら手を振って歩いてくる人が見えた。
「瀬菜さん!!」
私は思わず声を上げ、瀬菜さんのところまで走っていくとそのまま彼女に抱きついた。
「おっと。久しぶり!相変わらずねぇ〜。さみしかった?なんで全然顔見せないのよ、この薄情者!」
「えへへ。すいません。つい…」
私はそれだけ返すとすっと瀬菜さんから離れた。目立ってしまったせいか少し周りからの視線が痛いけど、それよりも瀬菜さんに会えたことが嬉しかった。
数ヶ月ぶりに見る瀬菜さんは相変わらず…いやさらに大人っぽくなって、美人に磨きがかかっていた。
スラリと女性にしては高い背に、長い手足、きれいなツヤのある肩くらいまで伸びる黒髪、凛とした雰囲気を醸し出す大きな目に、色っぽい赤い唇。
なにもかもが魅力的で、芯の強い綺麗な女性像がそこにはあった。
「鈴花〜、急に走るなよ〜」
「嶺緒!そんくらいでへこたれてんじゃないわよ!まったく!」
「うるさいなぁ〜。ちゃんと連れてきたでしょ?」
なんだかんだいつもの姉弟のじゃれあいをしている2人を見て、思わず笑みがこぼれる。
嶺緒は本当に瀬菜さんの容姿をタレ目にして男の子にしただけなので、身長はそう変わらない。見ようによっては2人は双子のようにも見えるだろう。
「なにニヤニヤしてるのよ、鈴花?」
そう言うと瀬菜さんは私の首に腕を回した。
「痛いですよー瀬菜さん。」
「そうだよ姉さん!鈴花が壊れる。」
そんなふざけたことを言いながらもそんなスキンシップが嬉しいと思う自分がいる。
「私に会えて嬉しいのはわかるけど、そんな安心しきった顔で笑われちゃうとね…変な虫の対処が大変なのよ?わかってる?」
「大丈夫ですよー。瀬菜さんに比べたらお子さまにしか見えませんから。」
そんな私の答えに2人が苦笑いしてることに気がつかないまま、私たちは目的の場所まで進んでいった。
「初めての人もいると思うから紹介するわね!私の中学のときの後輩、高校生の木下鈴花ちゃん。かわいいからって半端な気持ちで手出したらただじゃおかないからね!あと、こっちはウチの愚弟ね!みんな仲良くしてね!」
「鈴花です。急にお邪魔しちゃってすみません。今日はよろしくお願いします。」
「ちょっ!姉さん俺の紹介ひどくない?…弟の嶺緒です!よろしくお願いします!」
瀬菜さんに連れて来られたのは天文学サークルの打ち上げパーティだった。
紹介が終わるとメンバーから拍手や歓声が上がる。その中に祥平さんの姿がないことに思わず安心してしまう。
「瀬菜さんが天文学って…意外ですね。」
「そう?まぁ、いろいろかけもちしてるんだけどね〜」
その一言に思わず笑ってしまう。
「瀬菜っちはアグレッシブだからねー、天文学だけじゃ物足りないんだよねー?はい、飲み物どうぞ!」
「あっありがとうございます。」
背後から声をかけられて、振り返ると人懐こそうな男性が立っていた。その人からコップを受け取る。
「瀬菜っち!半端な気持ちじゃなきゃ鈴花ちゃんとお近づきになってもいいんだよねー?」
「…いいけど。滝。ぜったい無理強いすんじゃねぇーぞ?」
「わかってますよー。鈴花ちゃん!こっちで一緒におしゃべりしよ?」
「えっ、あっちょっと!」
手首を掴まれ、そのまま近くのテーブルまで引っ張って行かれ、向かい合うように座らされる。
「あっ、自己紹介するね!俺、滝和晃!実は前から鈴花ちゃんと会ってみたいって思ってたんだよねー!」
「えっ…なんで私と?」
「瀬菜っちがいっつもかわいいって自慢しててねー。写メとか見してもらってたんだけど、なんていうか…めっちゃタイプだったし!」
「あ、そうなんですか…でも瀬菜さんの方が断然美人ですよ?」
「まぁ、瀬菜っちも美人だけど鈴花ちゃんとはタイプ違うじゃん?それに男前すぎて俺の立場ないしー…ってそんなことより!鈴花ちゃん彼氏とかいないの?」
「…いませんよ。」
「えっ!いないの?」
彼の勢いに押されていると、その近くに座っていた女の人が話に入ってきた。
「ありえない!こんな可愛くて?周り放っとかないんじゃない?」
「いや、そんなことは…」
「えー、じゃあ俺ガチで彼氏候補に立候補してもいい?とりあえず友達からってことでいいからさー。」
「えっ?」
びっくりして思わずすっときょんな声が出てしまう。
「えー、滝本気なの?」
「マジでマジの大真面目!」
「バーカ。引かれてんぞ!あっでもコイツこんな軽そうな感じだけど、意外と性格いいしマジメなタイプなんだよー。」
「ちょっとあんたまでなにいってんの?」
「えー、滝悪くないじゃん!まぁ、私はもっと筋肉男子が好きだけどー」
「なにそれー」
知らない間に増えたギャラリーにどんどん圧倒されてしまう。
「えーと、あの…」
「とりあえず、メアドだけ交換とかだけでもどう?考えてみてくれない?俺、これ以上にないチャンスだと思ってるんだよねー。ダメ?」
そう言われたって…
助けを求めるように視線を戸惑わせると瀬菜さんと視線が合う。彼女はわかったというように、口を開こうとしたそのとき…ふと人影が視界を遮った。
「鈴花が困ってんじゃねーか。そんな取り囲むなって。」
そうぶっきらぼうに言い切った彼は私と視線を合わせると、少し困ったような笑顔をつくる。
「よう、鈴花…久しぶり。」
目の前にいる祥平の顔を見た瞬間、私は逃げ出したい気持ちと心臓のとび跳ねるような高鳴りに狂い出しそうな勢いだった。