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剣闘のカタナ  作者: 某霊
一章 1.ヒューバード剣闘士商会
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剣の理由

「……『闘王殺し』か、聞いたこともなかったな」

 寡黙過ぎた師を思い返し、カタナは息を吐いて呟いた。


「ところで、カーン=ハイドはまだ生きておるのか?」

 グイードが興味深げに尋ねるがカタナは首を曖昧に振る。


「多分、としか。一年前に別れたきり消息も掴めないので、今頃どこで何をしているかは分かりません」

「ふむ、残念なことよ。是非会って、武勇伝を聞きたかったが」


「しかし、そんな知る人ぞ知る剣闘士の弟子だったなら、そこを売り出していけば人気が出るんじゃないかな? 『闘王殺しの一番弟子』って呼び名とか、結構人目を引くと思うけど」

 会話が途切れるとすぐ、オーブがカタナを見て言った。妙に楽しげな表情だ。


「いや、そういうハッタリ利かせるのはちょっと……」

「えー、いいじャん。何の事か知らなくても強そうだってのは伝わるし」

 ちょっと顔をしかめるカタナに、隣のリウが笑ってけしかける。


「おれは実力で勝負したいんだよ」

 カタナが口を尖らせて反論すると、オーブが手を差し出してそれを制した。

「いやいや、カタナくん。これは勝つためにではないさ、観客を楽しませるために、だよ」


「え?」

「なにそれ?」

 きょとんとして目を瞬かせるカタナとリウ。周囲の者は「またか」と言いたげな顔をしていた。


「考えてもみたまえ。僕らがこの平穏なご時世に剣闘なんて物騒な仕事をしていられるのは何故か解るかい? それは、退屈している市民の皆さんが僕らの戦いを見に、わざわざ闘技場まで足を運んでくれているからだよ」

 オーブは後輩たちの反応に構わず、腕を振るって力説する。


「誰にも注目されない剣闘なんて、ただの路地裏の喧嘩と変わらない。見て、興奮して、応援してくれる人がいるからこそ、僕らは華の剣闘士だと胸を張って言えるんだ」

 ぱん。とオーブはここで両手を打ち鳴らした。一つ一つが大仰な動きだが、やけに様になっているので厭味はない。


「つまりだ、市民の恩恵を受ける剣闘士である僕らには、観客を楽しませる義務があるのだよ!」


「やはりその結論になりましたか」

 フェートンが呆れ顔で水を口に含む。皿の上の料理は、いつの間にか誰のものもあらかた空になっている。


 グイードが髪のない日に焼けた頭をつるりと撫でて言った。

「オーブの言うこともわからんでもないが、そのために名前を無駄に長いものに変え、剣闘を盛り上げるために無駄に闘技場を駆け回り。ついはやたらと動きにくい派手な衣装で戦うと来た。昔からお主は極端すぎるぞ」


「グイードさん。僕の信念はご存じでしょう。『剣闘士は役者、闘技場は舞台』ですよ。あと無駄に長い名前じゃありません、デミアン=アニア=マクシムス=オーヴィシュタットです。酒場のコに相談して一緒に考えた大事な名前なんですからね」


 あくまでも堂々と語るオーブに、グイードも諦めて苦笑する。

「全く、そのふてぶてしさだけは一級品よ。エインと足して二つに割れば丁度良かろうに」


「……すみません」

「え、エインさんは強いんだから、色々、考え込まないでいいと思うよ?」

 暗い声を出すエインに、レレットが慌てて助け舟を出す。


「……しかし」

「エインは、腕は文句なしにしても、やはり調子を崩すと長引くのが弱点かのう」

「ねえ。付き合ってた女の子に捨てられたくらいで、何ヶ月も落ち込まないでも……あ」


 オーブの言葉の途中で、エインがゴン、と額を食卓に墜落させた。


「こら、オーブ! エインに古傷を思い出させるでないわ。こやつは一方的に盛り上がって結婚する気満々だった――おっといかん」

 オーブをたしなめようとして逆に追い打ちする形になったグイード。卓に突っ伏したエインは虚ろな声で何かの呪文のような囁きを漏らしている。そんな彼の肩をリウがポンポンと叩いて言った。


「うわー、運命の女性! と思った人に気合入った贈り物したら、『ゴメン、そういうの重いから……』とか言われちゃったんだ。そりゃヘコむよね」

「……な、ぜ……その、セリフを……?」

 もはや半死半生のエイン。今ならその辺の子供にも負けそうである。


「エインさん、その人に振られてからずっと落ち込んでて……剣闘でも前に出るのが怖くなっちゃったみたい」

「……積極的になると、きっとまた、何か酷い目に遭うんだ……だから、大人しくしてるのに、結局いいことなんかないんだ……あぁ」

 レレットがカタナに解説するが、正直カタナには理解不能だ。


「恋愛と勝負には何の関係もないのに、なんでそんな考えに……」

「カタナくんの言うことはもっともだけどね。これはこれ、あれはあれ、なんて割り切れないのがエインさんなんだよ……」


 オーブが整った顔を疲れたように振り、グイードもうんざりと頷く。

「以前から、贔屓の酒場が潰れては夜も眠れず十連敗。大事に飼っていた猫が病気で死んでは日がな一日泣き暮らして二十連敗、という具合での。こういう男だ、と諦めるしかないわ」

「心配事のない時はホントに強いんですけどねー」


「全く。剣闘士というのは昔から変わり者が集まりやすいものですが、この方々と来たら中でもかなりの癖がありますね……」

 額を指で押さえながらのフェートンの慨嘆を、グイードが笑い飛ばす。

「はっは! そうかのう。儂が見てきた中には、もっととんでもない輩もいたもんじゃが」


「グイード。あなたが見知っている剣闘士など、合計すれば一万人はいるでしょうが」

「え、そんなにいるの、グー爺?」

 フェートンの言葉に、リウがその琥珀色の目を瞠る。

 カタナも声には出さなかったが驚いた。一万人など、彼らの年齢では想像もつかない。今までの人生で僅かでも関わった人間をすべて合わせても、恐らくその半分にも満たないだろう。


 グイードは未だ黒い色を保つ顎鬚を摘まみ、軽く肯定して言った。

「まあ、さっきも言ったが、五十年近く剣闘士をしておるでな。直接剣を交わした相手だけでも三千人は下るまいよ」


「シノバ様、その内何人に勝ったかは聞かないでおいてください」

 フェートンがグイードの言にバッサリと水を差す。

 年長の二人はやはり交友も長いのか、他の者にはない気安さがあるように見える。


「おういフェートン! 貴様、儂が以前七連勝した時、新記録を祝ってここで宴会開いた事を忘れたか? お主も居ったじゃろう」

「あれはそもそも、先代にあなたが『派手にやりたい』などと我儘を言うから、お屋敷に勤めていた私まで借り出されたのでしょうが。さて、あの宴会はもう何十年前でしたかね。以来、結局記録は更新されませんでしたが」


「うぬ、見ておれ。今にどーんと十連勝の大台に乗せてやるわ!」

「ってグー爺、今年で幾つヨ?」


 手を振り上げて気炎を上げるグイードに、食事の終わったリウがたくし上げた袖を戻しながら尋ねる。

 手袋をした両手は袖の中に隠れる形だ。元々そういう服なのか、戦闘で動きを悟られにくくするための細工なのか。カタナには判断がつかなかった。


「さあて、大体六十五……辺りのはずだと思うがの」

「グイードさんって、実は帝国全土でも戦歴の長さは最長の剣闘士ですしね」

 オーブが確認するように言うが、グイードはきっぱりと首を横に振った。

「なんのなんの、目指すは歴代最長よ。記録では八十四歳で死ぬまで剣闘士を続けたものがいたらしいからの」


「あと二十年やる気ですかあなたは」

 処置なしとため息を吐くフェートンの顔は、ただどこか苦笑しているようにも見えた。


「ね、カタナ」

 語られる各々の事情、彼らの会話を眺めていたカタナの耳に、こそっとレレットが囁いた。

「オーブさんは、ああ言っていたけど。名前とか、そんなに気にしなくてもいいよ?」


「え?」

「無理に誇張しなくても、カタナは強い。それは、わたしが知ってるから」

 そう小さく笑うと、立ち上がって皆の食器を下げに離れていく。


 カタナは沈黙して、ただそれを見送っていた。



「……長い一日だった」

 夕食の後。カタナは、宛がわれた自室で深く息を吐いた。


 不相応に広い室内に家具は整えられた寝台と箪笥が一つずつ。

 必要なものはおいおい揃えていこう。カタナは疲れた頭の片隅でそう思う。


 朝目覚めてから歩き通しで昼過ぎにシュームザオンに到着。

 軽く情報集めでもと思い、盛り場に繰り出してみると乱闘騒ぎに首を突っ込むことになり。

 コーザという新人剣闘士とも因縁を持って、それからあれよあれよと言う間に剣闘士として戦う段取りまでついた。


 順調、というにはいささか急展開過ぎる。

「とにかく、まともな武器を早く用意して、剣闘の準備をしないとな」

 今日の戦いは、素手だったりナイフや『針』を咄嗟に使ったりで、剣闘士らしい戦いはなんだかんだで一度もできていない。


 思い出すのは、コーザの剣の重さ。

 リウの幻惑する立ち回り。

 そして、エインの圧倒的な強さ。


 特に最後の一人は、今のカタナではまず太刀打ちできない。彼はそれこそ、老いた師のカーン=ハイドに比肩し得るかもしれない実力の持ち主だ。

 あのような使い手が他に何人もいるとすれば、シュームザオンの剣闘士というものを甘く見ていたかもしれないと思う。


「舐めてたつもりはないけど、まいったな……」

 ぽろりと弱音が無意識に落ちる。


「! いや、違う。相手が強いことなんか関係ない……!」

 我に帰って、頭を掠めた惑いを打ち払い、握った拳を額にぶつける。そう、相手がいくら強くとも、自分がより強ければ何の問題もない。自分が弱いことが問題なのだ。


「おれはもう剣闘士だ。強くなる。強くなって、必ず()()()を――!」

 言い聞かせるように呟いて、歯を噛み締め、ありったけの力で両手を握る。


 その時、控えめに扉を叩く音がカタナの耳朶を揺さぶった。


「イサギナ様、よろしいでしょうか。フェートンでございます」

「あ……フェートンさん? どうぞ」

 カタナは、夢から覚めたように顔を上げる。


「失礼いたします」

 律儀に答えた後、フェートンはすっと部屋に入ってくる。その顔にさっきまでの温和な微笑はない。

「良かった、まだお休みになられていなかったのですね」


「ええ。どうしたんですか、こんな時間に」

 カタナの疑問に、フェートンは軽く頷いた。


「イサギナ――いえ、カタナ様に是非聞いていただきたいことがございます。お嬢様の、このヒューバード剣闘士商会の現状と、半年前に起こったことについて」


 それから始まった会話が、カタナがシュームザオンに初めて訪れた、長い一日の最後の出来事となった。

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