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剣闘のカタナ  作者: 某霊
2.車輪の乙女と死者の轍
57/113

日常回帰と後始末

「ふーん、なるほどね? それで最後の美味しいところをまんまと『闘技王』に持っていかれちャったわけだ、カタナは?」


 『人斬り剣獄リッパーズ・ナイト』の崩壊から一夜明けたヒューバード商会の食堂、そのテーブルの上に胡坐をかいたリウ=シノバはにこにことした表情で向かいの椅子に座ったカタナ=イサギナに問い掛けた。


 彼女の顔と明るい声とは裏腹に、その気配は中々に刺々しいものがある。

「いや、その言い方には悪意があるぞ、リウ! おれはそれまでほとんど単独で戦い通しだった訳で……アタッ!」

 それを当然察知して、カタナはどうにかこの意外と沸点の低い同期を宥めようとするが、その場しのぎの抗弁は額をぺしりとはたいたリウの長衣の裾に遮られた。


「そんな風に言うならさあ? なぁ、ん、で! ボクに一声かけてから乗り込まないんだヨ、カタナは! 試したい対多数用の暗器だってあったのに!」

「え、そっち?」

 笑顔をあっさり放り投げ、憤然としてそう抗議するリウに眼を瞬かせたのは、商会の主レレット=ヒューバードだ。


「カタナが危ないことしたのを怒ってたんじゃないの? リウくん」

 彼女は、カタナが身体のあちこちに負った、大小の傷の手当てを行いながら首を傾げた。

「カタナに事情を聞いてからずっと不機嫌だったから、てっきりそうおもってたんだけど……あ、ここも傷付いてる」


 実のところカタナは、『剣獄』の地下から脱出した後に応急処置は受けていたのだが、レレットは朝になって戻って来たカタナを見るや、事情を聞くよりも先に『やり方が甘い……気がする』と言うなり治療をやり直しにかかっていた。

 そこまでしなくても、という言葉は、彼女の妙に凄みのある気配に圧されてカタナの口から出ることはなかった。


 実際、外傷の手当てにおいてレレットは玄人裸足の腕前だということはカタナもその身を持って理解していたので、事情を説明する傍ら厚意に甘えさせてもらっていた。


「お嬢よ、リウは『カタナが戦いに連れて行ってくれなかった』とヘソを曲げておるのよ。要は単に拗ねておるだけであろう」


「ちョっと、グー爺!」

 と、横から口を挟んだグイード=フーダニットにリウが噛みつくが、老剣士はどこ吹く風と笑って受け流す。

「そんなに自分が信用ならんかとふて腐れる気持ちは分かるが、男児にとってはこの手の討ち入りに一人で突っ込むのは花道というやつよ、勘弁してやらんとな」


「そういえば、ウチの祖父も昔言っていましたね。『単騎駆けこそ男の本懐』とかなんとか」

「……そうか、オーブの実家は騎士階級だったな」


 グイードの言葉にオーブ=アニアが妙に素直に頷き、エイン=メノーティが横目でそんな彼を眺めた。

「ええ、そんな祖父に反発して父が文官肌に育ったせいで、僕の代では兄弟揃って祖父から騎士の心得を叩き込まれる羽目に……」


「……あのね。そんな話はどーでもいーんだよホントに! 誰が拗ねてるってのさ、ダレが!」

 言われるだけ言われたまま忘れられたリウが、うがー、と雄たけびを上げるが、それまで黙って、フェートン=ジステンス監督の元でその場の全員に給仕をしていたジーク=キアンがぼそりと口を開いた。


「お前以外に誰がいる。あといい加減テーブルから降りろ」

「言っても聞いては下さらないでしょう。いいから引き摺り下ろしなさい、ジーク」

「って、うわ! ホントに引っ張るなヨ、ジーク! フェト爺、止めて! 降りるから!」


 慌てるリウに、先輩剣闘士たちがまた笑い、カタナもようやく日常に戻って来たと感じて口元を綻ばせる。


「家の話と言えばさ、リウくんの、親戚? その地下闘技場にいたって言う同郷の子、どうするの?」

 ふと、レレットがリウに問い掛けると、床に降りたシノバの里の少女はひょいっと肩を竦めた。


「あー……まあねえ。放っておくのも何だし、身元はボクの方で引き受けるしかないのかな。ヘタに地元に話が伝わるのも『家出中』の身としては厄介だし」


 そして、軽く眉をしかめて。

「しかし、同じ都市にいながらボクが見つけ損ねるなんて。どうも前もって見つからないヨうに逃げ回ってたっぽいね、ククのヤツ。……あとで『縛』踊りの刑」


「何か、不穏な言葉が聞こえたような……」

「まあ、身内の話は身内に任せておけばよかろ」


 そんな具合に、久方ぶりに和やかな空気のヒューバード剣闘士商会の朝の一幕であった。



 とは言え、当事者にとって事件というものは、往々にしてその最中よりも解決した後の方が、一層面倒事が多かったりするものである。


「で。生き残った地下の闘士たちは、大体は放免する方向でいいんだな」

「……ああ」

 『闘技王』アダムの寡黙な返事に、エイデン商会会長ミスマは一つ頷いた。

 『剣獄』を潰した一件は、今日――正確には昨夜遅くをもって都市警の管轄へと移行した。公的機関でもない商会の独断で非合法組織を一つ潰すというのは、可能不可能はさておいてもかなり問題になる行為ではあったのだが、そこは『闘技王』の称号が持つ、皇帝勅許の特権で押し通した。


 曰く、【『闘技王』とは剣闘の王。故に剣闘に関わる事柄に於いて、『闘技王』は皇帝に準じる権限を持つことを認める】。


 ミスマとしては今回の事例が本当に『剣闘に関わる事柄』と言えるかは正直微妙だと考えていたが、普段アダムは(と言うか大概の歴代『闘技王』は)この半ば名目的な特権を行使することはなく、都市警は滅多にない皇帝級の命令権の発動に狼狽えてこちらの言い分をほぼ丸呑みしてくれた形となった。


 『剣獄』の私兵たちは違法組織の構成員として全員拘束。

 観客たちはあんな場所に通うだけあってその多くが脛に傷持つ者たちだったため、このことをきっかけに埃を叩かれることになるようだ。その中に、剣闘士商会の職員が何人か含まれていたことにはミスマもいささか呆れた。これらの人員がいた商会は、次回の会合でかなりの批判に晒されることになるだろう。


「しかし今思うと無茶だったな……あの特権って、本来闘技場での微妙な勝敗を採決するのに使うためのもんだろ?」

「……使える物は使うべき時に使うだけだ」

 アダムの事も無げな言葉に、ミスマはやや苦笑の気配を見せた。


「まあ、それより闘士たちは毒薬で前後不覚にされてた連中がほとんどだっていうから、ある程度は仕方ないか。特にヤバい奴だけ拘束しとく感じで。……しかしこうなると毒の専門家を逃がしたのは痛いな。毒の詳細にしても、その解毒方法にしても」

 そこで一つ嘆息して、アダムに目線を合わせる。


「あの毒師、ディムに手傷を負わせて、しかも逃げおおせる腕前とは。変わった武器の使い手だったそうだが、事前にそんな情報は掴めなかった……これは俺の落ち度だ」

 その常にない真摯な声に、アダムは表面上変わった様子も見せず、しかしゆっくりと口を開く。


「ディムの傷は大したものではない。そもそも組織一つを、たった四人で潰せたのはお前の情報収集と計画立案の能力あってのことだ」

 普段よりもやや饒舌なアダムの言葉に、ミスマは硬い表情を僅かに崩して笑みを見せた。


「お褒めの言葉をいただき恐悦至極……。だが、あと一人、予定外の協力者がいなかったら、どう転がってたかわからなかったな」

「……」


「カタナ=イサギナ。ロロナの話じゃ、あの『闘王殺し』の弟子が中で随分引っ掻き回してくれてたらしい……これは偶然かね?」

 アダムは、少しだけ迷うような気配で沈黙していたが、やがて眼を上げる。

「お前はどう考えている? ミスマ」


「……『闘王殺し』カーン=ハイドは、剣闘士を退いて以降の五十年間に、何度か目撃情報がある。『辺境で化け物退治をしていた』だの『内乱を落ち延びた皇族の護衛をしていた』だの、真偽の怪しいものも多いが、その中のいくつかに『闇闘技場潰し』の立役者としてのものがある」


 それは、突如現れる、鬼神の如き剣士の噂だ。


 世の陰に隠れ、戦いを見世物にして金を集め、戦士たちを殺し合わせ、あるいは血に飢えた獣をけしかける。そんな風に暴利と死を貪る場所に、単身乗り込む一人の剣士。


 鈍く輝く金色の瞳は裂帛の威を放ち、その武骨な剣は並み居る戦士を打ち倒し、狂乱する獣を討ち果たす。


 そして、彼が去った後にはただ屍の山だけが残されるのだという、いっそ怪談の類と思った方が受け入れ易い、そんな『噂』だ。

「だが、その『噂』には、俺が調べた限り真実と思われるものもあったのは確かだ」


 ゆっくりと語るミスマに、アダムは無言で先を促す。その顔色からは、否定も肯定も窺えない。

「もしも、カタナ=イサギナを『剣獄』に誘き寄せたヤツの元にもその情報があったとしたら、そいつはあえて、そんな厄ネタの弟子を懐に招き寄せたってことだ。何のために? 勿論、『剣獄』を潰すコマにするために、だ」


 そこでミスマは収まりの悪い髪をかき回し、訥々と言葉を継ぐ。

「ただ、これはあくまでも推測で、そんなことをする理由も分からない。わざわざ自分の居場所を潰させるなんて何を考えていたのか……」


「『消す』ためだ……自分の痕跡を」

「え?」

 ぼそりと呟かれたアダムの言葉に、ミスマがはっと顔を上げるが、それに構わず『無刃』の剣闘士は僅かに目を伏せて続ける。


「己が何者で、その場所で何をしていたのか……それを完全に消すには、自分が居た場所を丸ごと消し去るのが最も確実だ。事情に通じる関係者を全員殺してしまえば、より完全になる」

 その瞬間に、己の目が映した光景にミスマは自信が持てなかった。


 何故なら、目の前の男――アダム=サーヴァは――。


「私にはとても、よく分かる」


 顔を歪めて、××しているように見えたからだ。



「失礼します」


 ロロナ=アンゼナッハが、商会長の自室を訪れると、そこでは部屋の主の他に、『闘技王』アダムの姿もあった。昨夜の件でまだ話し合っていたらしいと推測する。


 実務的な面を除いても、この二人は性格が全く違う割には中々相性は悪くないようだとロロナは見ていた。寡黙なアダムがわざわざ長く会話をするものはミスマ以外にほとんどいないし、いつ何時でもへらへら笑っているミスマに平然と付き合えるのもアダムくらいのものなのだ。


「あ……やあやあロロナ! もう動いていいのか、怪我は?」

 何だかわざとらしく気を取り直したような口調でミスマが大仰に立ち上がるのに微かな違和感を感じるが、ロロナにはそれよりも重要な用件があった。


「商会長、お願いがあります」

 背筋を伸ばし、畏まってそう切り出す。同時に右手が、落ち着こうと『車輪剣』を求めて動きそうになるのを、ぐっと堪える。普段は可能な限り持ち歩いている兄弟を、今日は敢えて置いて来た。取り返した『獣爪剣』と一緒に、自室で待ってもらっている。


「んー、なんだなんだ。いつもみたいに気さくに『ミスマさん』でいいぞ?」

 ロロナの緊張を知ってか知らずか、にこやかに話しかけるミスマ。その背後で、静かに凪いだ紫の瞳でこちらを見るアダムの視線。


 ロロナは軽く息を吸い、一睡もせずに考えた結論を口に出す。それが、自分にはもっとも必要なことだと信じて。


「闘技場の処刑人――今日限りで退かせていただきます」



 ロロナのその言葉を聞いて、ミスマは、常に絶やさぬ笑みを引っ込めて真顔になった。

 緩んだ表情が改まると、彼の顔には精悍さが強く出る。彼が笑顔を保つのはそれを嫌ってのことでもあったが、今はそれを気にする時ではない。


「……何だって?」

 分かっていながら聞き返す言葉も、感情が篭らない平坦なものだ。


「表沙汰にできない罪を犯した剣闘士たちを闘技の場で討伐する役目、私にはもう行えない――いえ、行いません」

 やはり、繰り返されるロロナの言葉は明確だ。聞き間違いのしようもない。長身の身体には、緊張と、並々ならぬ決意が感じられる。


 処刑人を辞める。つまりそれは、ロロナにとってはエイデン商会の剣闘士である意味がなくなったということだ。彼女は元から、『異装十二剣』の情報を得るためだけにアダムに従い、その結果として剣闘士となったからだった。


 そして、彼女が処刑人となったのも、その特殊な事情故だ。

 腐っても剣闘士を殺すのだから、半端な才や実力のものには任せられない。実際、以前この役に付いていたものたちは、十戦も保たずに『脱落』することがほとんどだった。


 剣闘士それ自体に夢や憧れを持っているものは、悪名しか得られない上に剣闘の邪道である役目を厭い。栄達や大金を求めているならば、恨みを買うことが明らかな汚れ仕事など損しかしないと拒む。


 そのどちらでもなく、十分な実力を持つロロナだからこそ、その役目を組合から打診された時、「それで実戦経験と実力が身に付くなら構いはしない」と受け入れたのだ。


「そうか……。いや、何も引き留めようってわけじゃない。辞めるのは、ロロナの自由だ。むしろ、俺がもっと早く止めるべきだったかもしれない」

 そのミスマの言葉は、彼の偽らざる本音だ。彼は、そして多分先輩である『旗使い』のディムも、自分よりも年下の少女が殺人を生業として生きていくのをただ見ているのに忸怩たるものを感じていた。


 だが、『異装十二剣』を見つけ出すための情報と、力尽くにでも奪還するための実力のみを求めて凝り固まっていたロロナには、どんな説得も効果はないと諦めていた。


 ただ一人、平然としていたのはアダムだけだ。彼は内心どう思っていようと、生半なことではその片鱗さえも見せはしない。


「とにかく、ロロナがそう決めたのなら好きにしてくれ。組合の方は、この情けない商会長さんがなんとかするから気にするな!」

 そう言って、ミスマは朗らかに笑う。どういう心境の変化かは分からないが、ロロナが血の道から離れる気になったのなら、たとえそれが別れを意味するとしても喜んで送り出すべきだと、彼はそう思っていた。


 ――だが。


「会長。もう一つ、お願いがあります」

「ん? いいともいいとも、何でも言ってくれたまえ!」

 気楽にそう答えた直後。返って来た少女の言葉に、ミスマは今度こそ絶句した。


「私を、本当の剣闘士として、雇ってください」

 ロロナ=アンゼナッハは、今までミスマが見たことのない顔で、そう告げたのだった。



「――は?」

 思考停止。ここまで完全な空白は、ここ何年かのミスマの記憶にはちょっと心当たりのないほどのものだ。


「剣に望みと命を乗せて高みを目指す、ただの剣闘士として……私にもう一度戦わせてください」


 そう語る少女の輝きは、昨日までのロロナとはまるで別人。一体何があれば、たった一夜でここまで変わるのかミスマには想像もつかない。


「……と戦いたいのか、ロロナ」


 呆然とする彼を置いて、立ち上がっていたアダムがロロナに問うた。

 その『彼』とやらが誰を指すのか、ミスマには分からなかったが、ロロナはあろうことかその頬を紅潮させて。


「――はい」

 はっきりと頷いた。そして。

「私は、本当の剣闘士として彼と向き合いたい。『そうしなければならない』と、強く感じています」


「ただ戦うためにか?」

「いいえ。もちろん――勝つために。それが剣闘士でしょう?」


 決然たるロロナの答えを聞いて、アダムが表情を変えたのをミスマは見た。先の見間違いかと思うような微かな変化ではなく、はっきりと、笑みを浮かべていたのだ。


 アダムは確かに、ロロナに向かって微笑んでこう告げた。


「それでこそ、エイデン商会の誇る剣闘士。見事だ、ロロナ=アンゼナッハ」



 かくして、剣闘士たちは日常へと戻って来た。殺し合いの地獄から、剣持て進み闘争の果ての高みを目指す日常へ。


 この七日後、剣闘士商会組合の会合にてエイデン・ヒューバード両商会は協議の上合意。

 シュームザオン東闘技場にて、カタナ=イサギナとロロナ=アンゼナッハの剣闘を執り行うことが決定した。


 そして同時に、この剣闘の勝者は、『闘技王』アダム=サーヴァとの特別剣闘を行うということも発表された。


『車輪の乙女と死者の轍」編、これにて終了。

次回、第二章完結編『武神の系譜』編、開始。

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