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剣闘のカタナ  作者: 某霊
外伝 剣の章
27/113

匠の工房

「見てろよクソオヤジ! 絶対吠え面かかせてやる!」

 路上で後ろを振り向きながらそんなことを喚いたのは、カタナより少し下くらいの年ごろの少年だ。痩せた身体に荷物で膨れ上がった背嚢を背負って、よたよたと走っている。


「この放蕩息子が! テメエなんざ三日で泣いて逃げ出すのがオチだろうが!」

 少年の視線の向こう、テンゼン工房のはずの建物から顔を出したのは、精悍な顔の、四十がらみの男だ。

 上半身裸で、息子と呼んだ少年と同じく細身だが、こちらの身体には引き締まった鋼のような筋肉に包まれている。そして、男の左目は固く閉ざされ、機能していないことが見て取れる。


「甘ったれた夢見てるヒマがあったら、炉の火の温度を目で見て覚えろ!」

「いやなこった! ……その挙句に目が潰れちまうような家業、誰が継ぐか!」

「おお安心しろ。そんで使いもんにならなくなったらそれまでだ! 継がせやしねえよ!」

「……!」

 

 双方、数十メートルの距離を開けて罵り合い。

 少年は、父を最後にぎっと睨んで、それきり振り返らずにカタナたちの脇を走り去って行った。


「……ねえ、ナニこの寸劇?」

 一連のやり取りに胡乱な顔をしていたリウが、エイン、グイード、オーブを見るが、テンゼン工房のことを知っている筈の彼らも唖然として首を捻っている。

 カタナも同様。親子喧嘩らしいが、いきなりすぎて理解が追いつかない。


「あー、うむ。確か、あの入口の御仁がテンゼン工房の二代目よの」

「ええ。以前僕を門前払いした親方です」


 と、工房の前で仁王立ちしていた男がふとカタナたちに眼をやった。そして。

「おう、客人かい。……見覚えのある顔も居やがるが、みっともねえ場面を見せちまった詫びだ、入ってくれ」

 むっつりとした顔のまま、きまり悪そうに五人を工房の中へと招き入れたのだった。



「さて……俺がこの工房の主――二代目テンゼン、名はアサギだ。そちらさんは剣闘士だな?」

 短く刈り込んだ明るい藍色の髪をかき回して、男は首肯するカタナたちを一瞥した。

「剣闘士が武器職人を訪ねる理由なんざ一つきりだ。――どんな武器が入用だ?」


「売っていただけるんですか?」

 オーブが意外そうに聞くのに、アサギは、ふん、と鼻を鳴らす。

「そいつは話を聞いてからだな。モノが人を斬る武器だ。俺の武器を、信の置けん相手には預けられん」


 単眼の剣匠は、強い眼光で断言した。

「武器を造るってことは、生命を奪う可能性を生み出すってことさ」

 そして強面を思い切り顰めて。

「ハンチク職人の中にゃ、武器の価値は使う者次第だ、だの。武器がどう使われようが造った者に責任はねえ、だのと誤魔化しやがるのもいるが、俺はそんな程度の低いナマクラを打つ気はさらさらねえ」


 言い切ったアサギは、一同をぐるりと見回す。

「俺の鍛えた剣を持つからには、腕が未熟でも、そいつの心根は英傑であってもらう。生半可な輩にゃ預けねえ」


 揺るぎない言葉に、カタナはアサギという職人の矜持を見た気がした。自分が造る武器は、相応しい『格』のある者の元に行くべきだという信念。

 傲慢と言えばその通りだが、つまりそれだけ自らの腕に信を置いているということだろう。


「例えば親父――カンバの故郷にいた戦士は、戦場で敵の真ん前に立ち塞がって、わざわざ名乗りを上げてから真っ直ぐ突撃するってえのが作法らしい」


「は?」

「……良くわかりませんね。帝国騎士が、開戦前に書状を相手方に送って名を言い交すことはありますけれど、戦場で敵に挨拶?」

 剣闘士たちは顔を見合わせて首を傾げる。アサギ自身、語った行動を全肯定しているわけでもないようだった。


「俺にも完全に理解ができるワケじゃねんだが、要するにそれが親父の故郷の『真の戦士』の在り方ってヤツらしい。自分の戦いに恥じるところは一つも無い。だから堂々、名乗ってから正面突撃するんだと」


「!」


 真の戦士。

 その言葉は、かつてカタナが師匠に言われた言葉だ。思わず腰を浮かせる。

 無論、アサギがカーンの口癖を知っていた訳はないが、偶然だとしても、カタナはその言葉を無視できなかった。


 真の戦士になる。

 それは剣闘士としてではなく、カーンの弟子として、カタナが自らに課している課題であった。

 深い理由は無い。ただ、それが師匠の示した唯一の言葉の教えであったから、弟子の自分もまた目指すのだと、ごく自然に決めていたのだ。

 

 だから、カタナは前へ。アサギの正面へと踏み出して眼を合わせる。

「ヒュームザオン剣闘士商会、カタナ=イサギナです。剣闘に使う剣を一振り、探しています」

 目線を合わせたまま、頭を下げる。

「この工房の剣を見せてください」



「……」

 アサギは無言。急に詰め寄って来た、まだ子供に近いような年齢の剣闘士を自分に残った一つの眼でじっと見ている。


 普段なら、ガキに刃物なぞ十年早い、と追い返すところだが。

 暫し、カタナの赤みの差した桃色の瞳を、感情の窺えない無表情で眺めていたが、ゆっくり口を開く。

「……利き手を見せな」


 アサギの言葉に異を唱えず、カタナが素直に右手を差し出す。

 熟練の鍛冶師は、武器を持つ者の手を取って見るだけでその者の技量から得意武器、さらには戦い方や信条までを見抜くことができる。手に残る肉刺や傷痕、筋肉の付き方から、手の持ち主の本質を類推するのだ。


 伝説的な鍛冶師であった父の薫陶を受けたアサギほどの職人ならば、眼を見るより話を聞くより、手を感じる方がよほどよく相手のことを知ることができる。


「なるほど。年に見合わん大した剣の腕だ。そしてそれ以上に……妙な手だ」

 カタナの利き手を一瞥したアサギが小さく呟く。思わず漏れた、という風情の声だった。


「俺は戦を知らん。が、戦いに生きる男どもの手は何千何万と見た。中には普通の剣闘士や傭兵、騎士だけじゃなく、元暗殺者や帝国外から流れて来た蛮人の戦士なんてのもいたが」


 カタナの手は一見すると常人の手とそう変わりないように見えるが、アサギには少年の異質さが理解できた。

 筋肉の付き方に肉刺の痕、果ては指の可動域から爪の形まで、異常な負荷と損傷、治癒を繰り返した末の、一種人体改造じみた痕跡がそこにはある。

 それは、カタナの山林地帯での生活と、師との実戦修行――人の生活圏から隔絶された中で過ごした日々の結果だった。


「今までこんな手は見たことがねえ。どうすりゃ『こう』なるのか、見当も付かん……お前さんは、今まで武器に満足したことがねえな。それも道理だ。この手に合う武器になぞ、そうそう出会えなかったろう」

 アサギはカタナの手を離し、きつく瞑目する。そして隻眼を開いた時、男の目には確信を込めた強い眼光があった。

「いいだろう。お前さんは良くも悪くも、俺に見切れるタマじゃねえのは確からしい。一人の鍛冶師として、お前さんのような戦士に、剣ってモンに失望させたままにしておくわけにはいかん」


「じゃあ……!」

 勢い込むカタナに、アサギは重々しく頷いた。


「ああ、好きな剣を選ぶと良い……と言いたいが、お前さんの手に馴染むだろうって剣にはもう心当たりがある。俺の作じゃなく、先代の遺作なのが残念だがな」



「いや、やるねカタナくん。あの気難しい親方にあそこまで言わせるとは! しかもカンバ=テンゼンの剣を出してくれるなんてね」

「……そうだな。初代の死後、彼の剣はほとんど表に出ていない。いい買い物をしたな」

「でも、あんまり高価なのが出て来たら、ウチの商会ヨリ先にカタナが破産するヨ?」

「リウよ、色々と縁起でもないことを言うでない。カタナの財産は本気で残り少なかろう」


 アサギが奥へと引っ込むと、今まではお行儀よく黙っていた面々が好き勝手に話し出す。


「だってさ、さっきの店では、店員のオンナノコに勧められてほいほい銀貨一山分もする防具買っちャったんだヨ? なんか世間知らずっぽいんだヨ、カタナって」

「ああ、それはあるかもね。でもリウ君も自由過ぎるからね? 世間無視してるでしょ君って」


 色々言われても聞こえないふりで我慢するカタナ。


「お前が言うか? オーブ。カタナが世間知らずというのには同意するが」

「いや、エインも大概ぞ。ある種カタナ並に」


 切れた。


「ええいもう、やかましいですよあんたら! 人が黙ってたら言いたい放題。誰が世間知らずの一文無しだ! あとリウ! 人を美人局つつもたせに引っかかるダメ男みたいに言うな!」


 その勢いで、気が付けばカタナは礼儀も遠慮も忘れて叫んでいた。

 が。


「あはははは!」

 リウが腹を抱えて笑い転げる。


「かっかっか! やっと怒りよったわ」

 グイードも、まるで若者のように軽快な笑い声を上げる。


「ちょっとお二人とも、笑いすぎですよもう……」

 オーブがそんな両者を諌めるが、当の本人が顔を緩めっぱなしなので効果は無い。


「……ふっ」

 エインまで、普段の暗さはどこへやら、ふるふると笑みを堪えている。


「な、何を……?」

 彼らの反応に狼狽えるカタナを見て、またリウがけらけら笑う。それをオーブが軽く制して言った。


「いや、すまないカタナ君。君があんまり堅い顔していたから、みんな気にしてたのさ」

「そうそう。これから同僚になるんだし、気を張り詰めてばっかりだと、身体壊すヨ?」


 彼らに言われて、やっとカタナは自分がわざと「怒らされた」のだと気が付いた。彼らは彼らなりのやり方で、まだ商会にも慣れていない自分の気構えを解そうとしていたのだ。


「まだ会ったばかりの連中に遠慮があるのは分かるが、それが過ぎれば逆に無礼にもなる。もっと肩の力を抜いておけ」

「リウのように、会うなり人を爺呼ばわりするほどには抜かんでもいいが、剣闘士同士の付き合いは、誰も彼もが勝手な所があるのを互いに受け入れながらやって行くものよ」


 年長の二人にも言われて、カタナは非常にバツが悪い思いになった。あれこれ気を使っていたつもりが、いつの間にか気遣われる側になっている。

 すみませんと謝るのも逆に失礼だが、ありがとうと礼を言うのも面はゆい。カタナがどうとも言えずにいるところに。


「あの、ボンクラ息子! 倉庫の武器を勝手に持ち出しやがった!」

 店の奥から、アサギの強烈な怒声が響き渡った。



「息子は、こないだ急に、鍛冶師を継がずに剣闘士になりたいなんて寝言を言い出しやがった」

 テンゼン工房の表、地べたにどっかと胡坐をかいたアサギは、心底忌々しそうに吐き捨てた。


「別にあんたらを低く見てるワケじゃねえ。ただ、剣闘士は生半可な覚悟じゃ生きても行けん世界だ。毎年何人もの腕自慢が、生命を失い、手足をなくして消えていく」

 怒声を上げて、今にも街中へ飛び出そうとする彼を、カタナたちは数人がかりで押さえ、宥めて何とか事情を聞き出していた。


「それが、今まで剣の修業一つしたこともねえガキが、どっかの剣闘士商会の口車に乗せられて浮かれちまったのさ。自分には才能があるんだ、とな。で、あの阿呆。倉庫から目ぼしい武器をいくつも抱えて飛び出したらしい」


 そこでアサギはカタナに向き直って頭を下げる。

「すまん! あんたに見せたかった剣も、愚息が持ち出しちまったようだ」

「あ、いや、気にしないでください。それより気になったんですけど……」

 コホンと空咳を一つ。


「おれは前、ちゃんとした剣闘士商会に入るのは色々難しいって聞いてたけど、こんな風に勧誘するのってよくあるのか?」

 カタナが傍らの剣闘士たちに聞くと、五十年近く剣闘士をしているグイードが、思わし気に首を傾げる。

「さて。野良試合で活躍している剣士を拾い上げるのならまだしも、剣の心得も無い子供を勧誘するというのは中々聞かんな。全く無いとまでは言い切れんが」


「確か、『隻腕』ミゼがその口ですね。イシュカシオンの商会長が孤児だった彼を見出して引き取ったとか。彼はその恩返しとして、剣闘で腕を失った後も引退せずにいるそうです」

 オーブのセリフに、アサギがうんざりと首を振る。

「息子も同じことを言われたそうだ。自分には『隻腕』に匹敵する剣の才能がある、なんて舞い上がっちまってまあ……我が息子ながら頭が悪すぎる」


「しかし、そんな酔狂な勧誘をするとは、どこの商会だ?」

「あん? 確かどっかで聞いたような名前だったが……そうそう、マイアス商会とか言う、小さい商会だった」


 その瞬間。グイードが眼を見開く。老いてなお曇らない彼の眼は、にわかに怒りの火が点ったように鋭く光っている。

()()()か」

「グイードさん?」

「以前似たような詐欺の話を聞いたことがあった。マイアス商会は、つい先月、経営不振で『廃業』しておる! 何者かが商会の名を騙っておるな」


 剣闘都市シュームザオン。

 その名の通り剣闘が盛んなこの都市は、故に剣闘士商会同士の激しい競争がある。それに敗れ、剣闘士を失い資金繰りが悪化して商会を畳む事態になってしまうのは、なにもヒューバード商会だけの事情ではない。

 毎年いくつもの剣闘士商会が起ち上げられ、その分消えていく商会もあるのだ。


「マイアス商会もその一つ。六年ほど前から活動しておったが、業績が伸び悩んで、最近はロクに剣闘に参加もできない有様でな。廃業したのも無理はないが……」

「でもさ、誰が何の目的で潰れた商会を名乗って、ここの子を剣闘士に勧誘するのさ? まさか誘拐とか?」

 リウが言った時、カタナの脳裏につい先日名も知らぬ男から聞いた言葉が甦る。


「……()()()()?」


『モグリの商会に騙されて、気が付けば奴隷市の中、なんてこともあるらしいぜ』


 そう、確かにそういう話を聞いたのだ。あたかも正式な剣闘士商会であるかのように装って、剣闘士に憧れる世間知らずの少年を誘い、連れ去り、奴隷として売り払う。これはまさにその手口ではないのか。


 帝国において、奴隷制度は公に認められたものだ。

 だがそれは戦争に対する捕虜の処分や重犯罪人の刑罰としての、いわば公的事業として許されている限定的な産業に過ぎない。

 あくまで発生した奴隷を処理するためにあるのであって、進んで奴隷を生産する事業では、今はまだない。


 そして、奴隷の所有をするにも国の認可が必要となる。

 未認可の奴隷売買は全て違法であり、困窮した家が若い子供を人買いに売るようなことも公には認められていない。


 しかしどうしようもない話であるが、人身というのはやり方次第で莫大な金に換えられる。それが税のかからない非合法のものであればなおさらだ。

 故に、どれだけ取り締まろうとも公認を受けない奴隷商人が帝国から消えることはない。


「奴隷だと? ……まさか!」

 何か息子の様子に思い当たることがあったのか、アサギの顔に緊張が走る。

「あり得ない話ではない。確かに、そうした犯罪の話は時折耳に入る」

 エインが親指の爪を軽く噛んで深刻に頷く。


「しかし、なら被害はあの子一人ではないのでは? いくら奴隷売買でも、たった一人では採算が取れるわけがない。方々に声をかけて『釣って』いるはずです。それならもっと噂になっていてもおかしくないでしょう」

 オーブが疑問を口にするが、リウは首を振る。

「だとしても、検証している時間の余裕はないね。『商品』がノコノコ入荷されたなら、他所で売り払うためにさっさと街から離れるでしョ」


「うむ。少なくとも、何者かが今はもう存在しない商会を名乗って少年を誘い出したのは確実。主人、急いで都市警に知らせるがよかろう」

「ああ。すぐに行ってくる。すまんなお前さんたち」

 グイードの言葉にアサギは素早く立ち上がり、猛然と走り出して行った。


 そして、残された剣闘士たちは誰ともなく眼を見交わす。

「……結局剣はお預けか。残念だったね」


「まあ、こうなってしまっては仕方あるまい」

「今からでも、他に工房を回るか?」


「さて、どーするカタナ?」

 リウが、黙ったままのカタナに問いかける。いかにもリウらしい、悪戯っぽい笑みで。


 受けて、カタナもニヤリと笑う。

「……決まってるさ」


 そして。

「みんな、今日はあちこち案内して貰ったけど、あと一ヶ所、案内して欲しい!」

 カタナは、『剣闘士らしい勝手さ』という言葉を思いながら、きょとんとする『仲間』に声をかけた。


「おれの『相棒』になるはずだった剣のところまで!」

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