羽を見つけた
小説家になろうで小説家になろう!
先ほどからイライラが収まらない。理由ははっきりしている。クラスメイト和奈日が、小説家になろうというサイトでランキング一位を取ったと自慢していたのだ。それを聞いた他のクラスメイトは、「和奈日君すごいねー」「やるじゃん和奈日」などとあいつに群がっていった。彼に群がっていないのは変わり者で有名な、神林さんくらいのもので、クラスで和奈日がいる地点だけが、熱気が異常にある。
それまでは僕が青年映画コンクールで奨励賞を取ったという話題で持ちきりだったにも関わらず、だ。
あいつはいつも僕からスポットライトを奪っていく。小六の時に僕が運動会で騎馬戦で一位を取った直後、あいつはリレーで一位になった。僕が中三の時に野球の地区大会で二位になった直後、あいつはサッカーの地区大会で一位になった。しかも都大会への切符も手に入れてきた。僕はそのたびに悔しい思いをしてきた。
確かにぱっと見た成績だけで行ったら和奈日の方が上だ。それはしょうがない。しかし思うに、和奈日は違う土俵で戦っていた訳で、同じ場所で直接勝負をしていたならば、僕と和奈日の位置は変わっていたはずだ。
だから僕は考えた。
小説家になろうで、和奈日に勝つ。勝って手に入れてやろう。賞賛を、賛美を、栄光を。
★
思い立ったが吉日。僕はうだるような夏の暑さに耐えながら、散らかった勉強机の上に置かれたノートパソコンを起動した。起動音とともに熱が排出され、暑かった部屋が更に熱気を増す。短パンにティーシャツ一枚でも耐え切れず、机の隣に置かれた扇風機を動かす。生ぬるい風が吹き始めると同時に、ノートパソコンがデスクトップを表示した。
迷わずインターネットエクスプローラーと書かれたアイコンをマウスを動かしクリックすると、しばらくの間をおいて、見慣れたヤフーとの文字が画面に浮かび上がる。
検索窓に打ち込む言葉はもちろん『小説家になろう』。僕の戦場となる所だ。
サイトを覗いてみると、様々な情報が目に入った。
お知らせ、新着の小説、短編、レビューなどなど。
その中でもやはり目を引いたのが、ランキングだ。一位の所には魔学科大學の優等生。二位の所には地平線とデス・ゲーム。三位の所にはぽんぽこ鬼の手記。
和奈日が言っていた小説はどこにも見当たらなかった。念のため、百位までを確認するも、それらしきものは見つからなかった。
そのまましばらく漠然とランキングを見ていると、上の方に書かれた累計という文字を発見した。その横には、四半期、月間、日間と続く。なるほどどうやらこのランキングというものは細分化されているようだ。
和奈日がこのサイトに小説を投稿し始めたのは確か最近。そこから予想するに。
僕は日間ランキングをクリックした。
「見つけた!」
予想通り、和奈日が書いたと思われる小説は日間ランキングの一位を陣取っていた。タイトルは『VRMMOしていたら急に異世界にいたからチートでハーレムでダンジョン作成する!』で、作者名は和奈日成子。作者名が和奈日の本名なので間違いない。
僕は迷わずそれを読んで見ることにした。
読んでみると、一位の名は見せかけではないのだろう。なかなか、強がらないでいうとものすごい面白かった。
主人公がオンラインゲームをしていて、ログアウトをしたら別の世界にいて、森の中で戸惑っていると、山賊に襲われている美少女を見つけてしまい、颯爽と助けて山賊に説教する所まで一気に読んでしまった。
さらにスクロールしていくと、もっとこの世界に浸かってしまう。
情報を売買出来ることに目をつけて、人儲けし賞賛の目を送られる主人公。あまりの魔力の高さに、ギルドの魔力測定機を壊した主人公。その力と頭脳と容姿で、出会う女を次々と虜にしていく主人公。
いつしか僕は、自分をこの物語の主人公に投影していた。
「なんて、面白いんだろう」
思わず出た呟きに反応するのは無機質な扇風機の音のみ。
「これを越えられるのか」
和奈日が全力で書いたであろうこの物語の上を、僕の物語が飛べるのだろうか。
そもそも羽ばたけるのだろうか。
しかしそんな不安を一蹴し、パソコンのディスプレイに再び向き合う。
そしてインターネットエクスプローラーのタブを閉じテキストエディタ、二次郎を起動させる。
テキストエディタとは文書作成用のパソコンソフトのことで、僕は映画の台本を書く時などに使用している。
そしていざ、キーボードを叩こうとした矢先、手が止まった。
「しまった」
アイデアがない。
そう、書く物語の案がないのである。これに関しては全くの盲点だったと言わざるを得ない。小説を書こうとするのに書きたいものがない。こんな事でいいのだろうかと思案していると、雑多な机の上にある、一つの冊子が目に入った。
その冊子の表紙にはでかでかと、『蝉と僕ら』と書かれている。
これは映画部が奨励賞を受賞した作品の台本と絵コンテだ。
ぱらぱらと冊子をめくると、この話を撮影した時の気持ちや情景が、すっと胸の中に入ってくる。初夏の日差しが降り注ぐ中、汗だくになりながら何回も同じシーンを取り直した。あまりの暑さに、熱中症寸前にまで陥った奴もいた。それでも僕らはこの作品を完成させた。あの時の達成感が、僕が映画を取る理由の一つなのだろう。
しばし見つめる。
「よし決めた」
これを、小説にしよう。あの思いはきっと、形を変えても変わらない。
そうして僕は羽ばたくための、助走を始めたのだった。