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携帯彼氏  作者: 新等元気
第二章
9/31

(2)

お昼頃には、この広大な敷地全てを見終え、再び生徒指導室に戻り一息ついていた。

今は、白崎が授業のためにこの場には居なく、黒嶋が目の前に座っていた。白崎とは会話が絶えることはなかったが、逆に黒嶋は会話よりも沈黙の時間が多かった。しかし、気まずさはなく、むしろ心地がいい沈黙だった。

黒嶋は本当に口数が少ないらしい。…授業は別らしいが。

時々、何かを思い出したかのように話しかけてくる。


「…どうだ、この学校は?」


「とても広いです。」


その返答は、予測していたのかすぐに「そうか」と一言返した。千代は忘れないうちにと傍らの鞄の中から自分の携帯…おそらく“湊”を取り出した。

この携帯が、こっちの“桃野湊”とも繋がっているのだとしたら、大怪我を負っていることになるので、治してもらわなければならないだろう。

自分の携帯を握り締めて、黒嶋の方を見た。


「あの、黒嶋先生。この携帯を直したいんですけど…どうすればいいですか?」


黒嶋が手を出したので、携帯を手渡す。

黒嶋は携帯を開いた。


「電源は切ってあるな。賢明な判断だ。治すためには本体とは別には本人が必要だ。だから、君の言う“ミナト”が現れない限り治すことはできないだろう。」


「そんな…」


「だが、この程度の損傷ならば死ぬことはないだろう。それに電源をきっているから大丈夫だ。……だからそんな顔をするな…千代。」


千代にとっては、この携帯が千代の大切な人。結ばれることはきっとない。でも、想わずにはいられない…。

うつ向くと、いきなり頭をぐしゃぐしゃにかきなでられた。一瞬驚いたが、慣れない手つきではあったが、それは黒嶋が黒嶋なりに慰めてくれているのだろう。


「すみません…もう、大丈夫です。」


この空気を変えたくて、千代はうつ向くのをやめて違う話題を振った。


「あの、転入試験とか経歴とかは大丈夫なんですか…?」


「その件は心配しなくていい。三日後に試験があるが、千代なら普通にパスできるだろう。あと、書類は適当に偽装しておいたから、面接で何か言われても頷いていればいい。」


今、さらりととんでもないことを目の前の聖職者は言わなかっただろうか。

唖然とする千代を気にもとめず何食わぬ顔で立ち上がった。


「次は、俺も白崎も授業でいないから、大人しくここで待機していなさい。あと二時間もすれば帰れる。」


そう言って、部屋を出ていってしまった。

持て余した時間に考えることはやはり湊のことで、頭の中では、今持っている情報を繋ぎあわせる。何回考え直しても、行き着く答えは同じだった。


「やっぱり、こっちの金髪の湊くんと湊くんは同一人物なの…?」


同じ顔、声…しかし何かが違う気がするのだ。千代のことを知らないのはもとより、雰囲気や微々たる何かが違う気がしてならない。湊と会ったのは、本当に数えるほどで、何が違うのかときかれても答えることはできない───。


その答えが見つからないまま、時間は過ぎ、黒嶋に送られて家に着いていた。黒嶋はなるべく早く戻ると一言だけ言って、学校に戻っていった。

時計を見ると、針は六時を過ぎており、夕暮れ時になっていた。開いている窓から漂ってくる匂いに、千代ははっとした。


(夕飯とか作って待っていていいかな…)


余計なことはしない方がいいだろうと思う反面、面倒をみてくれると言う黒嶋に何かしたいと思う。朝の光景や、キッチンの様子からして自炊はしていそうだが…と考えあぐね、悩んだ結果、千代は腹をくくった。

もう怒られたらその時はその時だ。

夕飯の支度をすべく、冷蔵庫を開けると、十分なほど食材はあり、黒嶋が本当に自炊していることが見てとれた。

人の家のものを勝手に使うのは気が進まないが、千代も何かをしていないと落ち着かないし、大体無一文である。買い物には行けないし、土地勘もない。

とりあえず、口に合うものを作ろうと千代はキッチンにたちむかったのだった。






◇◇◇◇◇◇


黒嶋は目の前に仲良く並ぶ不貞腐れた顔を交互に見た。

この二人のお陰で人気のない生徒指導室は、更に重くよどんだ空気が流れている。


まぁ、仲良くないというというのは二人の一触即発の雰囲気で見てとれるのだが…。


二人は苦虫を噛み潰したような顔をして睨みあっていた。


「桃野、黒川…お前らはいつになったらその喧嘩癖は治る?」


「こいつが居る限り治ることはねぇ。」


と、金髪の青年は答える。


「同感だ。」


と、黒髪の青年は同調する。

そこだけ意見の合う二人に黒嶋は、今日何回目かわからない溜め息を吐いた。

そして脳内に教師陣、生徒等からの苦情が思い出されていった。


「ここはな、小学校じゃないんだぞ?」


「「そんなことわかって…」」


二人は同じ台詞を吐き、同じタイミングで言葉を止めた。それをお互いに嫌だと思う前に、黒嶋の表情に固まる。

………笑っている。黒嶋が笑っている…が、背後にただならぬ何かが発せられている。


「お前ら、担任である俺のことを考えろよ。毎日、違う先生に泣きつかれてみろ。俺もな、怒るぞ。」


いつも怒ったような顔をしているくせに、とは口が裂けても言えなかった。笑った方が怖いなんて、他人事だったら笑える話だ。

しかし当事者たちは笑えない。


「それから黒川、保健室を我が物顔で使うな。」


基影(もとかげ)の手の甲には、綺麗に包帯が巻かれている。もちろん自らが巻いたものだ。入学してから二年弱、今では保健医顔負けの手当てができるようになっていた。

基影は本日二回目の呼び出しに、数時間前に自分が言ったことを後悔していた。

───本当に二人揃えてお説教とは…。


「お前らも自覚を持て。卒業したら成人なんだぞ。お前らは俺と違って人に付くんだ。いつまでもそのままの訳にはいかないぞ。」


鋭くなった眼光を二人は正面から受けた。


「俺は人に付かねぇ。」


その言葉に基影は、隣に座る湊を食い入るように見つめた。黒嶋は眉を吊り上げ、更に眼光を鋭くした。


「……廃棄されるぞ。それを知らないとは言わせないぞ桃野。」


「桃野、お前そこまで馬鹿なのかよ?」


黒嶋と基影の言葉を聞いて、湊は鼻で笑ってソファーから立ち上がった。


「やっぱり似てるな。頭固ぇぜ黒嶋も、基影も。」


基影の空気が剣呑なものに変わる。それを知ってか知らずか湊は楽しそうに双眸を細めて、ソファーに座る黒髪の二人を交互に見た。その双眸を見返すものは、全く同じと言える漆黒の瞳。


「目つき悪すぎ。」


ぼそっとそう呟いて、湊は勝手に生徒指導室を出ていった。

湊が出ていった後、基影もすぐ出ていってしまった。

一人残った黒嶋は、湊の言葉を反芻した。教師として放っておくことは出来ない。だが、彼は…湊は人間に対して何かを感じている。湊の気持ちは変わらないのかもしれない。

しかし、この世界に人間が来た。

千代は桃野湊に興味を持っている。

及川千代……彼女が桃野湊を変えてくれるかもしれない。

彼女が言っている“ミナト”は桃野湊と関係があるかもしれない。

もしかしたら────

黒嶋はこめかみを揉んで思考を止めた。

時計を見ると六時半を過ぎたところを示していた。早く残っている仕事を終わらせなければ…。

黒嶋は基影にメールを送った後、痛む頭を押さえながらも、重い腰を上げて教務室へと戻っていくのだった。



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