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携帯彼氏  作者: 新等元気
序章
2/31

(1)

※誤字を書き直させていただきました。



寒い冬が明け、春が来た。桜の花弁が雪のように降っている。私はその様子を新しい教室の窓から見ていた。


「及川千代。」


名前を呼ばれて意識が桜から教卓の前にいる初老の教師へとうつった。そういえば、出席をとっていたのだと思い出した。教師の名前は忘れてしまったが、向こうは、生徒の顔を覚える気がないのか、机の上の出席簿とにらめっこをしていたために、上の空であったことには気付かれていないようだった。


「はい。」


出来る限り急いでした返事は、喉の奥にからまって、うまく声にはならなかったが、何を言われるまでもなく、後ろの席の人の名前が次に呼ばれた。

そして、また千代の意識は桜へと向けられる。

その時、携帯がポケットの中で震えた。千代の意識は桜から、薄い桜色の携帯へとそそがれた。桃色とも呼べるその色は、受信メールの差出人の名前を見た瞬間の、千代の心の色と同じ色でもあった。画面に映る“桃野湊”という文字に千代の心はおどった。内容は、極あっさりとした他愛のないこと。


『桜がきれいにさいてる』


語尾には、にっこりとした絵文字がついている。画面をスクロールしていくと、鮮やかな色をした桜の写真が添付されていた。思えず、自分の顔に笑顔が広がっていくのがわかる。

そして、また窓の外の桜と、送られてきた画像と見比べて、その後に返信のメールを打ち始める。


『私の教室からも桜が見えるよ。でも、そっちみたいに鮮やかな桃色じゃなくて、白い花弁だよ。』


写真も添えたかったが、HR(ホームルーム)が終わらないため、撮って送ることはできなかった。

しばらくすると、また携帯が震えた。千代は逸る気持ちを押さえて携帯を開いた。


『俺、ピンクとか桃色って嫌いなんだけど桜のピンクはそんなに嫌いじゃない。』


ピンクが嫌いなんだ…。そう脳内で何回も反芻して、また新しい彼の一面を知って、心がはずんだ。そして、ピンクが嫌いなのに、名字が“桃野”なのが可哀想で面白かった。笑いをこらえながらスクロールしていくと続きがあった。


『千代と桜が見れたらもっとピンクが好きになれるかも』


語尾には、生意気そうに歯を見せる絵文字が1つ、笑っていた。そのメールに千代の頬は、カッと熱くなり、胸の鼓動が、脈拍が早くなっていくのを感じた。


そう、彼女は“桃野湊”に恋をしている。


千代は自分でもおかしいと思う。

何せ千代は“桃野湊”の顔を見たことがない。無論、会ったこともない。声は幾度かの電話で知ってはいたが、千代が“桃野湊”について知っていることは少ない。

千代が知っているのは、名前と、性別が男であるということと、髪が茶色で、漢字が苦手であるということだけだ。

携帯を通じてだけのやりとりで、きっと人柄は優しいのだろうな…と感じる。


もしかしたら、醜男かもしれないし、嘘をついているのかもしれない。しかし、千代は前者であっても“桃野湊”が好きだと思うし、後者は、ありえないのではないかと千代は直感的にだが、感じていた。

千代の予測では、“桃野湊”は、この学校の先輩ではないか…。最低でも、同じ市内の高校生だと踏んでいた。


彼との“出会い”は、去年のクリスマスだ。差出人不明のメールが、突然届いたのだ。友人が我が家に到着し、女だけのクリスマスパーティーも盛り上がっているときに、友人に相談すると、『誰なのか聞いてみたらいいじゃない』と軽い返事が来た。

千代は意を決してメールを返した。

すると、すぐに返信が来た。メールの返信が来たことに友人は驚いて、身を乗り出して私の携帯を覗き込んでいた。

結局、クリスマスパーティーはそのメールの差出人の話で盛り上がることとなった。

相手は、メールで名乗り、『友達になりませんか。』ときいてきた。

千代にとっては初めての異性とのメールだった。友人は、あまりにも予想外だったらしく、掌を返して、『危ない人かもしれないからやめた方がいいよ』と言ったが、千代は何故かそうは思えなかった。否、思えなかったの方が正しい。

前々から知っているような、そんな感じがしたのだ。

そして、そのままメル友として現在に至るのである。

“出会い”から3ヶ月ちょっとと、出会ってから短いが、いろんなやりとりをするうちに千代は気付いてしまった。

自分の気持ちに。“湊くん”に恋をしていることに……








◇◇◇◇◇◇



長かった冬が明けて、澄みきった晴天が頭上に広がる。自分が立っている橋の上から少し目線を下へ向けると、河川敷に植えてある桜から、春風が花弁を拐っていく。

橋の上にまで春風は舞い上がり、桜の花弁が服にぴたりとはりつく。

男は止まっていた足をまた動かした。目の前には、鮮やかな桜の桃色の花弁が足止めをするかのように舞った。

それに再び男は足を止めて、自分の分身をポケットから取り出した。男は目を細め、眉間に皺をよせる。…自分の嫌いな色。ディスプレイを見ると、返信が来ていた。男の険しかった目が、今度は、優しく笑むように細くなる。メールの内容を見ると、自分の期待通りの答えが書いてあった。心が温かくなる。春の日差しよりも、何よりも、彼女の言葉が、男を温める。

しかし、ゆるむ表情を男は引き締めた。駄目だ、いけない…と自分に言い聞かせ、ブレーキをかける。今、現在、この状況が奇跡なのだと。これ以上望んではいけないことを男は知っていた。

最後に男は愛しい少女の名を小さく呟いた。そして、再び歩み始めた男の茶色い髪を春風が巻き上げた。隠れていたうなじから見える桃色の髪が、桜の花弁のようにそよいだのだった。





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