第一章 第一話 「異世界転移①」
第一章 「べネブ村」
…..….「エマ!!!危ない!!!」
バン!!
銃声が鳴り響く。初めて銃に打たれた感覚はとても気持ち悪く、吐き気がするほどだった。
腹の中から血で暖かくなっていき、真っ赤に染まっていた。
「待って!!ハヤ………..私なん…..」
エマが叫ぶ音が聞こえる。
俺なんかに構わず逃げてくれよ。
だんだんと何も聞こえなくなってきた。
あぁ、俺、死ぬんだ。いい人生だったかな、、、
◇◆◇◆◇◆◇◆
隼人は、自分が嫌いだった。
何をしても上手くいかない。誰かに相談することもできない。
そして何より、自分がどれだけ苦しんでいても、それを分かってくれる人がいなかった。
家に帰れば、母親がいる。
隼人の父親は、ずっと前に家を出ていた。だから、家には母親と隼人の二人しかいない。
それなのに、家に帰ることが安心できる場所になることはなかった。
「なんでこんなこともできないの?」
「本当にあんたは何をやってもダメね」
母親の機嫌が悪い日は、何をしても怒られた。
学校で嫌なことがあった日も、隼人は家に帰れば少しは落ち着けると思っていた。
けれど、現実は違った。
学校で傷つき、家でも傷つく。逃げられる場所がなかった。そんな生活を続けているうちに、隼人は人と話すことが怖くなっていった。
学校でも、できるだけ目立たないようにしていた。
しかし、それが逆効果だった。
「おい、隼人」
ある日、教室で男子の一人が隼人の机を軽く叩いた。
「今日も一人?」
「……」
「なんか喋れよ」
周りから笑い声が聞こえる。隼人は何も言わなかった。反応すれば、もっと面白がられる。そう分かっていたからだ。
けれど、何も言わなくても状況は変わらなかった。
机に落書きをされた。
物を隠された。
わざとぶつかられた。
廊下ですれ違うだけで笑われる。
先生の前では何も起こらない。
だから、誰かに相談しても信じてもらえるか分からなかった。
そんな隼人にも、一人だけ大切な人がいた。
彼女だった。
彼女と一緒にいるときだけは、学校のことも家のことも忘れられた。
「隼人って、優しいよね」
以前、彼女がそう言ってくれたことがあった。
その言葉を、隼人はずっと覚えていた。だからこそ、彼女だけは自分の味方だと思っていた。
しかし――。
「……隼人、ごめん」
ある日の放課後。
彼女から呼び出された。
そこで聞かされたのは、隼人にとって信じたくない話だった。
彼女には、別に好きな人ができた。
しかも、その相手は隼人の知っている男子だった。
「いつから……?」
隼人が聞く。
「……少し前から」
「そっか」
それ以上、何も言えなかった。本当は聞きたかった。
どうして。
俺じゃダメだったのか。
何がいけなかったのか。けれど、言葉が出てこなかった。
彼女と別れたことは、翌日にはクラス中に知られていた。
「隼人、振られたんだって?」
「彼女、別の男と付き合うらしいぞ」
「かわいそうだなー」
笑い声が聞こえる。隼人は俯いた。
何も感じないようにしていた。でも、本当は全部感じていた。
悔しかった。
悲しかった。
苦しかった。
それでも、誰にも言えなかった。
家に帰っても、母親に何か言われる。学校に行っても、いじめられる。
信じていた彼女にも裏切られた。
隼人には、もう何も残っていなかった。
そして、いつしか一つの考えが頭から離れなくなっていた。
――消えてしまいたい。
最初は、ただ頭に浮かぶだけだった。
でも、嫌なことが起きるたびに、その考えは強くなっていった。
そして、その日。学校が終わると、隼人は一人で駅へ向かった。誰にも連絡しなかった。
誰にも行き先を告げなかった。
電車に乗り、空いている席に座る。窓の外を流れていく景色を眺めながら、隼人はぼんやりと考えていた。
――もう、全部終わりにしたい。
そのまま目を閉じた。疲れていた。何も考えたくなかった。
そして――眠った。
どれくらい眠っていたのか分からない。
隼人は、ゆっくりと目を開けた。
「……?」
最初に感じた違和感は、静かすぎることだった。
電車の音がしない。
隼人は目を開けた。
「……ここ、どこだ?」
電車の中ではなかった。
目の前には土の道が広がっている。その両側には、木で作られた家が並んでいた。
少し離れたところには、小さな店がある。
店先には色とりどりの果物が並んでいた。
「……え?」
隼人は立ち上がった。
何度見ても、そこは駅ではない。スマートフォンを取り出す。電波は入っていない。
「なんだよ……ここ」
隼人は歩き始めた。店を覗く。知らない果物。
知らない食べ物。知らない文字。
「らっしゃい兄ちゃんこのフルーツ安くしてんだよ、1個どうだい??」
フルーツの店。
「ほら、このキャリーフィッシュうまいんだぜ!そこの兄ちゃんどうだい??安くしとくよ」
魚の店。
“サイファ病、注意せよ”
と書かれたポスター。
歩いている人たちの服装も、どこか昔の時代を思わせるものだった。
「映画の撮影……?」
そう考えた。でも、そんな様子はない。
建物も、道も、全部本物に見える。
隼人は自分の腕をつねった。
「痛っ……」
夢ではない。風も感じる。土の匂いもする。
遠くから聞こえる人の声も、あまりにも鮮明だった。
「……まさか」
頭の中に、ある言葉が浮かんだ。
「異世界……?」
アニメや漫画で見たことがある。
現実ではあり得ないと思っていた。
でも、今の状況を説明するなら、それが一番近かった。
「俺……異世界に来たのか?」
隼人は周囲を見渡した。
普通なら、喜ぶのかもしれない。
知らない世界。
見たことのない景色。
新しい人生。
けれど、隼人の心は何も動かなかった。
「……だから何だよ」
異世界に来た。
それが本当だったとしても。自分自身が変わったわけではない。
母親に傷つけられた記憶も。クラスメイトにいじめられた記憶も。彼女に裏切られた記憶も。
全部、隼人の中に残っている。
「場所が変わっただけだ……」
隼人は歩き続けた。
そして村から離れ、山へ向かった。
人のいない場所を探した。やがて、山の上まで来た。
そこからは、さっきまでいた村が小さく見えた。
風が吹く。
隼人は目を閉じた。
もう何も考えたくなかった。
そのとき――。
「ねぇ!」
突然、後ろから声がした。
「……え?」
振り返る。
そこには、一人の女性が立っていた。
隼人より少し年上に見え、身長は170cm程度。赤髪のロングで、体型は少し筋肉がついている。腰には刀を持っていて、狩り人のような服を着ていた。
その女性は息を切らしながら、こちらを見ている。
「何してるの!」
「……別に」
「別にじゃないでしょ」
女性が近づいてくる。
「危ないから、こっちに来て!」
「来るな!」
隼人は思わず怒鳴った。
「……!」
女性が足を止める。
「俺のことなんて何も知らないだろ!」
「……」
「俺がどんな目に遭ってきたかも知らないくせに!」
隼人の声は震えていた。
「家でも学校でも居場所がないんだよ……!」
女性は何も言わなかった。
ただ、隼人を見ていた。
そしてしばらくしてから、静かに言った。
「……うん。知らない」
「……え?」
「お前がどこから来たのかも、何があったのかも知らない」
女性は少し困ったように笑った。
「だから、全部話してくれなくてもいい」
そして、手を差し出した。
「とりあえず、うちに来ない?」
「……嫌だ」
「じゃあ、ついてこい」
女性は手を下ろした。
「お腹空いてるだろ」
「……」
隼人の腹が小さく鳴った。
「……」
「……ふふ」
「笑うなよ」
「ごめん」
女性は笑いながら言った。
「うち、料理ならあるから」
隼人はしばらく迷った。
この世界の人間を信用していいのか分からない。
それでも――。
「……分かった」
隼人は女性の後ろを歩き始めた。
女性は、隼人が別の世界から来たことなど知らない。
ただ、山で一人になっていた、傷ついた少年だと思っていた。
それで十分だった。
女性の家に着くと、隼人は中へ入った。
「適当に座ってて」
女性は料理を始めた。
しばらくすると、テーブルいっぱいに料理が並んだ。
「……こんなに?」
「食べられるか?」
「たぶん……」
隼人は料理を口に運んだ。
「……!」
美味しかった。次の料理を食べる。
これも美味しい。
気づけば、隼人は夢中になって食べていた。
「そんなにお腹空いてたんだね」
「……うん」
隼人は久しぶりに、何も考えずに食事をしていた。
食べ終わると、女性が言った。
「ねえ」
「……何?」
「今日だけは、何も頑張らなくていいよ」
隼人は顔を上げた。
「え?」
「ここにいる間くらい、嫌なことを全部忘れていい」
「……」
「あなたが今まで何を経験したのか、私は知らない」
女性は優しく続けた。
「でも、知らないからこそ言えることもあると思う」
「……何?」
「あなたが今までどんな人だったとしても、これからどんな人になるかは、まだ決まってないよ」
隼人は黙っていた。
「今日までが辛かったなら、明日から少し変えてみればいい」
「……俺にも、できるかな」
「できるかどうかじゃないよ」
女性は笑った。
「やってみたいと思ったら、それでいいんじゃない?」
その言葉を聞いた瞬間。隼人の目から涙が落ちた。
「……なんで」
「ん?」
「なんで、そこまでしてくれるんだよ……」
女性は少し考えてから答えた。
「さあ?」
「……は?」
「困ってる人がいたらそのままにはできないだろ」
あまりにも簡単な答えだった。
隼人は俯いた。
そして、しばらくしてから小さく呟いた。
「……もう少し、生きてみようかな」
女性には、その言葉の重さは分からなかった。
隼人がこの世界に来る前、どんな毎日を過ごしていたのかも知らない。
ただ、隼人が少しだけ笑ったことだけは分かった。
隼人は拳を握った。
もう一度、生きてみる。
そしていつか、元の世界に戻れるのなら。
自分を傷つけた人たちに、今度こそ負けない自分になってやる。
それが、隼人がこの世界で初めて決めたことだった。
――この日から、隼人の二度目の人生が始まった。




