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 その日からなんとなく、私は史生のことを避けていた。

「何やってるの、お姉ちゃん?史生とケンカでもした?」

 よく晴れた日曜日の朝、台所のテーブルでぼんやりと座っている私に、妹のあずさが言った。

「私が何しようが、あんたにはカンケーないでしょ?」

 私はすねたふうにそう言って、手近にあった新聞紙を広げる。

「あ、なっちゃん。今夜史生くん呼んだら?お鍋にしようと思ってるんだけど」

 庭仕事を終えた母が、台所を覗き込んでニコニコ笑う。

 私は何も答えなかった。母が記憶をなくした史生と、そんな婚約者を持つ私に、とても気を使っているのはよくわかっていたのだが……するとあずさが私の目の前に腰をおろし、ポツリと言った。

「私昨日、史生見ちゃったんだけど」

 黙ったまま、私は新聞紙から顔を上げる。

「お姉ちゃんの友達の……妙子ちゃん。あの人と歩いてた」

 私はぼんやりとあずさを見つめつぶやく。

「めずらしい組み合わせね」

「のん気なこと言ってていいの?史生ってば笑ってたんだよ?」

 私の頭に妙子と史生の笑顔が浮かぶ。

「なんだか楽しそうにさ。最近の史生、うちに来たってあんなに楽しそうに笑わないくせに」

 あずさは少し不機嫌な顔をしてそう言うと、立ち上がり台所を出て行った。

 私はまたテーブルに目を落とし、パラパラと新聞紙をめくる。しかしそこに書かれた重大ニュースも、今夜のテレビ番組も、私の目には入ってこなかった。ただ私の大好きだった史生の笑顔が浮かんでくるだけだった。


 その日の午後、何もする気がなくごろごろしていた私に、史生から電話があった。

「なつき、今何してる?」

「今?別に何もしてないけど」

「天気いいからさ、どこか行かない?」

 電話の向こうの史生が言う。私はぼんやりと窓の外を眺めた。気持ちよいほど青い空に、真っ白な雲が所在なさげに浮かんでいる。なんだか行き場のなくなった私みたいだ。

「うーん……なんだか今日は出る気がしなくて」

 私の返事に史生は少し黙り込み、やがてポツリとこう言った。

「ごめんな……なつき」

 私の耳に史生の声が響く。

「俺、ホントにみんな忘れちゃってて……知らないうちになつきのこと、傷つけたりしてるんだろうな……」

「そんなことないよ」

 そう言って私は涙をこすった。いつの間にか涙があふれて止まらなかった。傷つけているのは、私の方ではないかと思った。

「史生、やっぱり私そっちに行ってもいい?」

「うん……いいけど」

「今から行くから。部屋で待ってて」

 私はそう言って電話を切ると、ジャケットをはおって家の外へ飛び出した。


 いつものバス停からバスに乗って、史生の住むアパートの近くで降りる。商店街を駆け抜けて、子供たちの遊ぶ公園を横切ると、やがて見慣れたアパートが見えてくる。そしてその階段の1番下に、ぼんやりと座っている史生の姿を見つけた。

「史生!」

 私が叫ぶと、史生は小さく微笑んで立ち上がった。見慣れたいつものトレーナーに、少しよれたモスグリーンのジャケット。その姿は1年前と変わらない、私の好きな史生のままだった。

「なつき……」

 史生の胸に飛び込み顔をうずめた私に、史生は少し戸惑っているようだった。史生の前では泣かないと誓ったはずなのに、今日も私は泣いていたから……

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