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「どうかしら?私の作ったミートローフ」
オレンジ色の灯りの下で、私の母が少し不安そうに史生に尋ねる。
「おいしいです。すっごく」
「本当?よかった」
母は若い娘のように頬をピンク色に染めて微笑む。
「お母さんてば、史生くんに好かれようと思って、がんばっちゃってさ……史生くんはお姉ちゃんのものなのに」
高校生の妹あずさが、ニヤニヤ笑いながら母を見る。
「何言ってるのよ、あずさ!そんなことは当たり前じゃない!ああ、もう、何言ってるんだか……」
母がおろおろしながら冷蔵庫からビールを取り出す。父は笑顔でそれを受け取り、史生に向かって差し出した。
「史生くん、どうだ?1杯」
「あ、どうも。いただきます」
史生がにっこり笑って、自分のグラスを父に向けた。
お酌をする父と、それを受ける婿となる男。母は自慢の料理を次々とテーブルに並べ、妹は「遠慮しないで」と言って史生の皿に料理をとる。
私はぼんやりとそんな我が家の食卓を見つめる。淡い灯りの下でおいしい食事を囲む温かな家庭。史生がいつも憧れていた、家族団欒の光景だった。
しかし私は感じていた。史生はこの光景に戸惑っている。顔では笑顔を作っているが、その笑顔は本物ではない。やはり記憶が戻らないまま、この家庭に入ることは無理なのだろうか……
アパートへの帰り道、私は史生の腕を組んで歩きながらこう言った。
「無理しなくてもいいからね?」
澄んだ真冬の夜空には、白い月がぽっかりと浮かんでいる。史生はそんな月を見上げた後、寒そうに息を吐きながら私に笑いかけた。
「無理なんか、してないよ」
バス停まで続く歩きなれた道。この道を史生と一緒に何度歩いたことだろう。
「ただ、俺のせいで結婚式キャンセルになっちゃったり……いろいろ心配とか迷惑かけて……」
「そんなの、みんな気にしてないよ?」
私は笑って史生の顔を覗き込む。
「結婚式なんていつだってできるしさ。私は史生の記憶が戻るまで気長にのんびり待ってるよ」
「ごめんな……なつき」
史生はそう言うと、また空を見上げた。「ごめんな……」あの事故の後、何度史生の口からこの言葉を聞いたことだろう。
私は史生と一緒に空を見上げる。今夜の月はどこか物悲しい。私がこうやって史生と一緒にいることは、史生にとってつらいことなのかもしれない。私は無意識のうちに「早く私のことを思い出して」とプレッシャーを与え続けているのだ。
「それじゃ、また」
バス通りに出る前の狭い路地で、私たちは別れた。
付き合い始めてからずっと、この場所でしてくれたおやすみのキスを、もう史生がしてくれることはなかった。