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「史生くんは……元気?」

 暖かな店内でミルクティーをかき混ぜながら、妙子が少し言いにくそうに言う。私はクリスマスイルミネーションが光る街並みから目をそらし、妙子に笑いかけた。

「元気だよぉー。とても死にかけた人間とは思えない」

 私の言葉に妙子は笑わなかった。そして大きくてまつげの長い瞳をかすかに潤ませ、私に言った。

「まだ、わからないの?なつきのこと」

 私は小さく笑って答える。

「そうだね。まだ思い出せないみたいだね」

 私が言うと妙子は泣き出しそうな表情をした。私はあわてて大げさなほどの笑顔を作る。

「でもね、そういうのってふとしたはずみで思い出すそうだから。お医者さんもあせらずゆっくり待ちましょうって言ってるし。それに記憶喪失の彼氏と付き合うなんて経験、めったにできるもんじゃないしね」

 私はそう言ってコーヒーを飲む。妙子はまだ不安そうな顔で私を見ている。

 中学時代からの親友である妙子は、いつだって私のことを、まるで自分のことのように心配してくれた。だから私の婚約者である史生が事故に遭い、生死の境をさまよっていると聞いたときは、思わず気を失って倒れてしまったほどだ。目の前で事故を見た私でさえ、倒れるということはなかったのに……いや、倒れている場合ではなかったからかもしれないが……

 その時テーブルの脇のガラス窓をこつこつと叩く音がした。

「あ、史生くん」

 妙子の声に、私がコーヒーを置いて振り向く。歩道の並木に彩られたイルミネーションの光を受けながら、史生が笑顔で立っていた。


「妙子ちゃん、いいの?」

 12月の薄暗くなった夕暮れ、人ごみの中に消えてゆく妙子の背中を見送りながら、史生が言った。

「うん。おばさんと待ち合わせしてるんだって、駅前で」

「ふーん」

 ぼんやりと人ごみを見つめている史生の腕を、私はそっと抱きしめた。

「行くでしょ?うち」

「うん」

「お母さん、久しぶりに史生が来るから、張り切って夕飯作ってるよ」

 私はそう言って史生の顔を覗き込む。史生は私を見て、少し戸惑ったように笑った。


 半年前、交通事故で頭を打った史生は、最近の記憶をなくしてしまった。よくいう記憶喪失ってやつ。しかし古い記憶はしっかりと残っている。

 5歳で母親を亡くし、12歳で父親を亡くし、その後親戚中をたらいまわしにされて、高校卒業と同時に就職して家を出た。そのあたりまでははっきりと覚えている。しかしその後の記憶が消えているのだ。

 私と出会って、付き合って、キスをして、抱き合って……結婚の約束までしたこの数年の記憶が、きれいに削り取られてしまったのだ。

 事故による一時的なものだろうと、担当の医師は言った。きっと何かの拍子に思い出すだろうと……しかし本当にそうなのだろうか。史生にとって私は忘れてしまいたかった存在であったのではないか……事故で婚約者を失いかけて、看病に疲れ果てた私は、そんなナーバスな考えをよくしたものだ。

 しかし最近は違う。記憶がなくたって史生は史生だ。私は今、こうやって史生と腕を組んで歩けることを、心から幸せに思っている。

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