12
初夏の日差しが差し込む中、あずさは私たちが生まれ育った街の、小さな教会で結婚式を挙げた。
集まった家族も友人もみんな、少しお腹が目立ち始めた花嫁と花婿を喜んで祝福した。そしてその日のあずさは、私の記憶の中で一番幸福そうな顔で笑っていた。
結婚式の帰り、実家へ戻る両親と別れ、私はひとりあのバーに向かった。しかし店は封鎖されており、「長い間ありがとうございました」と書いてある紙切れが、一枚張ってあるだけだった。
潰れちゃったのか……マスターに会いたかったのにな……私が呆然と立ち尽くしていると、後ろから懐かしい女の声が聞こえてきた。
「なつき?」
私がゆっくりと振り返る。すると夕暮れの街を背に、赤ん坊を抱いた妙子が、じっと私のことを見つめていた。
「妙子じゃない。久しぶり」
私はそう言って笑うと、妙子に抱かれる赤ん坊の顔を覗き込んだ。妙子はどうしたらよいのかわからないような顔をして、子供を抱きしめ目をそらす。私はそんな妙子を見て、何も聞かなくてもすべてを悟った。
「赤ちゃん生まれたのね?結婚したんだ?」
妙子は黙って小さくうなずく。
「史生の子供ね?」
私の言葉に妙子は手で顔を覆った。
「やだ、どうしたのよ?私だったら全然平気だよ?結婚したなら教えてくれればいいのに」
「ごめんね……なつき」
妙子の声は震えていた。妙子は心から私にすまないと思っているのだろう。中学時代から彼女を知っている私にはわかる。
「だからー、謝ったりしないでよ。女の子?何ヶ月?名前なんていうの?」
私はそう言って赤ん坊の手にそっと触れた。小さくてか弱いその手が、私の指をギュッと握る。
「萌っていうの……今3ヶ月……」
「萌ちゃんかぁ、かわいい名前ね。ほら、この大きな目、妙子にそっくりだよ」
私の言葉に妙子が、ほんの少しだけ微笑んだ。私は黙って、妙子の腕に抱かれる萌を見る。
確かに目は妙子にそっくりだが、全体的には史生に似てるかな……史生はきっとめちゃくちゃかわいがっているんだろう……だって昔からあいつは子供が好きだったから。
そんなことを思っていたら、私の目から忘れかけていた涙が流れそうになり、あわてて妙子に笑いかけた。
「これからどうするの?私ヒマなんだけど、お茶でもどう?」
「ごめんね。実は私もこの子もちょっと風邪気味で……今病院行ってきた帰りなの」
「そっか。じゃあ早く帰って休まないとね」
私はそう言うと、もういちど萌の手を握ってから手を振った。
「それじゃ、お大事に」
私の声に妙子が顔を上げる。
「なつき……」
しかし妙子はそれ以上何も言わなかった。ただ切ない目で私のことをじっと見つめていた。私はそんな妙子に笑いかけると、ゆっくりと振り返り歩き出した。
街はすっかり夕日に包まれていた。妙子は私の背中を、まだあの切ない目で見つめているのだろうか。それとももう萌を抱いて、人ごみの中へ消えていっただろうか。私は少し考えて考えるのをやめた。
商店街からは焼き鳥のいい匂いが漂ってくる。買い物帰りの主婦たちが店の前で立ち話をしている。仕事帰りのサラリーマンは足早に家に向かって歩いてゆく。
しかし私は帰る場所を見失い立ち止まった。なんだか無性に寂しくなった。実家に帰れば父と母が温かい笑顔で私を迎えてくれるだろうが、今見たいのはその笑顔ではなかった。
その時車のクラクションが鳴り響き、私はぼんやりと車道を振り返った。目の前の横断歩道に赤い歩行者信号が点灯している。車道の向こうの信号の下には、退屈そうに信号待ちをしている人々の列。
そしてその中に私は、懐かしい史生の姿を見つけていた。