11
「買ってきたよ、お姉ちゃんの好きな生チョコ!一緒に食べよっ」
大きなケーキをぶらさげて、アパートに妹のあずさがやってきた。私が生まれ育った街を出て、ひとり暮らしを始めてから、4回目の夏が訪れようとしていた。
「なによ、あんたいきなり」
「今日誕生日でしょ?でもどうせ姉ちゃんは、ひとり寂しくビールでも飲んでるのかなーなんて」
「悪かったね。ひとりでビール飲んでて」
私はふくれっ面のまま、あずさの買ってきたケーキを広げる。確かにあずさの言うとおり、私はひとり寂しくビールを飲んでいた。でもそんなことはどうでもいい。あずさが来たかぎりは、一緒に朝まで付き合わせよう。
「たまにはうちに帰ってきなよ。お父さん寂しがってるよ?」
あずさがケーキを頬張りながら私に言う。
「そうだねぇ。でもバイト休むと生活苦しいからなー」
「そんなに金ないの?たまに休むぐらい平気でしょ?」
「うん。まあね」
私はこの街でバイトをしながら気ままに暮らしていた。知らない街の知らない景色は、私を思い出から開放してくれるから楽だ。
「最近どうよ?何か変わったことあった?」
私がビールを飲みながらあずさに言う。あずさは隣の犬が死んだことや、あの街に大型スーパーができたことなど、どうでもいいことを一通りしゃべってからこう言った。
「史生も引越ししたみたい」
史生の名前を聞いたのは、本当に久しぶりだった。
「この前たまたま、あのアパートの前通ってさ。なんとなく気になって1階の集合ポスト覗いたら、史生の名前がなくなってた。2階を見上げても誰も住んでないみたいだったし」
「ふーん。妙子と同棲でも始めたかな?」
他人事のようにそう言った私に、あずさが抗議する。
「お姉ちゃん、悔しくないの!?史生はお姉ちゃんのものだったのに!」
「ものとか言わないでよ、ものとか。史生は誰のものでもないよ?史生は史生だもの」
あずさは何か言いたげに私を見た後、大きくため息をついた。
「お姉ちゃんのそういうクールな考え方、私にはわかんない。私だったら絶対史生を離さない。私が史生の記憶をよみがえらせてみせる」
あずさの言葉に私は笑った。そしてバカにしているわけでもなく、素直にこう思った。
「いいね。あずさは素直で気持ちがいい」
あずさはすねたような顔で私を見る。
「でも私はこれでいいの。今、別に後悔してないし」
私はあずさに笑いかける。あずさはじっと私の顔を見つめた後、静かに口を開いた。
「お姉ちゃん。私、結婚するのよ」
「結婚!?」
思いもよらないその言葉に、飲みかけのグラスを落としそうになった。
「できちゃったのよね、赤ちゃん」
あずさはそう言って、照れくさそうに自分のお腹をなでた。
「ホントに!?相手はあの彼氏?」
「うん。お姉ちゃんも知ってるでしょ。テニス部の先輩の」
「お母さんとお父さんはなんて?」
「最初はすごく怒ってたけど、今は結婚式楽しみにしているみたい」
「そう……」
私がつぶやきあずさを見る。あずさはためらいがちに顔を上げ、私に言った。
「お姉ちゃん……私の結婚式に来てくれる?」
「もちろんよ。当たり前じゃない」
そして私はにっこり笑ってこう言った。
「よかったね。あずさ」
私の言葉に、あずさはやっと微笑んだ。