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八十話『マリア組の思い出 不死鳥の騎士』

 父さんに勉強しろと言われた俺は、素直に学習机に向かう。サユリを守れる人間になりたいから。サユリにすごいと言われたいから。気がつけばこの時点で全ての思考回路がサユリで出来上がっていた。サユリがほっとけなかった?それとも、サユリに自分を好きになって貰いたかった?いや。わからない。だが純粋な当時の俺は、静かに机に向かった。ニュースで報じられる父さんの活躍と、ドラマの中のスーパーレッドの姿を重ねる。俺がなりたかったのは、父さんやスーパーレッドのような、強くて逞しくて、かっこいい真っ直ぐな目を持った人間だった。父さんは警察庁で『泣く子も黙る弐式』なんて言われていた。かっこよかった。とにかく俺の目にはかっこよく映った。土曜日に仕事する父さんが忘れていったお弁当を渡しに行ったときに見た現場で指揮を取る姿を、俺はまだ鮮明に覚えている。冷たい以外は、父さんは"なりたい大人"そのものだった。だから俺は勉強した。勉強して勉強して勉強し続けた。小学校三年生の勉強を、幼稚園年長の知能で覚えた。正直、無理矢理だった。「父さん、出来た!!!」と俺が笑っても、父さんはニュースを見ながら「そうか」の一言だけだった。「父さん。俺父さんとスーパーレッドのショー見に行きたい。今度府中競馬場でやるんだ。駄目かな?」俺が問うと父さんは、「…」と少し目を開いた後、「母さんと行きなさい」と俺を言葉を突き放した。俺は、「…」と顔を暗くする。「わかった」俺は静かに頷いた。いい子でありたかったから。だがカレンは父さんに「膝の上乗せてー♡」と甘えに行く。父さんも満更でもない顔をしてカレンを膝の上に乗せる。幼い頃から兄妹差を感じた。でも俺は、カレンより期待されているんだ。好ましくないやり方でいいように捉えた。カレンが甘え上手なだけかもしれないが。幼稚園の頃から俺はとにかく勉強した。とにかく絵本を読んだ。とにかく学ぼうとした。サユリの隣に立ってもいい存在になるために。そして俺は幼稚園でサユリに近づく奴を誰これ構わず"敵"と見なして守った。ある日、幼稚園でサユリと遊んでいる時、「ありがとう♡カガミくんはいつも私を守ってくれるね?」とサユリは笑顔を向ける。その笑顔を見た途端、俺は全てが報われた気がした。だが、他の園児たちから嫌われた。冷たい目を向けられた。それでも俺は良かった。目の前のサユリが嬉しそうにしていたから。幼稚園で嫌われ者の俺には、唯一同性の親友・ヒロムが支えだった。ヒロムしか同性の友達がいなかった。これでも性格は明るかったほうだ。でも、このいじめ体験が後の俺の人格形成に響いた。『必ずサユリを守る』これしか考えられない頭になったからだ。それに、女の涙なんて見たくなかった。サユリが泣いているのを見るのは、幼稚園児の俺にはあまりにも辛かった。でも、慈悲なんかじゃなかった。欲望。そう、欲望だ。サユリを守るって言葉の裏にはいつも、サユリにすごい!って言われたい気持ちが張り付いていた。その言葉さえ聞けたら俺はなんでも良かったんだ。ヒーロー願望。強く、逞しく、勇ましく。サユリを守るための騎士(ヒーロー)になりたかった。


 幼稚園で遊んでいると、「おい、ここにこの年齢で色恋沙汰にハマってる男がいるぞー!」と度々、波瀬(はせ)という名前の男児に絡まれた。俺はサユリを庇う代わりに、ボールをぶつけられたり、グループで囲まれて「彼氏!彼氏!彼氏!」と笑われたりした。先生が「やめなさい…!!」と駆けつける頃には、もう園の制服もボロボロで、涙ぐんでいた。「こんなんじゃヒーローにも、警察にもなれない…」それでも俺は"ヒーローになりたい"という願望だけで生きてきた。だが、この早すぎる経験のせいで人と関わりたいとは思わなくなっていた。家に居れば完璧を求められ、幼稚園ではいじめられる。そんな時のたった一つの輝きが、サユリだったんだ。俺がいじめの対象になる事でサユリを男児たちから遠ざけていた。そうすることでしか、自分の存在意義を満たせなかったんだ。


 だけどある日限界が来た。バスの中で俺は泣き出してしまった。「ぅッ…ぅぅ、」と俺が泣いていると隣にいた男児から、「弱っちぃな!!」と馬鹿にされる。俺は何も言い返せず、「ひッ…」とその男児に怯えた。すかさず先生が、「ダメよ!本田君!」と注意をするが、男児は「ッチ」と舌打ちするだけだった。バス停から降りては、「母さんッ…!」と俺はグズグズ泣き出す。ヒロムも「大丈夫?」と背中を摩ってくれる。サユリも、「わかってるよ、カガミくんが頑張ってくれてる事、私のために強くなろうとしてくれること、わかってる。こんなに頑張ってくれてるんだもん。私も黙っちゃいられない!!!」と言った。


 翌日。幼稚園で遊んでいる時、また男児が絡んできた。「まぁたカガミ女と二人で遊んでる~!ヒロムもこんなバカップルと遊んでないで俺たちと遊ぼーぜ!汚れっちまうぞ!」と男児がヒロムに言うが、ヒロムは「悪いな。付き合う相手は選んでるんだ。」と冷静に言い返す。サユリも、グッ。と堪えた後、「あなたたちみたいな悪い子と遊ぶぐらいならカガミくんやヒロムくんみたいな子と遊ぶほうがよっぽど楽しいもんね!!!」と叫んだ。俺は、「…」と言い返してくれた二人に心が震えた。いい事をしたらいい事が返ってくる。身をもって体験した出来事だった。「俺たちは親友だ、一人で抱えるな!」とヒロムはそう言うと俺に笑顔を向けた。「くっだらない!!もういい!お前らで遊んだってつまんねぇよ!他のやつに鞍替えしてやる!行こうぜ!」と男児たちはそう言うと、庭から教室の方へ駆け出して行った。


 俺とヒロム、サユリは顔を合わせる。そして数秒後、いじめっ子を撃退した喜びから、「はははッ!」と三人揃って笑顔になった。「サユリ、女の子の友達じゃなくて…本当にいいの?」とやはり心配な俺は問いかける。サユリは、「うん。男の子でも女の子でも、私は話してて楽しい子と仲良くなるの」と答えた。木の陰から一人の女児がこちらを見つめる。「どうしたの?」と俺が問いかけると、女児は「本当は…サユリちゃんと仲良くなりたくて…でも…仲良くなったらいじめられるって思ったら近づけなくて」と声を震わせる。俺とヒロムは向き合ったあと、二人でサユリの背中を押した。サユリは振り返り、「行ってくる!」と俺とヒロムに笑顔を向けた。これが、俺たちが幼稚園児だった頃の出来事だ。

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― 新着の感想 ―
こんなことがあったら、サユリ依存症まっしぐらじゃないか(*‘ω‘ *)
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