七十三話『たった一人の女』
ヘルドルノートを洗脳できた俺は、阿笠が持ってきた車に乗り込む。時刻は早朝三時半。「私は、いかなる時もカガミ様のお側にてお仕え申し上げます。どうぞご遠慮なく、何なりとお命じくださいませ。我々はレイ様が用意したただの使用人にございます故。」阿笠は車のアクセルを踏みながら言った。「悪いな。早朝に起こしに行くような真似をして」俺が言うと阿笠は、「いえいえ、どうぞお気になさらぬように。カガミ様のお側にてお支え申し上げることこそ、我らの務めに存じます。」と答え、口角を上げた。「今日はどこに連れてってくれるんだ」俺が問いかけると、阿笠は、「吉原咲銭峠でございます。深夜でも人の波が絶えぬ風俗街ゆえ、ターゲットを探すにはよろしいかと存じます。」と答えた。俺は「そうか」と頷く。ロイは、「女遊びして帰っちゃおっかなぁ」と高らかに笑う。「死神の癖に」俺が言うと、ロイは首を横に振った。「万年男の子ですから」ロイはそう答えるが、「そうか。現実見ろおっさん」と俺は静かにツッコミを入れ、車が止まると同時にロイの先を歩いていく。ロイは「オッサ……」とショックを受けるが、「享年二十七ですぅ!」と俺を追いかけるように浮遊して後ろに続いた。
「で、何人?」と俺が問いかけると、ロイは、「フランス人だよぉ~?約二百年前、フランス革命期のね♡」と愉快に答えた。「…本当にその時代を生きたのか」さらに俺が問いを続けると、ロイは「僕貴族だからね?普通に生きてたんだけど、暇つぶしに代行やらない?って死神に目付けられちゃって~。で面白そうだから革命軍に対抗して死神代行謳歌してたんだけど~。なんかあまりに僕がなんの躊躇もない快楽殺人犯だから死神が飽きて半死神状態解除して戦争で死んじゃった☆」と説明する。「そんな暇つぶしでよく死神になったな……」俺が深掘りをすると、ロイは「いやぁ、その後、地獄に落とされたけど裁かれたくなかったから地獄で一生働くー♡って言ったら当時の閻魔が“いいよー!じゃあ罪精算ー!”って言ってくれたから今に至る!」と楽しげに答えた。「死神になれば罪精算か」俺が呟くと、ロイは「だって万年の時を地獄で働くことになるんだもん。刑期が無いようなものだよね、それ。僕たちが殺した子はみんな天国で自由に過ごして転生繰り返してるだろうし」とニコニコした表情を崩さないまま語る。「でも一度死神になるとね、一生死神のままなの。転生も許されない。一生地獄でタダ働き。地獄で強制的に罪を償わされるのと、罪を償う必要がない代わりに死神として一生務めるの、カガミくんはどっちがいい?」とロイは首を傾げる。「…さて…どっちがいいかな」俺はふッ、と笑いながら答えた。
吉原を再現した街並みを歩いていると、「お兄さん遊んでかない~~?♡」と着物の女二人が俺に絡んでくる。見えていないせいで、ロイは「ブフォ」と女に突き飛ばされる。「悪い。未成年なもんで」俺が言うと女二人は、「未成年でも黙っててあげるわよほらほら~~♡」と俺を連れて行こうとする。俺は、女二人を振り払う。「?」女二人は目を丸くする。「何か気に触りました?」女の一人はそう言うと心配そうな顔をする。「いえ。」俺は女二人の頭を抑える。いつも思うが、頭を抑える時に少し身長が足りないのが悩みだ。ホノカを見た限り、手を二回叩く事でも死神の力は発動出来るみたいだが……。女二人は、「??」と上目遣いをする。「斬、金輪際俺に近づくな」俺が命令すると、女二人は「わかった」と離れて行った。「このモテ男」悔しそうなロイに言われるが、「サユリからの愛にしか興味無い」と俺は答え先を歩いていく。
そして飲み屋の路地裏に入れば、休憩する女が一人。「ねえ、ちょっと話そうよ」俺はその女に話しかける。女は、「あら、いい男♡」と俺に興味を持った。俺は正面を向いた女の頭を抑えながら、「斬、座れ。そのまま下半身を今後一切動かすな」と命令する。女は姿勢を崩し、「なんです?これは……」と俺を見上げる。俺は低い姿勢になった女の頭を狙い、無限銃を撃ち込む。女は、「ハァ!」と叫びながら倒れた。俺は人がいない方向から足早に車へ向かう。阿笠に、「お待ちしておりました」と言われては、車に勢いよく乗り込む。遠くから、「女が血ィ流して倒れとる!」と中年男性の叫び声が響く。俺は車に乗り込むと同時に、「ぅ゛ぅ……、う゛ぅ……」と激しい目眩に襲われた。俺はロイの膝の上で横になる。ロイは、「ちょっと……」と困惑するが、阿笠は「では向かいます。四時十五分。本日は何時ぐらいまでお休みになりますか?」と俺に問いかける。俺は、「……十四時……」と答え、ロイの膝上で眠りについた。
なんだか心地よい。ふわふわして、甘い匂いがして。人間の限界までの優しさを感じる。「ん……」俺が目を覚ますと、「カガミ、おはよ」とサユリが俺の隣にずっといてくれた。「もうちょっとだけ……」俺は再び目を瞑り、心地良さに浸る。暫く寝ては、「カガミ、」とサユリにキスで起こされる。「……」俺はうっすらと目を覚ます。「サユリ」サユリの名前を呼ぶと、「毎日お疲れ様」とサユリは俺の頭を撫でる。「サユリ……学校は」俺が問いかけると、サユリは、「今日は午前でお終い。」と答えた。「……そうか、」俺が答えると、「カガミの寝顔、ずっと見てたよ。カガミって寝てる時、無防備で可愛い顔してるよね」とサユリは俺の前髪に触れた。「……ははッ、俺はそんなに幼い顔か?」俺が笑いながら問いかけると、サユリは「うん、私のために無茶して頑張ってるだけの幼い顔。カガミはいつまでもカガミだよ」と微笑む。「……嗚呼……」俺はサユリからの一言を聞いて満足する。「もう少しこのままがいい……」俺が言うとサユリは、「わかった」と嬉しそうな反応を見せた。温もりを感じる。優しさを感じる。そんなサユリが好きだ、「サユリ……好き……」俺はサユリを抱き締める。サユリも、「カガミ……好き」と俺を抱き締め返した。俺はサユリだけそばにいればいい。サユリだけがそばにいてくれたらそれでいいんだ。




