七話『駅』
カレンの葬儀が終わった次の日の放課後。自分だけ幸せになるなんて到底許せなくてサユリの事を避け続けている。そんな時、ヒロムから「カガミ、相談があるんだけどさ…」といつになく暗い表情で服の裾を引っ張られる。
俺は、「なに…」とヒロムの方を見る。ヒロムに腕を引っ張られ、個室に連れて行かれる。
俺は両手で肩を捕まれ、壁まで追いやられる。
「な、なんだよ…」
ヒロムを見上げると、「助けてくれ…!!!」と深刻そうな表情を浮かべる。
「はぁ?先輩に借金して返せないって言ったら万引きしろって脅された?」
ヒロムの話を聞いては、「それで?どうしたんだよお前は」と呆れて細い目を向けながら問いかける。
「カード…盗みました」
小声でモジモジしながら言うヒロム。
「どの先輩だ。とりあえず返しに行け。なんなら一緒についてってやる」
俺が言うと、ヒロムは「そんなことしたら受験にも就職にも響く…!」と涙目を浮かべる。
「返さないほうがよっぽど響くだろ!!!どこのカードショップだ、行くぞ」
俺が片手を差し出すと、ヒロムは「カガミィ…」と安心したような表情を浮かべる。
廊下に出たあたりで、足早に駆けていくユカリとすれ違う。
「あ、本郷寺さん…」
俺が呟くと、ヒロムも「ユカリちゃーん、まったね~」と手を振る。
ホノカは俺の気づかないところで、腕を組みながらその様子を眺めていた。
ヒロムを連れてカードショップまで向かうために駅のホームに並ぶ。
「親に呼び出されたり学校に連絡行ったりするよね…逮捕なんて事も…」
ヒロムは下を向きながら呟いた。
「何よりも誠実に謝るのが先だろ、怖がらなくていい。」
「カガミ…そばにいてく…」
ヒロムが言いかけた途端、
ドンッ。
誰かに背中を押されたヒロムの身体が宙を舞いながら線路へ落っこちる。
「え?」
俺は目を見開くが、ヒロムの腕を掴む。
それも束の間。電車が勢いよく通過し、腕だけがその場に残った。
「きゃぁぁぁぁぁ!!!」
騒ぎ出す人々。
「うわぁぁぁぁ!!!」
俺はヒロムの腕を絶叫しながら離す。
振り返ると、そこには先輩がいた。
「ははははははッ!いい気味だ!」
先輩は腹を抱えながら楽しげに笑う。
「全部あいつが悪いんだよ」
と残酷に吐き捨て、駅員に連れていかれる先輩。
「ヒロム…?そんな…そんなことって…」
俺は膝から崩れ落ちる。
ブルーシートを持った駅員たちがゾロゾロと現れる。
「下がってなさい、」
駅員に言われるがままに俺は駅を後にする。
「ぁあ…ぁあ…」
俺はその場に固まって瞳を震わせる。
気持ち悪くなり、俺は駅のホームから出た。
「ははっ…」
乾いた笑みが零れる。
現実逃避をするように、足早に帰り道を歩いていると同時に、ホノカが浮遊しながら俺の背後に現れた。
ホノカを見た途端、俺は憎悪に駆られる。
「ヒロムの罪は万引きか?」
俺はいつもより数倍低い声でホノカに問いかけた。
ホノカは、「嗚呼」と答える。
「カレンの罪は浮気か」
さらに問いを続けては、「お前は人に聞かないで少しは自分で考えようとは思わないのか。」と溜息をつくホノカ。
「…俺はカレンを、ヒロムを救えたかもしれない???」
俺がホノカに問いかけると、ホノカは「お前に人を殺す覚悟があれば、救えたかもしれないな」と頷いた。
また頭の中で通過した電車の音や、『お前のせいだ』『お前が殺さないから』なんて俺を責める声が聞こえる。その声はザワザワと響き、俺に不快感を与える。
その後、何度もヒロムが死んだ時の映像が繰り返しフラッシュバックされる。
「なに立ち止まっている」
ホノカは少し心配するように俺の顔を覗き込んだ。
「嫌だ…こんなの…こんなのってあんまりだ…」
ダラダラと俺は涙を流す。
ホノカは、「カガミ。これは運命だ。受け入れろ」と俺に声をかける。
ホノカはどこまでも冷酷だ。俺はそんなホノカが気に入らない。
「死ねよ」
俺はホノカに暴言を吐いた。
ホノカは、「死神は死なない」と答える。
「…死神って気持ち悪いな」
俺は乾いた声で言葉を返しながら、家まで帰って行った。
自室に入ってから、「大体、ヒロムは謝ろうとしてただろ。なんであんな目に遭わなきゃならないんだ」とホノカに問う。
ホノカは、「謝って済むなら警察も地獄もいらない」と感情が残ってなさそうな声で言った。
「厳しいな」
「当然だ」
「俺だって人を殺したら地獄に行くんだろ?」
「嗚呼」
「なぜ俺みたいな善良な人の運命を変えてまで犯罪者にするんだ」
俺がホノカに冷めた目を向けては、ホノカは「今の人間は大半が天国に行っている。地獄に送る人間が足りていないんだ。これだと死神も減り、地獄の仕事が成り立たなくなる。」と説明する。
「だからってカレンやヒロムを地獄に送る必要は無いだろ。カレンに至っては男を都合良く利用していたとか、そんな犯罪にもならないような理由じゃないか。」
俺が真剣な表情で問うと、ホノカは、「被害を受けた人間がいればいくら法律で罰することが出来なくてもそれはもう立派な罪だ」と俺に現実を叩きつけた。
俺が拒むと、「納得できないな」
「お前が愛してやまないサユリにも罪があるんだぞ。放置でいいのか?」
と再度脅してくるホノカ。
俺は「じゃあどんな罪なのか言ってみろよ」とホノカを睨む。
ホノカは「お前がたどり着くまで答えない」と口を閉ざす。
「ヒロムは生き返るのか?」
俺が問うとホノカは、「気でも狂ったか。そんな現実あるはずないだろ」と俺を見下した。
母さんが俺の部屋の扉を開ける。
「どうしたの?カガミ。一人で喋ってたみたいだけど。あと、なんだか如月駅で事故があったみたいよ。恐ろしいわね…」
母さんの顔を見ると、俺はまた泣きそうになってしまった。
「カガミ?」
その様子を察知した母さんが俺を真っ直ぐ見つめる。
「その事故で…ヒロムが…」
俺が言うと母さんは、目を見開いて「!??」と、信じられない。と言わんばかりの表情を浮かべた。
「それは本当なの!?カガミ!」
震える俺を母さんは抱き締める。
「俺…見ちゃっ……」
涙を堪えきれず再び泣き出してしまう俺。
「カレンに続いてヒロムくんまで……」
俺の頭を優しく撫でる母さん。ホノカは親子を静かに眺めた。




