六十七話『堕天使』
阿笠に「着きましたよ」と言われ車を降りれば、栄えた駅が視界いっぱいに広がった。「ここは」俺が呟くと、阿笠は「傾国本尊駅です」と答えた。「……なんだか楽しげな場所で、俺には合わない」俺が言うと、阿笠は「光が強いほど影は濃くなるものにございます。ここは、カガミ様にとって都合のよい街かもしれません」と頭を下げながら言った。俺は黙って先を歩き出す。「どうなさいましたか」と阿笠に問われても「俺は俺の任務を遂行する」と背を向けたまま答えた。ホノカも俺の後をついてくる。閉店後のセレクトショップのショーウィンドウにふと映った自分に流し目を向ける。嗚呼、もう変わり果ててしまった。最初の頃とは違う自分の姿に、違和感を覚える。正義か? 悪か?俺は何を守って何を奪ったんだ、もう何もかもわからなくなってきた。俺は一体、なにがしたい。なにがしたいんだ。暫くフラフラ歩いていると、異様なまでの殺意に駆られる。殺したい、誰でもいいから殺したい、認めて欲しい、殺したい、殺したい。俺は街中で座り込んでしまう。「もう嫌だ……嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!」何度も同じことを叫ぶ俺の耳元で、ホノカは「サユリが死ぬぞ」と悪魔の囁きをする。「くッ……!!」俺は涙を拭って立ち上がる。「はーッ、殺さなきゃ、誰でもいいから、一人、一人ずつ、殺さなきゃ……」俺が呟きながら駅はずれの道を歩いていると、塾帰りの小学生の女の子とすれ違う。駄目だ……!これは駄目だ……。自制しようとするが、本能的に女の子の背後を取ってしまう。「え?」女の子が振り向いた途端、ナイフで女の子の首をちょん切ってしまっていた。無抵抗な女の子の首が無慈悲にも路地裏に落ちる。「ぁ……ははッ……」血でドロドロになった両手を見ながら、零れるのは涙ではなく笑みだった。「あははははははははははッ!!!!」腹を抱えて笑い出す俺。こうなってしまえば、もう笑うしかない。「ぁーはッはッ……」俺が女の子の遺体を前に笑っていると、「何事だ!?」と近場の飲み屋から野次馬のおじさんたちが駆けつけてくる。「はッ……」野次馬たちに目撃されようと「ふッふッふ……」と笑いが止まることは無かった。
「ッ……なッ……」おじさんの一人が「警察ッ、警察にッ!!」と叫ぶが、歯止めが利かなくなった俺は、そのおじさんたちの身体をも次々と切り裂いていく。今まで以上に、手際よく。軽やかなリズムで。路地裏が血まみれの遺体の山になっては、「はーッ……はーッ……」と息を掠れさせながら阿笠が待つ車まで向かった。「さすがですよ。急ぎましょう」と言う阿笠。俺は車に乗り込んで下を向く。「上出来だ。成長したな」とホノカに言われては、俺は首を横に振る。「こうなりたかったわけじゃないんだ」俺が言うとホノカは「お前には純粋な赤より黒と血の色が似合う」と呟いた。その言葉は、ヒーロー願望を否定されているようで嫌だった。「子供を殺せるようになったのはさすがだな。次は幼稚園児か?」と問いかけるホノカに、「ッ……」と俺は言葉を詰まらせる。「サユリ……」口から出た言葉は、サユリの名前だった。ホノカは「そればっかりだな」と呆れる。
アジトのホテルに戻ってくると、車を降りて「では」とお辞儀をする阿笠と別れる。一番乗りに帰ってきた俺は、返り血がついた黒いパーカーを脱ぎ、リビングで待つサユリに会いに行く。「カガミおかえり」と言われた途端、俺はサユリを抱き締めた。「サユリ、サユリ」俺がサユリの名前を連呼すると、サユリは「どうしたの?」と優しい声で俺の背中を摩った。「ぅ゛ぅ……」俺は泣きながらサユリを抱き締める。サユリは「カガミは頑張ってる。頑張ってるよ」と俺に優しい言葉をかけた。抱き締めあっていると、「ただいま……」とヒビキが談話室に帰ってくる。「うげ……」抱き締め合っている様子を見たヒビキが、少し引いたような顔をする。サユリは「あっ……」とヒビキを見る。「ね、誰か来たよカガミ」サユリはそう言うと、俺を離す。「いいとこ邪魔しちゃった?」サユリに問いかけるヒビキ。サユリは「いえッ……」と首を横に振る。「ヒビキ、サユリとはあまり関わるな」俺が制止すると、「なに?この子と話しただけで嫉妬? 大丈夫大丈夫。私、人のもの奪う趣味無いから。それに女同士でしょ?」ヒビキはそう言うと、紙コップを片手に麦茶を取りに行く。「カガミ」サユリは俺の名前を呼ぶ。俺が言うとサユリは「なんでそんなに私に他の人と話して欲しくないの?」と首を傾げる。「……お前は黙って喜んでいればいいんだ。それだけ俺がお前を愛してるってことを」俺がサユリに言うとヒビキが「弐式。それは……どうなの」と瞳を震わせる。「サユリさんの気持ちは!? それはガン無視!?」ヒビキは俺に叫ぶが、「お前には関係ない! 下がってろ!」と命令しては、「はい……」と一歩後ろに行く。「カガミ……?? どうしたの」今度はサユリが泣きそうな声で俺に問いかける。「俺のためだけに……ただ……そこで飼い慣らされていればいいんだ、神として、俺が愛する女神として、黙ってそこにいればいいだけだ。お前が他の人間に干渉する必要がどこにある、お前は聖域なんだ、頼む、サユリ。頼むから。神を演じてくれ……じゃないと……俺が壊れるんだよ、もう限界なんだ、だから、サユリだけは。サユリだけは……」俺が掠れた声で言うとサユリは「私……私は……」と戸惑う。神への憧れもありながら、現状の扱われ方に違和感さえ覚えているのだろう。「私は何者……?」サユリは立ち止まって呟く。「私はもっと普通の人間だったはず、普通どころか、中はドロドロに溶けて、お母さんにもお父さんにも見捨てられたただの可哀想な子だったはず。カガミは私を愛してくれた上で私も神としているの……?それとも本当は自分のことしか考えていないの?どっちなの?」困惑するサユリに「……本当の愛だよ」と辛い気持ちのまま頑張って笑みを作って答える。その様子を見ていたヒビキは「ッ……」と目を逸らす。
そんなことをしていると、「ただいま~~」とイズミが帰宅する。「げっなんやこの空気」異様な空気感にイズミが固まる。「ただいま……」トウマも帰ってきては、ロイが浮遊しながら部屋にやってくる。「みんなお疲れ様ぁ~♡お部屋でゆっくり休んでね~」ロイはそう言うと「ほらほらみんなお部屋に戻る」と全員に指示する。「ほなまた明日な、ゆっくり寝るんやで」一斉に部屋に戻る組織の幹部たち。「君はここに残ってね」ロイに言われては、俺だけリビングに残される。「へ」俺が間抜けな声を上げると、ロイは「ちょっとお話しようよ」と俺に近づいてきた。「ホノカじゃなくて、僕に鞍替えしない??どう??結構好条件だと思うけど。精神干渉の能力だって付与することが出来るよ。便利でしょ」ロイに言われては「精神干渉の能力……」と一瞬迷う。「サユリちゃんだって自由に支配することが出来る。それに、ホノカのこと嫌いでしょ? 君」ロイはそう言うと、にんまりと笑った。「どう? 取引、する?」ロイの問いに、俺は「ホムリリィ……」と呟いた。「なに、それ」ロイは目を丸くする。「……こっちの話だ。脳裏を過ぎっただけ」俺が答えると、ロイは「そう」と静かな声で言った。「で? 取引は? 教えてよ」グイッと顔を近づけるロイに「保留だ」と言葉を返した。部屋へ戻ろうとすると、「考えといてね~」とロイに手を振られる。部屋に戻っては、先にホノカが待ち構えていた。「遅かったな」




