三十話『母親』
翌朝。何事も無かったかのように太陽がカーテンから差し込む。一日がはじまった知らせだ。また今日が来る。最近、朝が来る度に理由も無いのに憂鬱な気分になる。また世界と分離された一日がはじまるのかって。「カガミ、おはよう」俺の制服に身を包んだホノカが、俺の前に現れる。「どういうことだ」俺が問いかけては、ホノカは、「お前のコスプレだ。」と揶揄うように言った。「全く」俺が頭を抱えると、面白そうに「お前、背が低いからな。私でも充分着られる」と俺のコンプレックスを弄ってくる。「早く制服返せ」俺が無理矢理ホノカの服を引っ張ると、「えっち」と服を中途半端に着崩したホノカが女の子座りになりながら上目遣いで言ってくる。「悪かったって…」ホノカのセクシー攻撃に呆れていると、階段を上がる音が聞こえる。「カガミ~~」母さんだ。「もうご飯できてるわよ」母さんが扉を開ける。「ありがと、すぐ行く!」俺が答えると母さんは「最近誰かと部屋で話してるみたいだけど何してるの?」と首を傾げる。「ぁ、いや、ゲームでボイスチャットを~~」俺が適当に誤魔化すと母さんは、「朝からゲーム??まあ成績に影響が無ければ充分よ、好きにしなさい」と俺を励ます。「はぁ…」俺は安堵してため息を零す。
「制服返せ」俺が再度ホノカに言うと、ホノカはバッとそこで服を一気に脱ぐ。「ちょ」ホノカは明らかに全裸になる。俺が困惑している間に一瞬で異空間から取り出した服に着替えては、「はい。」と堂々と俺に制服を返す。…女の子の裸体を見てしまった。俺には刺激が強い。「なんだ」何も気にしないホノカに、「少しは気にしろよ」とツッコミを入れると、「女の裸体ぐらい慣れとけよ」とめんどくさそうに返される。「それにパンツは」俺が困りながら問うと、ホノカは「死神になってから洋服を着るのが億劫でな…、最低限下着をつけるのだけは辞めた」と違う価値観を俺に教える。「はぁ…。知らなきゃ良かった」と言う俺を、ホノカは「興奮でもしたか?」と揶揄う。「バカを言うな」俺がそっぽを向きながら答えては、「お前はサユリ一筋だからな」とホノカは遊園地デートの時の写真を手に取りながら言う。「この時代にわざわざ現像までして写真立てか」煽るホノカを横目に、着替えを済ませた俺は「朝ごはん~~」と適当に歌いながら階段を降りる。
リビングに戻ると、一人不在。「あれ?父さんは?」俺が母さんに問いかけると、母さんは「仕事終わらなくて泊まりだって」と答える。「なあ母さん、こっそり教えてくれよ、あの時の秘密」母さんに耳打ちしながら迫るが、「知る必要の無い事よ」と笑いながら誤魔化した。「なんだそれ」俺は頭を悩ませるが、浮遊してきたホノカは「くくっ、」と俺の反応を見て面白がる。「警察の息子なのにわからないのか」と煽るホノカを無視しつつ、今度は違うベクトルから話を聞いてみる。「母さん、母さんって主婦になる前何してたの??」「うーん、なんだと思う?」母さんは考えるような仕草をした後、「それを解き明かすのがあなたの仕事」と言ってウィンクした。なんだそれ。わけがわからない。第一、そんな事を実の息子に隠す必要ってあるのだろうか?「じゃあ、母さんの卒業校は?」俺が質問を続けようとすると、遮るように「朝のバタートーストとコーンスープ一人前~~~」と料理を差し出す。「ぁ、ありがと…」俺が母さんに礼を言っては、母さんも自分の分の料理を机に置いた。
「あなた最近夜遊びしてるようじゃない」母さんの言葉に、俺はわかりやすく目を逸らす。「夜な夜などこ歩いてるの」心配する母さんに、「いやぁ、ちょっと調べたいことがあって」と誤魔化す。「そんなに調べたいことがあるなら警察のあの人に言いなさいよ、きっとあなたの為に調べてくれるわよ。それに、私だって力になれる」と母さんがごもっともな返しをする。そうじゃないんだ。母さん。全く、どうやって誤魔化せばいい。こうなれば尊厳なんて捨てるしかない。「違うんだよ!!儀式をしてるんだ!!!!」頬を赤らめながら母さんの顔に近づき、「宇宙人を呼ぶ儀式をしてるんだよ!!」と少し無理がある言い訳で乗り切る。これにはさすがに母さんも、「ぅ、うちゅ、宇宙人?エイリアン?」と戸惑う。「夜の公園の砂に赤い字で記号を書くと宇宙人と交信出来るって…ヒ…ヒロムが…言ってた…から」下を向きながら言っては、母さんは「へぇ…??」と戸惑いつつも息子の奇行を受け入れる。「ヒロムくんとの思い出なら、満足するまでやってくるといいわ。でも最近は物騒だから、危ないことに巻き込まれるようなことはダメよ」母さんの言葉に、俺は素直に「うん」と頷く。たった一回の嘘の為に、俺は親友さえ利用した。尚更、尚更元には戻れない。
朝食を済ませた俺は、「ごちそうさま」と言って立ち上がる。そしてカレンの仏壇の前に茶碗を備えに行く。「ご飯だよ、カレン」茶碗を静かにカレンの仏壇にそっと置いては、鈴を鳴らし、手を合わせる。「もうカレンが帰ってこないなんて、なんだかまだ実感出来ないわね」母さんの言葉に、俺も「カレンは俺より長生きするものだって思ってたから…」と呟く。母さんは「あなたは長生きするのよ、カガミ」と俺の肩を優しく叩く。「嗚呼、当然だよ」爽やかな声で答えた後、「学校行く支度してくるよ」と母さんに伝え、階段を上る。ホノカも俺の後ろから浮遊して階段を上がっていく。自分の部屋についた俺は、ベッドの上に座る。ホノカは、「私はいまから食事だ。今日は外国のレストランでモーニングにでもしようか」と楽しげに語る。「そうか、俺は相変わらず学校だ。勉強しないと受験にも響くだろうし。それに、サユリにも会いたい」俺の言葉にホノカは、「サユリの事ばかりだな」と目を細めながら言った。「だって極端な話、サユリ以外は俺の物語には不要だからね」とはっきり言い返す。ホノカは、「家族は」と俺を試すような視線を向ける。「サユリが死ぬか家族が死ぬか。その二択になればサユリ以外のものは切り捨てる」ホノカの視線にも怯まず静かに言葉を返せば、ホノカは「あれだけ親もお前の事を心配していると言うのに、親不孝者だな」と笑いながら言った。親不孝者で構わない。サユリを失う方が俺は怖いんだ。ホノカの言葉に「そうだね」とテキトーに返事しながら、学業に必要なものを全てスクールバッグに詰め込む。同時に、ピンポーン。と家のチャイムが鳴った。サユリが迎えに来たんだろう。行かなければ…。




